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奈良筆とは
空海ゆかりの歴史と職人の手で受け継がれる現在の姿
奈良筆とは
奈良筆は、奈良県奈良市大和郡山市周辺で作られる筆。古くから継承される伝統を高く評価され、昭和52年10月に伝統的工芸品としての指定を受けた。材料である獣毛の選択から仕上げまでが全て職人の手作業で行われる。
雄大で微細な表現は書・絵に関わらず長きに渡り多くの人を魅了してきた。
特徴と使われ方
一般的な筆作りは機械を導入して分業することが多いが、奈良筆では一切機械を使わず、材料の仕入れから仕上げまでの工程全てを筆匠一人で行う。筆匠の卓越した技術や目利きによって作られる奈良筆は、通常の筆よりも穂先の仕上がりが鋭く、美しい形に仕上がる。
奈良筆の最大の特徴は「練り混ぜ法」と呼ばれる技術を用いて筆が作られることである。「練り混ぜ法」とは、奈良筆で用いられる十数種類の獣毛を混ぜ合わせ、筆の使用目的に合った筆を作り上げる技法である。使われる獣毛の質はその採取時期や部位によって違いが生じてくるため、筆匠には獣毛を一本一本選別する洗練された技術が求められる。
奈良筆の材料である、原毛を練り混ぜる際にはそれぞれの特徴が引き立つように、筆匠は絶妙なバランスで練り混ぜる。この練り混ぜの工程が筆作りで最も難しいとされており、一流の筆匠でも技術を習得するのには相当な年月を要する。
このように原毛一本一本から作り上げられる奈良筆の製法では個人の希望に合った筆を作りやすく、オーダーメイドの注文も多い。今でも書道を始め、水彩画や水墨画といった芸術分野において未だに根強い人気を集め、愛用されている。
筆匠の魂を吹き込むようにして作り上げられる奈良筆は、筆自体が芸術作品と言われるほどの逸品である。
奈良筆のお手入れ方法
使用後は、墨液に含まれている成分によって毛の損傷や腐敗が生じるのを避けるために適切な手入れが必要である。筆や毛質の種類によって手入れの方法は大きく異なるのでこの点においても注意が必要である。また買ったばかりの筆は糊が貼ってあるため、以下のような手順で筆をおろす。
・筆のおろし方
穂先の3分の2程度 (小筆の場合、穂先から3分の1程度) をぬるま湯につけ、穂先から根元にかけて指でゆっくりとほぐしていく。毛がほぐれた後は布で拭き取り保管する。
・使用後の手入れ「太筆」の場合
太筆の場合、使用した後はしっかりと水で墨を洗い流す。奈良筆のような獣毛から作られている繊細な筆は、筆の抜け毛やほつれの原因になってしまうため、使用後はしっかりと洗った方が長持ちする。水で洗いながしたら紙で軽くつまみながら形を整え、墨を十分にふき取ることができたら風通しの良いところで乾燥させる。保管をする際は筆に付属のサヤは使用せず、簾に入れて保管を行う。
・使用後の手入れ「細筆」
細筆は洗ってしまうと筆の形が崩れてしまうので水で洗わず、反古紙やスポンジを使って穂先を整えながら墨をふき取るのが良い。墨の拭き取り後は風通しの良いところで干し、筆が乾いたら毛の曲がりや広がりを防ぐため、キャップを被せて保管しておくのが良いとされる。
「奈良筆」の歴史
国内では江戸筆、熊野筆など様々な筆の種類があるが、それぞれのルーツを辿っていくと奈良筆に行き着くと言われるほど、その歴史は長い。
日本の筆の歴史が始まった飛鳥時代
飛鳥時代、中国文化が日本に伝来し始めたと同時に中国製の筆が国内へ多く輸入されるようになる。また奈良時代に入ると、日本は仏教文化の影響を強く受けるようになり、写経が広まったことで筆の需要も高まった。
正倉院にはこの時代の筆が数多く確認されており、輸入品だけでなく、国内でも筆が製造されていたのではと言われている。
平安時代〜奈良筆の誕生
9世紀頃、空海が遣唐使として唐から帰国した際に、中国の文化や仏法、その他多くの美術品を持ち帰ってきた。その中の一つが筆の作り方であり、空海の監督の元、中国の最新の毛筆製法を教わった坂名井清川 (さかないのきよかわ) が大和国で筆を作り始め、完成した筆を嵯峨天皇に献上したことが記録に残っている。この毛筆製法こそ奈良筆の起源である。
鎌倉・室町時代〜武士への普及
この時代から武家と僧侶が台頭し、書道が貴族だけでなく武士や僧侶のたしなみとしても浸透し始める。さらに、中国から来日した禅僧によって禅様 (墨跡) と呼ばれる書風が広まり、芸術分野においても奈良筆の需要が高まっていく。また室町時代には「御用筆師」と言われる大名に筆をおろす職人も表れ、奈良筆の質や生成技術はより一段と向上していくこととなった。
江戸時代〜庶民に親しまれた奈良筆
この時代、多くの筆職人が奈良町 (現在のならまち・きたまちエリア) に居を構え、全国に多くの奈良筆を送り出していた。特に書家の間では奈良筆はなくてはならない存在となり、高い評価を受けていた。一方で生活の苦しい下級武士の間で筆作りが流行し、新しい製法での筆作りも表れ始める。熊野筆や江戸筆はこの時代から誕生したと言われる。
教育、芸術の分野で支持を集める明治・大正時代教育の文化が発展を遂げ、読み書きに使われる筆は必要不可欠な道具となる。この時期から一般庶民の間でも筆は文房具として広く普及し使われるようになった。書道家や芸術家の間ではより品質の高い筆が求められるようになり、中でも奈良筆は高級品として重宝され、高い支持を集めていた。
昭和時代〜伝統的工芸品として認定
昭和52年の10月に、奈良筆は伝統的工芸品産業の振興に関する法律により通産大臣の認定を受け、伝統的工芸品に指定される。新潟県、広島県、愛知県、宮城県でも筆の生産が行われているが、今日でも奈良筆は高級品として多くの人々から愛用されている。
現在の奈良筆
奈良筆の制作には鹿や羊、リスやムササビ、タヌキなど様々な獣毛を使う。昔に比べて獣毛の入手が難しくなり、最近では化学繊維で作られた筆も流通するようになっている。しかし、今なお奈良筆は選び抜かれた獣毛と、長年受け継がれてきた職人の手作業によって、高級筆という不動の地位で芸術家、書家の心を掴み、高い評価を受けている。
また、近年では奈良筆の製法を活かした新しい文房具も誕生している。約300年間、奈良筆の伝統を継承している筆専門メーカーの「あかしや」では、奈良筆と全く同じ技術や素材で作られている筆ペン「彩」を発売している。
また毎年3月の春分の日に奈良菅原天満宮では奈良毛筆協同組合が主催する「奈良筆祭り」が開催されている。使い古した筆を供養する「筆供養」や実際に筆を作る筆作り体験の他、書道パフォーマンスが披露されるなど、毎年多くの参拝者で賑わいを見せている。
さらに「奈良筆」を知る
<協力・参考>
奈良毛筆協同組合
株式会社あかしや
http://akashiya-fude.co.jp/020_about/
奈良市ホームページ
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1147928210374/index.html
日本伝統文化振興機構
http://www.jtco.or.jp/japanese-crafts/?act=detail&id=148&p=29&c=12
(以上サイトアクセス日:2020年2月20日)
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