漆琳堂の職人、高橋菜摘さんの“仕事の理由”──魅力的に見せるのも技術。漆器をつくって「届ける」までを担いたい
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ものづくりの世界に飛び込んだ若きつくり手たちがいる。
何がきっかけで、何のために、何を求めてその道を選んだのか。そして、何を思うのか。さまざまな分野で活躍する若手職人を訪ねる新連載、はじめます。
新卒で入社したのは創業227年の老舗
今回の主人公は高橋菜摘さん、23歳。
大学卒業とともに、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区にある創業1973年の老舗「株式会社漆琳堂」に入社し、漆器の塗りを手がける塗師(ぬし)の見習いとして一歩を踏み出しています。
幼い頃から絵を描くことやものづくりが好きだったという高橋さん。進学先に芸術系の大学を選んだのは自然な流れでした。
大学1年で陶磁器、染織、漆工の基礎を学び、2年の時に漆工を専攻。
「どれもすごく楽しくかったのですが、漆が一番手間がかかって大変だったので、逆に愛着が湧いたんです」
本格的に学び始めると、漆工は自分が思っていた以上に色彩やかな世界があることを知りました。
「漆器は赤や黒のイメージがあったのですが、たくさんの色を出せることが意外な発見でした。漆でこんなにカラフルな表現ができるんだって思いました」
作品づくりに没頭するのもあっという間。3年生になると、周りの同級生たちは少しずつ将来のことを考えるようになります。
「大学院への進学を目指して勉強する人や、アーティストになろうと個展を開く人など、同級生の進路はさまざま。私も漆にちなんだ職業につきたいとは思っていましたが、そんな職業はなかなかないので、いろんな世界を見てみようと企業でインターンをしていました」
漆琳堂の名前を知ったのは、ちょうどその頃。インターン先の看板製作会社で、注文を受けた看板に描かれていた「漆琳堂」の名前を目にしました。
「名前を見て、漆に関係ある会社なのかなとホームページを調べてみると、カラフルな漆器が出てきたんです。『わぁ、かわいい』って思いましたね。しかも、その漆器は職人たちが一つひとつ手仕事で塗っていることを知り、こんなところで働けたらいいなと思いました」
応募多数のなかから選ばれた理由
その後もいろんな道を模索していた高橋さんでしたが、大学4年の時に漆琳堂で職人を募集していることを知ります。
これはチャンス!と応募。書類審査や面接を経て、見事採用となりました。
しかし、実はこの時かなりの数の応募があったそう。当時のことを、代表の内田徹さんが振り返ります。
「求人を出したところ、ありがたいことに思った以上の反響をいただいたんです。応募者のことを理解するためにも、エントリーシートはしっかり量を書いてもらう内容にしていました」
ボリュームの多い内容にもかかわらず、高橋さんのエントリーシートからは、志望動機やものづくりに対する思いなど誠実な姿勢を感じたという内田さん。さらに、高橋さんを採用した決め手はほかにもありました。
「職人になりたい人のなかには『人と接することが苦手だから』という理由の方も少なくありません。しかしこれからは、つくり手だからこそ商品のことをしっかり伝えていかなければならないと思っています。面接でいろんな話をしていて、高橋のコミュニケーション能力の高さは大きな魅力だなと感じました」
家族のような雰囲気のなかで働く心地よさ
もうすぐ入社して1年。高橋さんはどんな毎日を過ごしているのでしょうか。
「毎日やることが違います。その日に塗るお椀を準備したり、下地の作業をしたり、商品の包装もします」
職人というと、何年も下積みをするイメージがあるかもしれませんが、高橋さんは入社後2ヶ月ほどで刷毛を持たせてもらったそう。
「今は仕上げとなる『上塗り』に必要な量の漆をつけて配る『荒づけ』がメインです。大学の時は一つの作品を何ヶ月もかけて仕上げていましたが、仕事となると1日100個200個は当たり前。量が圧倒的に違うし、スピードも求められます。同じ漆に携わっていたとはいえ、大学とはまったく違う世界でした」
この日は塗りを行う準備の一つである、「漆を濾す(こす)」作業に挑戦。
漆のなかの小さなホコリやゴミなどの不純物を取り除くため、「濾紙」に漆を包み、絞り出すように漉していきます。
漆琳堂に入ってはじめて漆を漉したという高橋さん。
大学時代から漆にふれていたこともあり、慣れた手つきで漉していきます。
「経験があろうとなかろうと、何でもチャレンジしてほしい。困ったことがあれば私や先輩を頼ればいい」と、語る内田さん。
漆琳堂の塗師は現在5名。内田さんだけでなく同世代の先輩も、高橋さんにとっては心強い存在です。
「仕事のことから暮らしのことまで、わからないことは何でも教えてくれるし、会社のみんなが親身に接してくれる。お昼は週3回、社長のお母さんがごはんをつくってくれるんです。会社なのになんだか家族みたい。とても居心地がいいですね」
お客さんの手に届くまで見とどけたい
工房にショールームが併設されている漆琳堂では、お客さんが来店されることも頻繁にあります。
最近では高橋さんが接客を担当することも多いそう。
「自分が手がけた商品を手に取ってもらえることが本当に嬉しいですね。プレゼント用に選ばれる方が多く、どの色にしようか悩まれる方とあれこれお話しながら交流を深められるのもいいなと思います」
一方で、新たに挑戦したいことも生まれました。
「商品は展示や発信、デザイン、声かけ次第で大きく魅力が変わるんだなと実感しています。自分たちがつくったものをより多くのお客様に届けるためにも、“見せ方”にこだわりたいと思うようになりました」
最近では、漆琳堂が立ち上げた新ブランド「RIN&CO.」のSNS発信も高橋さんが手がけるように。写真やそれに添える言葉など、魅力的な見せ方を日々試行錯誤しています。
「職人は一つのことをつきつめるもの、というイメージがあるかもしれません。もちろん技術はもっと磨きたいけど、お客さんと接しながら商品のことを伝えたいし、漆器以外のものづくりのことも勉強して商品企画にもチャレンジしてみたい。私が目指すのはそんな職人です」
職人のかたちは一つではない。
高橋さんの話を聞いているとそう感じます。
あらゆる方向にアンテナを張りながら、つくり、伝え、届ける。そんな職人が増えると、日本のものづくりはもっと面白くなりそうです。
<取材協力>
漆琳堂
福井県鯖江市西袋町701
0778-65-0630
https://shitsurindo.com
取材・文 石原藍
写真 荻野勤
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