座って楽しむ民藝「倉敷ノッティング」。70年も愛される理由とは?

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倉敷ノッティング

一軒家の和室暮らしが当たり前だった時代に倉敷で考案され、マンション住まいが主流となった今も、全国に愛用者が絶えない暮らしの道具があります。

綿やウールで織られた毛足の長い椅子敷き、「倉敷ノッティング」です。

結ぶという意の英語「knot(ノット)」が名前の由来。経(たて)に木綿糸を張り、木綿やウールの糸束を結びつけるという作り方 (ノッティング) からこの名がついたそうです。

作っているのは手織り、手染めの学び舎「倉敷本染手織研究所」とその卒業生たち。

現在、研究所を運営する石上梨影子さんに、倉敷ノッティングの魅力について伺いました。

倉敷本染手織研究所の石上梨影子さん

倉敷ノッティングとは?

座敷に座布団を敷くように、ノッティングは椅子に敷く敷物として誕生しました。

椅子に敷いた敷物がノッティングです

戦前からあったものの、洋風の生活志向から椅子が普及するとともに、需要も徐々に増加。

時代とともに住居が畳の和室からフローリングの洋室中心となり、椅子生活が広まったことから注目されるようになりました。

40センチ四方が基本サイズの倉敷ノッティングは、北欧の椅子にちょうど合う大きさ。日本製では、松本民芸家具の椅子にしっくり調和します。

木の椅子によく馴染み、厚手でクッション性があることから、時代を超えて愛用されています。

ノッティング

倉敷ノッティングの織り方、デザインとも70年以上前に研究所の創設者である外村吉之介が考案。シンプルな幾何学模様のデザインは飽きがこず、時代を経た今も変わらぬ人気を集めています。

では、倉敷ノッティングはどのようにして作られるようになったのでしょう。

残糸を捨てずに活用する、もったいない精神から生まれたノッティング

「研究所では様々な織物の作り方を教えていますが、布を織るとき、織りはじめと織り終わりの端の部分はどうしても織れずに糸が残るんですね。その残糸(ざんし)を捨てずに活用したのがノッティングです」

織り方自体は、ペルシャじゅうたんと同じ手法。

綿かウールの糸160本を1束の緯糸(よこいと)にして、それを経糸(たていと)に結んでいきます。経糸2本にぐるっと緯糸をひっかけて結ぶと、2つの毛足が抜けずにしっかり留まります。これを繰り返していきます。

ノッティングを編んでいく様子

 

「一つひとつ、手で結んでいくので手間がかかりますが、もったいない精神と労を惜しまず作るものづくりの心がけでできたのが倉敷ノッティングですね」

木綿の糸を使うとペタンと椅子の座面に馴染む仕上がりに。ウールの糸を使うと糸自体に復元力があるため、ふんわりとしたクッション感が生まれるそうです。

ノッティング
左上のふっくらしたノッティングがウールで、右下のボーダーのノッティングが綿糸で織られたもの

もともとは夏用に綿、冬用にウールをと想定して作られていましたが、年中調度品を変えず、夏でも冷房が効いている現代の住まいでは、暑い季節でもウールのノッティングの温かみが好まれ、季節を問わず使われるようになっているのだとか。

インテリアとして邪魔にならないデザインを目指して

織り方だけでなく、デザインを考案したのも外村です。

外村が方眼紙を使って描いた50点もの図案が残っており、それが倉敷ノッティングの基本デザインとなっています。

外村が方眼紙に描き残したノッティングの図案
外村が方眼紙に描き残したノッティングの図案

1センチ角に1個のドットで埋めていく極めてシンプルなデザイン。「単純な図案のほうが美しさをそこなわない」という外村の考えを反映し、余計なものをそぎ落としていった結果です。

外村が方眼紙に描き残したノッティングの図案
外村が方眼紙に描き残したノッティングの図案

単純だからこそ、だれが織っても同じ仕上がりとなり、それでいて決して飽きることのないデザイン。室内に置いてもうるさくならないように、という配慮がなされています。

一方で外村は弟子が提案するデザインも、良いものは採用していったといいます。

「織りもデザインも、最終的に良いものしか残らない。使う人の目が確かになると、自ずと選ばれるデザインも決まってくる」というのが不変のデザインに込められた外村の思いなのです。

倉敷本染手織研究所や卒業生の手で織られた証としてつけられているブランドラベル
倉敷本染手織研究所や卒業生の手で織られた証としてつけられているブランドラベル

使う人の個性はあってよいが、作り手の個性は不要

倉敷本染手織研究所では、染め、織りの基本を1年をかけて9人の研究生が学んでいきますが、習得度は人により異なります。

そこで生きてくるのが、共同作業、共同生活の効用です。

研究生たちは、1週間のうち火曜から金曜の4日間が授業のため、研究所内で講義を受けるだけでなく、織る、紡ぐ、染めるといった実技を共同作業で行います。

この共同で作業する時間は、互いに教えあい、学びあい、補い合う時間でもあります。

研究生作業の様子

授業以外の曜日や時間はおのおのが自習に充てていますが、声を掛け合って一緒に練習することも。

授業を終え、くつろいでいるときのちょっとしたおしゃべりもまた研究生同士の心を通わせる機会になっている様子。

外村は、研究所内での共同作業こそが、ものづくりをするうえで重要としました。

なぜなら、研究所が目指したのは個性的な作品を創造する作家の養成ではなく、無名ではあっても確かな技術で暮らしに根付いたものづくりのできる「作り手」の育成にあったからです。

生活に密着し、主張しないものづくりを目指し、願った外村は、使う人の個性はあってよいが、作り手の個性が丸出しになることをよしとしませんでした。

「共同作業は個性を消す作用がある」ことに着目した外村がとった形態が、現在の研究所のスタイルというわけです。

研究所のパンフレットにはこんな一文があります。

「昔から無名の工人たちが素晴らしい美しい物を作ったことは、私達を何時も励ましてやまない。伝統によって祖先の知恵をうけつぎ、協力によって友達の能力をうけた民藝品の美しさは、小さな個人の力をこえた自由で大らかな境地に入れと私達を励ましている」。

倉敷本染手織研究所のパンフレット
倉敷本染手織研究所のパンフレット。研究所は染めや織りの技術習得の場であり、仕事や職業にすることを目指していない

外村の目指したものづくりの結晶ともいえる倉敷ノッティング。時代が変わっても愛される佇まいは、代々大切に受け継がれる作り手の意思によって支えられていました。

<取材協力>
倉敷本染手織研究所
岡山県倉敷市本町4-20
086-422-1541
http://kurashikinote.jp/

文:神垣あゆみ
写真:尾島可奈子

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