【わたしの産地旅】織物のものづくりが息づく町、桐生へ

中川政七商店の福利厚生制度に2024年度より加わった「産地視察支援金制度」。こちらはスタッフ一人ひとりが日本各地の産地を深く知り、工芸の奥深さを体感できる機会を持つことが、ひいてはビジョンの「日本の工芸を元気にする!」につながると考えはじまったものです。

日本のものづくりへの興味から、日頃からプライベートでも産地へ足を運ぶスタッフが多い当社。この制度を利用しながら産地を訪れたスタッフの声をお届けします。



旅の終わりの夕暮れ時、わたしは桐生駅のベンチで地元の高校生が奏でるピアノの音を聴きながら、帰りの電車を待っていました。手には桐生発祥、シロフジのアイスまんじゅう。カチカチに凍ったまんじゅうをゆっくり溶かしながら、この旅で出会った風景や人々を思い返し、じんわりと余韻に浸ります。

昔懐かしいパッケージに惹かれて。優しいミルクとしっかり餡子が最高です。

今回の旅に出るにあたり、会社の福利厚生のひとつである「産地視察支援金」に背中を押してもらいました。

中川政七商店のビジョンは「日本の工芸を元気にする!」こと。その実現の一歩として、店舗や本社で働くスタッフが実際に産地を訪れ、工芸が生まれる背景や職人さんたちの想いに触れるための支援制度が設けられています。

旅するなかで感じたこと、学んだことをもとに、お客さまや一緒に働く仲間にその魅力を伝えていく。それが日本の工芸を広め、元気にする力になるとの考えから誕生した制度です。

春に入社してはじめての産地訪問の旅。わたしが行き先に桐生を選んだ理由は、以前所属していた店舗でおこなった、同地のアクセサリーブランド「Triple O(トリプル・オゥ)」の企画展の経験です。

形も長さもさまざまな色とりどりのアクセサリーに胸が躍り、販売する商品に加えて制作風景や過程にも心惹かれました。「水に溶ける布に刺繍するってどういうこと?」「この立体的で繊細な刺繍がミシンでつくられているってほんとう?」と好奇心が湧き上がり、いつか必ず桐生の地を訪れるんだと心に決めたのです。

企画展で目にした、Triple Oのいろとりどりのアクセサリーたち。

いざ、出発の日。前日までの冷え込みが嘘のように、秋らしい爽やかな青空とあたたかな日差しに恵まれました。初めての土地を訪れる少しの緊張も、この絶好の天気が背中を押してくれるように感じます。

桐生駅に到着。構内には、自転車を押しながら歩く高校生がたくさん。

まずは、桐生のまちを探索。駅から20分ほど歩いて、重要伝統的建造物群保存地区に向かいます。通学中の学生とすれ違いながら、古き良き街並みで朝さんぽ。桐生天満宮にも立ち寄り、今回の旅が実りある素敵な思い出になるよう、お祈りしてきました。

江戸時代後期から昭和初期までのさまざまな建造物が残るエリア。なんだかわくわくする路地が。
桐生天満宮にて、よりよい旅になるようお祈り。

駅に戻り、今回の旅のお供となる自転車をレンタルします(なんと無料‥‥!)。観光センターの方の、「どこから来たの?」「行き先はもう決めた?」という優しいサポートを受けつつ、出発の準備は万端!期待に胸を膨らませながら、自転車のペダルを踏み込みました。

最初に訪れたのは、ジャカード織を手がける須裁(すさい)株式会社。ガシャンガシャンと規則的に動く織機の音に包まれながら、複雑な織物がつくられていく瞬間を見学させていただきました。

絶え間なく動く織機の音が響く工房。
音の正体は、紋紙と呼ばれる穴の空いた紙。織機の動きに合わせて送られ、模様ができる。

緊張していたわたしをとても朗らかな雰囲気で迎えてくださった、デザイナーの坂入さんと社長の須永さん。些細な疑問にも気さくに答えてくださいます。

お話を伺うなかで感じたのは、織物づくりに対する強い想いと誇り。“定番”はなく、常に新しいものと向き合い、付加価値の高い織物を生み出していること。それは簡単なことではないけれど、そこにこそものづくりの面白さがある。その言葉が、織り機の音に重なるように胸に残っています。

隣接するショップでは、まるで桃のような繊細な色使いの布でつくられたバッグにひとめ惚れ。聞くと、ピーチという名前の生地だそう(やっぱり!)。ちょっとそこまで、にぴったりなサイズ感もたまらなく、旅の記念に購入して工房をあとにしました。

ショップの窓に飾られたジャガード織の布。金魚がモチーフだそうで、こちらもとっても素敵!

