60歳から始めたものづくりに業界が驚いた!「楽器オルゴール」の世界
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音楽を奏でる箱、オルゴール。
子どもの頃に遊んだ思い出を持つ人もきっと多いはず。そんなオルゴールを、高品質の楽器へと高めた日本人がいます。
オルゴールマイスターで指物職人の永井淳 (ながい じゅん) さん。
伝統的な技術を活用し、オルゴールの世界に「楽器オルゴール」という新たなジャンルを切り開きました。
*以前、その音色の素晴らしさをさんちでご紹介しました。「12月6日、音の日。指物職人が生んだ『楽器オルゴール』」
こちらがその楽器オルゴールの音色です。音に包み込まれるような柔らかくて心地よい響きが特徴です。
世界的音楽家も認めた品質
この音の品質は世界的音楽家からも認められ、永井さんのオルゴールのために楽曲が作られたほど。
音楽のプロフェッショナルをも納得させた楽器オルゴールは、いかにして生まれたのか。ご本人に伺いました。
オルゴールの音楽的課題は「音量、低音、共鳴」
そもそも、永井さんの楽器オルゴールと一般的なオルゴールは何が違うのでしょうか。
「既存のオルゴールには、3つの音楽的課題がありました。それは『音量、低音、共鳴』。これらをひとつずつクリアしていきました」と永井さん。
「まず、音量。おもちゃや装飾品ではなく、楽器として扱うのであれば人に聴いてもらえる音量が必要ですよね。でもオルゴールは、小さな金属板をシリンダーや紙の凹凸で弾いて音を出す作りなので、仕組みだけでは大きな音が出せないんです」
「それから、低音。オルゴールの音域は高音~中音が中心で、低音を響かせるのは苦手です。ですが、音楽の世界では低音がいかに響くかが重要だといいます。奥行きや重厚感につながりますからね。坂本龍一さんも低音を大事にされているようでした。
そして、共鳴。小さな金属弁を弾いた音はすぐに消えてしまいます。音が伸びないんです。短い音しか出ないとなると、おのずと曲のテンポが早くなります。自由にテンポを決められないことも、作曲家から避けられてしまう理由の一つです」
指物と共鳴箱が広げた可能性
その3つの問題を解決したのが、永井さんがもともと取り組んでいた指物の技術でした。
「多くの楽器は箱や板、管で共鳴させることで、大きくて良い音を出しています。そこで、オルゴールにも楽器の仕組みを取り入れることを考えつきました。
小さな金属音を響かせるために、オルゴールの装置を木箱に入れるんです」
オルゴールが木箱に入ると、木の繊維を伝わって音が響きます。木の繊維が長ければ長いほど音の響きはよくなるので、釘や接着剤を使わずに木工品を組み立てる指物の技術がぴったりでした。
さらに、永井さんはオルゴールを載せる専用の「共鳴箱」を作製。これにより広い音域の音を大きく伸びやかに響かせることが可能になりました。
こうして生まれた楽器オルゴール。低音域から高音域までしっかりと十分な音量で響くので、大勢の聴衆の前での演奏も可能に。
個人で楽しむだけでなく、各地で演奏会が開かれています。エルメスの企画で楽器オルゴールが製作された際も、2フロア分の吹抜け空間でコンサートが行われました。
60歳で職人デビュー
オルゴールに楽器としての価値を見出した永井さんですが、実は元々、オルゴールの職人でも指物の職人でもありませんでした。思いがけないきっかけが永井さんをオルゴールの道へと誘いました。
永井さんのユニークなキャリアは学生時代に始まります。兄弟で立ち上げた学習塾を経営。子どもたちに勉強を教える傍ら、カーレーサーとしても活躍していたというアクティブな一面も。
その後、家族の事情で学習塾をたたむことになり、建築の道へ。設計士としてインテリアの勉強をしている中で指物に興味を持ち、技術を学んだと言います。指物の職人としてのスタートは、なんと60歳のとき。
始まりはティッシュケース
そんな永井さんがオルゴールを作るきっかけを生んだのは、自らデザインした指物のティッシュケースでした。
このティッシュケースが世界的なオルゴールメーカーの社員の目に止まり、オルゴールを装飾する箱の製作依頼を受けます。当初は、箱の見た目の美しさが評価されての依頼でした。しかし、永井さんは別の思いを持ち始めていました。
「せっかくならもっと音質にもこだわりたい」
それから永井さんの猛勉強が始まります。
「オルゴールに関する文献を色々と読み込みましたが、音響について言及された資料は見当たりませんでした。
音響の専門家に聞いてもわからず、仕方なく楽器の専門書をあたって、ピアノやバイオリンの構造や音響学から多くを学びました」
もともとクラシック音楽が好きで、よく聴いていたという永井さん。車好きで機械構造についての知識や、建築での経験から木材に関する知識が豊富であったことも、研究の手助けとなりました。
「人生に無駄なことってないですね。共鳴箱は、塾で子どもたちと理科の実験で作っていました。そんな経験も生きています」とにっこり。
70種類以上の木を試し、試行錯誤を重ねて完成したオルゴールのための箱。メーカーに届けたところ、技術者が全員驚きの声をあげたのだそう。こうして永井さんは、オルゴールメーカーのコンサルタントを務めることとなり、その後もオルゴールの開発をしてきました。
パラレルなキャリアが生きる、ものづくり
「きっと、職人一筋だったらこの発想にはなっていなかったと思います。外側からの視点でオルゴールを見られたからこそ、素直に疑問が湧いて改良点を見つけられました」
「これまでの知識、経験、人との繋がりが今に生きています。楽器オルゴールはまだ完成ではありません。
もっといい音、心地よい音をたくさんの人に聴いてもらえるよう、これからも開発していきたいですね。他にも、高齢者向き、体が不自由な人向きなど、色々なアイデアがあります」
永井さんの探求はまだまだ続きます。ひとつの仕事に縛られない永井さんの生き方が、これからも豊かな音を生み出していきます。
<取材協力>
永井淳さん
EMI-MUSICBOX
※永井さんの作品が展示される工芸展
「中野区伝統工芸展 (Nakano Traditional Craft Exhibition)」
会期:2019年6月7日〜9日
会場:なかのZERO 西館 (東京都中野区中野2-9-7)
問い合わせ:03-3228-5518
主催:中野区伝統工芸保存会
<掲載商品>
楽器オルゴール シリンダータイプ
サウンドボックス (共鳴箱)
文・写真:小俣荘子
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