世界で唯一、奄美大島だけで体験できる「泥染め」。1300年つづく工芸を訪ねて
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東京から九州・鹿児島を飛び越え1200キロ。直線距離なら、お隣の国の首都・ソウルより遠い奄美大島。
そんな奄美の地で1300年前から受け継がれる伝統技法「泥染め」を体験するため、梅雨明けしたばかりの初夏の奄美を訪ねました。
冬でも水温が20度を下回ることがないというあたたかな奄美の蒼い海や、明らかに植生の違う南国の植物たち。
リゾート感たっぷりの景色を眺めつつ、湿度を含んだ空気と、夏に向かってだんだん強くなる日差しを浴びながら、染色工房を目指します。
ナビを頼りに空港から車を走らせること約30分。龍郷(たつごう)と呼ばれる集落に、目的地である染め工房〈金井工芸〉を見つけることができました。
今回染めの事を教えてくれる金井志人(ゆきひと)さんは、金井工芸の若き後継者。一度は島を出たものの25歳の時に島に戻り、染めの工房を守りながら様々な取り組みを精力的に行っています。
重なりあうことで生まれる色
Tシャツやハンカチなど自分の好きなテキスタイルを持ち込んで、泥染め・藍染めの体験ができる金井工芸。
まず、染める生地がうまく染まるかどうかの確認。次にテキスタイルサンプルを見せてもらいながら、染め上がりをイメージしていきます。
金井工芸で染められる色は多種多様ですが、基本は5種類ほどの天然染料。それらで染めを重ねていくことで様々な色を生み出していくそう。
今回染めるのは白いコットンのワンピース。果たしてうまくいくでしょうか?
染めのイメージが決まったら、いよいよ染め体験のスタートです。
木を切り出すことから始まる染料作り
工房の横に積み上げられていた車輪梅(しゃりんばい)という木は、奄美では「テーチ木」と呼ばれ、地元の山から切り出されたもの。
約600キロものチップ状の車輪梅が、大きな鉄かごに入れられ、大釜でグラグラと2日間に渡って煮出されます。その煮汁を3〜5日寝かせた後、ようやく泥染めの染料として使うことができるそうです。
爽やかな風が通り抜け、強い太陽の光が差し込む南国独特の開放感のある工房。
使い込まれ染料が付着した道具や作業台などからは、今までに染められた色の歴史を伺い知ることができます。
「染料は生きてるので、天候、気候温度で染まり具合も違うんです」と金井さん。
その染料を生地に幾度となく揉み込んでいくうちに、だんだん茶褐色に染まっていくワンピース。繰り返されるその作業は、何か神秘的な儀式のようにも感じられました。
天然の染め場「泥田」
車輪梅の煮汁で染めた褐色のワンピースを抱えて、工房の裏手に設えられた天然の染め場である泥田へ。
周りには青々とした草木が茂る、今まで見たことが無い光景。いよいよ念願の泥染めです。
長靴とエプロンを装着して、太ももの深さまである泥田に入ります。泥田の底を踏み込みながら、攪拌させた泥にワンピースを深くくぐらせ、生地をこするようにして泥水で揉み込みます。
ここで、土に多く含まれる「鉄分」と、先ほどの車輪梅に含まれる「タンニン」が化学反応を起こします。そうして、生地が少しずつ大地の色に染まっていくのです。
クリーミーでとても粒子が細かい奄美の泥。この細かさがあるからこそ、生地や糸を傷めることなく、美しく染めあげることができるのだそうです。
そういえば、最高級といわれる奄美の織りもの「大島紬(おおしまつむぎ)」の糸は絹。車輪梅と泥の染めを100回ほど繰り返す奄美の染めに対し、粒子の荒い土壌だったら、その絹糸はあっという間にボロボロになってしまうに違いありません。
泥染めが終わったあとは、余分な泥の粒子を落として完成です。
自然の恵みに染められる
最後に水通しをして、奄美の風に揺られてすぐ乾いたワンピースは、車輪梅の赤褐色に淡い泥の色が重なり、スモーキーでシックな色に。
一度藍で染めたあとに泥田で染めたストールは、深みのある藍色になりました。水玉とストライプ部分は顔料プリントだったので染まらず白いままに。ベースの生地によって色が大きく変わるのも、染めの醍醐味です。
偶然が必然に変わるほど、豊かな自然
その始まりは偶然、自然のいたずらだったかもしれませんが、この地ではるか昔から脈々と染めの歴史が受け継がれることは必然だったのかもしれないと思いました。
素材だけでなく、環境のひとつひとつから恵みを受けること。
—— “染める”ではなく、“染めさせてもらっている”。
染めの行程をひと通り終えて、改めて金井さんの言葉が身にしみます。
1000年以上昔の人々も同じように、この豊かな自然に手伝ってもらいながら布を染めていたと思うと、その染めあがる色ひとつひとつがとても愛おしく、感動もひとしおの泥染め体験でした。
<取材協力>
金井工芸
www.kanaikougei.com
鹿児島県大島郡龍郷町戸口2205-1
0997-62-3428
※ 染め体験については直接お問い合わせください
文:馬場拓見
写真:清水隆司