醤油差しの新定番。「液だれしない」秘密は青森のガラス工房にあり
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青森・北洋硝子が生んだ「THE 醤油差し」とは?
すぅーー、ぴた。
気持ちいいほど液だれしない醤油差しを作るメーカーがあります。
青森の老舗ガラスメーカー「北洋硝子」。
液だれしないことで評判だった、元々の北洋硝子の醤油差しは、こんな姿。我が家にある、という人もいるかもしれませんね。
それが数年前、「液だれしない」機能を昇華させて、全く新しい形の醤油差しが登場し、話題となりました。
商品名は「THE 醤油差し」。
よくある注ぎ口の「くちばし」がなく、やや小ぶりでシンプルな佇まいは、実は従来の醤油差しからすれば「とんでもない常識破り」から生まれ、大ヒット。
誕生のきっかけは、とあるブランドの野望でした。
「世界一美しい、液だれしない醤油差しを作りたい」
ある日やってきた、「簡単じゃない」依頼
「うちに声をかけてくれて嬉しかった。でも話を聞いてまず思いました。『そんな簡単なもんじゃない』って」
青森県青森市。
北洋硝子の工場に、ある相談が持ち込まれます。
「北洋さんの醤油差しは素晴らしい。だからその技術力を活かして、こんなプロダクトを作れないだろうか?」
相談主はこう続けました。
形を今の丸型より三角形に近づけて、昔ながらの円錐形にすること。従来よりやや小ぶりにすること。フタ部分も全て透明度の高いガラス製で、表面は装飾なくツルっと平滑であること。
何より、注ぎ口のくちばしを無くし、それでいて液だれしない機能は保つこと。
依頼主の考える原理的には、これらの設計が可能なはずだ、と。
「そんな、簡単なもんじゃないぞ」
迎えた工場長の中川さんは、やがて打ち解ける相手に、率直にそう伝えたと言います。
「究極の醤油差し」相談主の正体
熟練の職人も難色を示すほどの「究極の醤油差し」の相談を持ちかけたのは、プロダクトブランド「THE」代表の米津雄介さんと、プロダクトデザイナーの鈴木啓太さん。
同ブランドでは「THE 飯茶碗」や「THE TOWEL」など、「あらゆるジャンルのメーカーと共に、誰もが納得する未来の定番を作る」ことを掲げた商品開発が行われてきました。
そして2014年、満を持してTHEのラインナップに加わることになったのが、醤油差し。
この日本独自の食卓道具に、ブランドが「最も重要な機能」と考えたのが「液だれしないこと」でした。
液だれしたわずか一滴が、手や食卓に滴り、時にテーブルクロスや服に茶色いシミを作ってしまうことは、日本人共通の「残念な経験」かもしれません。
米津さんたちが自ら日本中のあらゆる醤油差しを検証したどり着いたのが、液だれのしにくさで定評を得ていた、北洋硝子さんの醤油差しでした。
液だれしない秘密は、フタにあり
中川さんいわく、
「一番のポイントはフタなんです。くちばし部分にこれだけ長さがありますね」
THEが見つけ出した北洋硝子さんの「液だれしない醤油差し」は、元々は40年ほど前に大阪のガラスメーカーが開発したもの。
10数年前にその会社が廃業することとなり、技術を見込まれて製造を引き継いだそうです。今やこの「液だれしない」構造は、北洋硝子さんしか作ることができません。
「この長いくちばしが、従来型の液だれしない秘訣でした」
口先までの距離、カーブの描き方、わずかな削りの具合。細やかな技術の全てを、中川さんはじめ職人たちは必死で覚えたと言います。
「ところがTHEではこのくちばしをつけてはいけないという。醤油が滴る口先まで、距離がとても短いんです」
中川さんを驚かせたデザイン案は、「これからの定番」を志すブランドとしての強い意志の現れでした。
THEが目指した「究極の醤油差し」とは
「THE 醤油差し」のコンセプトは「世界一美しい、液だれしない醤油差し」。