続いて訪れた「笠盛パーク」では、株式会社笠盛が手がける刺繍のアクセサリーブランド「Triple O(トリプル・オゥ)」のアクセサリーがどのように生まれたのかを知りました。

迎えてくださったのは、広報担当の野村さん。まず会社の歴史を学び、刺繍の老舗である同社がどのように発展し、変化してきたのかを伺います。その後はいよいよ、ずっと楽しみにしていた工房の見学へ。目の前には、稼働中の4台のミシンがリズムを刻む、どこか心落ち着く作業スペースが広がります。

繊細なアクセサリーが少しずつ形づくられていく様子に目を奪われました。土台の布は水に溶ける素材の不織布でできており、その日の天気や湿度、作るアクセサリーの種類などに合わせ、ひとつのミシンにつきひとりの職人さんが貼り具合などを調整しているそうです(同じ糸でも、染める色によって丈夫さや縫いやすさが異なるのだとか)。

ミシンが並ぶ工房へ。ひとつのミシンに10の頭がついている。
中川政七商店のお店でも取り扱う、シルクリネンのネックレスができていくところ。至る所に職人さんのメモが。
土台の布をお湯で溶かす体験もさせていただきました。わたあめのように一瞬で溶ける姿にびっくり!

職人さんが重ねてきた経験と感覚を頼りに、一つひとつ丁寧に生まれていくアクセサリー。そこに込められた技術や想いがきらきら光っているように感じます。もっと多くの人にこの小さな輝きを知ってほしい、届けたい。そんな想いがふつふつと沸いてきました。

次に訪れたのは、織物参考館 紫(ゆかり)。「西の西陣、東の桐生」と呼ばれる織都・桐生は、奈良時代から絹織物の産地として知られていました。ここでは、桐生の織物がたどってきた、1300年もの長い歴史に触れられます。展示された古い織機や糸車を見学。3種類の織機を使った体験もさせていただき、積み重ねられた人々の工夫や知恵が織物づくりの今に繋がっているのだと感じました。

織機や糸車など、たくさんの織物に関する資料が並ぶ。
織物体験。紐を引くとシャトルが動く仕組みに、便利‥‥!と感動。

そしていよいよ、楽しみにしていた藍染体験!

はじめての染色に胸が高鳴ります。どのように結ぶとどんな模様になるかを教えていただきながら、デザインを決定。染料に布を浸して、真っ白な布が青緑に変化してく様子を見ながらじっくり揉み込みます。

藍の発酵した匂いを感じながら、うまくできますようにと祈りを込めて揉み込みます。

そろそろ‥‥と水ですすぐと、空気に触れて酸化することで綺麗な藍色に。出来上がるまでどんな仕上がりになるかわからない、予測できない楽しさにわくわくが止まりません。藍染の発酵した香りや、手先がほんのり藍色に染まる感覚。五感を使って全身でものづくりを感じることができ、大満足でした。

染め上がったネルシャツとハンカチたち。とってもいい感じ!

途中、サポートスタッフの方がかけてくださった「お気に入りだけど黄ばんでしまったシャツも、藍に染めるとまた同じだけ永く着られるね」という言葉が忘れられません。手仕事ならではの表情を持つハンカチとネルシャツは、いつまでも心に残り続ける、旅の思い出そのものです。

桐生のまちを歩いていると、ぽつぽつと現れるのこぎり屋根の建物に目を惹かれます。訪れる先々の工房の方に聞くと、その独特の形状には、地元の織物産業を支えるための知恵がぎゅっと詰まっていました。

北側に設けられた窓からやわらかな自然光を取り入れることで、一日を通して作業場の明るさを一定に保つことができます。その光が織りなす空間は、職人さんたちの手元を照らし、繊細な作業を支えてきたそうです。

知恵が詰まったジグザグの屋根。織都・桐生ならではの風景です。
ジグザグ屋根を中から見るとこんな感じ。採光部は北を向いているので、やわらかな光が差し込みます。

さらには、この屋根の形状がガシャンガシャンと響く機械の音を拡散させ、騒音を抑える役割も果たしているそう。長く織物を生み出してきた背景にぎゅっと詰まった、人々の知恵と工夫。古くから続くこのまちの風景は、時代を超えて今もなお、工芸と暮らしを静かに見守り続けています。

旅に出ると、食べたいものが渋滞してしまうのがわたしの悩み(1週間分食べ貯めることができたらと、何度思ったことか‥‥)。今回もその例に漏れず、胃袋が許す限りたくさんの魅力的な食を堪能しました。

お昼に向かったのは、地元名物ひもかわうどんの名店・藤屋本店。お店の方のおすすめ、鴨せいろとカレーせいろをいただきました。運ばれてきた瞬間から、平たく幅のある麺に期待が高まります。つけ汁とよく絡み、もちもち食感だけど重さのないひもかわうどん。あっという間にツルッと完食してしまいました。

カレーせいろ。写真を見返すだけでお腹が鳴ってしまいそう。

工房をめぐる合間には、焼きまんじゅうを食べてひと休み。注文後に焼いてくださるまんじゅうから漂う甘辛い味噌ダレの香りの、なんとたまらないことか。秋の心地よい風を浴びながら、外を眺めてぼんやり待ちます。近くの公園で熱々を頬張るのは、これ以上ない至福の時間でした。

できたてアツアツの焼きまんじゅう。甘辛いタレがたまりません‥‥!

工房見学や体験を終えた昼下がり、まちをうろうろしているときに見つけたのは「食と器ming」という名のお店。足つきの器に注がれたあたたかいミルクチャイや、生姜とさつまいものお団子が浮かぶ甘いスープ、湯圓(タンイェン)で心も身体もほっと一息。ショップスペースで手仕事を感じられる器や暮らしの道具に見惚れながら、ゆったり旅を振り返りました。

旅も終盤。赤城山や吾妻山などの山々に囲まれ、渡良瀬川や桐生川などの清流が流れる、自然豊かなまち、桐生。そんなまち全体を見下ろせると聞き、水道山公園へ向かいました。思った以上に険しく急な階段は、一歩進むたびに息があがり、背中に汗が滲みます。

軽い山登りのような道中、呼吸を整えるために立ち止まりふと見上げると、木々の間から差し込む光が揺れていました。ラストスパート!と気合を入れ、息切れしながら登り切り、辿り着いたその先に見えたのは夕暮れに染まる桐生のまち。ベンチに腰掛けると冷たい風が心地よく、いつまでもぼんやり眺めていたくなる景色でした。

水道山公園から、桐生のまちを一望。

公園内では幅広い年代の人が思い思いに過ごしており、とても落ち着くゆったりとした時間が流れています。日が暮れてしまう前にと少し早歩きで下る薄暗い帰り道、すれ違う方々が「こんにちは」と挨拶をしてくれました。その穏やかなやりとりが、静かに暮れていく風景と相まって、心にじんわり染み渡ります。わたしにとっての非日常と、桐生の地で暮らす人々の日常が交差するような、なんとも特別な時間を、じっと味わいました。

訪れる先々で出会ったたくさんの魅力を持ち帰るため、お土産選びにも熱が入ります。渋谷店の皆さんへは「からっ風カリン」を。紙袋を見た地元の方々に「ああそれいいね、美味しいよ」とお墨付きをいただいた地元の銘菓です(スタッフからも「人生で食べた中で一番美味しいかりんとう饅頭だった!」と大好評!)。

からっ風カリン。お店の方がリボンを結んでくださいました。

桐生の名産「花ぱん」は、友人に。桐生天満宮の梅紋をモチーフにした花の形の、素朴な甘さのおやつです。その歴史はなんと100年以上続いているのだとか!駅や土産店でいろいろな種類を見かけましたが、今回は小松屋で購入しました(ここでもお店の方が気さくに桐生のおすすめを教えてくださいました)。どちらも可愛らしい包装紙に包まれていて、紙もの好きのわたしはときめきが止まりません。

「小松屋」の文字が入った包装紙が素敵。

桐生で出会う人々は、誰もが笑顔であたたかく迎えてくれました。その土地の空気とともに、心まで包み込まれるような感覚。訪れた工房やお店で触れたすべてのものから、その地に根差し生きる人々の手のぬくもりと、土地が紡いできた暮らしの息づかいを感じることができました。

「百聞は一見にしかず」とはまさにこのこと。実際に見て、聞いて、嗅いで、触れて、味わって、五感を通して得たこの経験はわたしのなかの工芸への意識を大きく変えました。

その土地の暮らしや食べ物に触れ、実際にその地で暮らす人や、工芸を生み出す人と言葉を交わすこと。日々お店で取り扱っている工芸品には、背景にある想いや歴史がぎゅっと詰まっているんだと改めて強く認識し、奥行きが生まれて世界が広がるのを感じました。

「いろいろな場所に足を運んで、全国各地の暮らしや文化をもっと知りたい!」

桐生を旅してやりたかったことを思い出し、自分が生まれて育った国には、まだまだ知らないけれど、こんなにも面白くて魅力的なことがたくさんあるんだ!と嬉しくなりました。

まだまだ行ってみたい産地は尽きることがありませんし、これから働いていくなかでもどんどん増えていくだろう、と楽しい予感がしています。

旅を経て得た感動や気づきを、お客さまや一緒に働く仲間に伝えていくことで、日本の工芸を元気にするお手伝いが少しでもできたらなんて素敵なことだろう。旅から広がる新たな目標を胸に、帰りの電車に乗り込みました。


【産地視察支援金制度のご紹介】

中川政七商店ではスタッフが業務時間外に産地視察へ行く場合に、旅費交通費の一部を支給しています。日本各地の工芸品を毎日見ていると”もっと産地を知りたい”想いが湧いてくるという声が多く、2024年度よりこの制度を導入しました。日本各地の産地を深く知り、工芸の奥深さを体感できる貴重な機会を支援する制度です。

文:中川政七商店 渋谷店 山本結衣

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