機能だけでなく、形状や素材、歴史背景などをふまえた文化的な面でも、今の暮らしに即した新しい「らしさ」を提案したいと、米津さんたちは考えていました。
デザインの出発点にしたのは、多くの人が「定番」としてイメージを持っている、赤いフタに円錐形ガラス瓶の、 昔懐かしいあの醤油差し。
このフタ部分もガラスで作ることで、プラスチックパーツのねじ込みが不要となり、より衛生的ですっきりした見た目に。
さらに、醤油を使う頻度が以前より減った今の食卓をふまえ、実容量を鮮度が落ちないうちに使い切れる80mlに設定。
全体にやや小ぶりにサイズダウンさせながら、底を厚めにすることで倒れにくい構造を目指しました。
「でもね、ガラスっていうのは丸く作る方が簡単なんです。力が均一に働きますから」
「ところがこの醤油差しは三角形で、おまけに底だけ厚い構造。
その上こんな注ぎ口の形状で液だれしないようになんてー」
できない、とは工場長は言いませんでした。
「うちはどんな依頼も、まず断らないスタンス。
そうやって作れるものを増やしてきたから、流通に不便な青森の地でも、他に負けないものづくりをして評価を得てこられたんです」
どんな難題も「応えられる」理由は、製造現場にありました。
最高難易度に最高のチームで挑む
北洋硝子さんの工房には、ベテランから若手まで、幅広い年代の職人さんの姿があります。若い人も多い印象です。
灼熱の炉で溶けた液状ガラスが冷え固まるまで、ほんの数十秒の間に造形していくガラスづくりは、一瞬たりとも気を抜けない連携プレーの連続。
緊張感ある現場ですが、みなさん表情は生き生きと楽しそうです。
「彼らにね、こんな醤油差しの相談が来たんだけどどう思う?って聞いたんです。
そうしたら、やってみたいってみんな手をあげるんです。
じゃあ、やってみようか、と」
「THE 醤油差し」は数ある北洋硝子さんの製品の中でも最高難易度。
社内には、このたった一つのアイテムのための専門のチームがあり、注文が入ると1週間前から綿密にミーティングをして製造に当たるそうです。
「来週から作るよってなると、今でも『2時間残っていいですか』って自主的にミーティングが始まるんです」
素材には高い透明度を誇る「クリスタルガラス」を使用。わずかな気泡でも目立ってしまうため、扱いには高い技術力が必要になります。
「ここまで高い透明度で製品にできるのは、うちだけです」と中川さん。THEを手がけるチーム員はわずか7名という少数精鋭です。
最も重要な注ぎ口は、液だれしない絶妙な角度で削れるよう、必要な器具や機械もオリジナルで開発したそう。
こうして北洋硝子さんが総力を注いで完成した醤油差しは、醤油だけでなく、オリーブオイルやソース、お酢などを入れても合うデザインに。
何より「本当に液だれしない!」と大ヒット商品となりました。
「元々の醤油差しは、何十年ものアイディアが積み重なってできた形です。
それを越えて覆していくTHEのおそろしさ。あの二人に依頼されなければ、こういう考えも浮かばなかったわけですからね」
未知の製造にチャレンジすることで、北洋硝子さんの全体的なものづくりの質も向上したと言います。
「妥協しないのが、THEなんです」
とは、THEの米津さんや鈴木さんではなく、工場長である中川さんの言葉。
この一言に、「世界一の醤油差し」への誇りが凝縮されていました。
<掲載商品>
THE 醤油差し
*THEの米津さんが「THE 醤油差し」開発プロセスと奥深い醤油差しの世界を語る記事も合わせてどうぞ:「デザインのゼロ地点 第1回:醤油差し」
<取材協力> (登場順)
北洋硝子株式会社
青森県青森市富田4-29-13
https://tsugaruvidro.jp/
THE株式会社
http://the-web.co.jp/
文:尾島可奈子
写真:船橋陽馬
*こちらは、2019年7月8日の記事を再編集して公開いたしました。
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