0.2パーセントまで縮小した市場から逆襲する、堀田カーペット新社長のライフスタイル戦略
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カーペット生活を選ぶ人は0.2パーセント
カーペットという言葉から、どんな生活をイメージするだろう。
ゴロゴロと寝転がってリラックスするところ?あるいは裸足でフカフカの感触を楽しむところ?
実のところ、この気持ちよさそうな暮らしをしている人は意外なほどに少ない。
「カーペットの市場は、1980年代から1/100にまで減少しました。特に住宅における市場が壊滅しちゃったんですよ」
1962年創業のカーペットメーカー・堀田カーペットの三代目社長、堀田将矢さんはそう語る。
大きな理由は、1980年代に「アレルギーの原因になるダニやホコリがたまりやすい」という悪評が広まってしまったことだ。同時に、欧米風のフローリングの生活が浸透し始めて、カーペットの肩身がどんどん狭くなっていった。
いまや新築住宅にカーペットを敷く人の割合は、0.2パーセントにまで減ってしまっている。0.2パーセントというと、1000人中2人という割合だ。圧倒的な劣勢、というより、もはや風前の灯火ともいえる。
その台風レベルの逆風のなかで、堀田さんは住宅用のカーペットの良さを広めて、0.2を少しでも伸ばそうと奮闘している、カーペットの伝道師だ。
ちなみに、ホテルやブティック、オフィス、大型商業施設などではカーペットの需要が伸びていて、堀田さんは誰もが名を知る高級ホテルや有名ブティックに納入している。
そちらの事業を手掛けながら、なぜ、はたから見ればどう考えても厳しい一般住宅向けの市場拡大に挑むのか?
それを説明する前に、もう少しカーペット業界の事情を記そう。
タフテッドカーペットが席巻
日本で初めて機械化されたカーペットが登場したのは、1891年。高島屋から発注を受けた大阪市の住江織物(現在創業100年を超える老舗メーカー)が、帝国議会議事堂に敷き詰めた。
創業者の村田伝七さんが、18世紀にイギリスのウィルトンという町で発明されたカーペット用の織機「ウィルトン」でつくるウールのカーペットを参考に開発したものだった。
それから需要が高まり、1916年、同社はイギリスから輸入した織機でウィルトンカーペットの生産をスタート。
堀田さんによると、同社はウィルトン織機自体も日本で製造し、堀田カーペットを含む他社にも販売したことで、大阪府の泉州地域が一大産地になった。
1954年、住江織物は新たにアメリカからタフティングカーペットマシンを導入。
このマシンからつくられるタフテッドカーペットは、「既にある基布に多数のミシン針でパイルを植え付ける刺繍方式」で「生産速度はウィルトンの約30倍」と住江織物のホームページに書かれている。
これによって大量生産が可能になり、カーペットが庶民の手にも届く商品となって、市場が一気に拡大した。
現在、日本のカーペットの99パーセントはこのタフテッドカーペット。一方で、経糸と横糸を重ねて織りあげる「ウールの織物」であり、職人の高い技術が要求されるウィルトンウールカーペットの需要は激減した。
今ではウィルトン織機を製造するメーカーが世界に1、2社、日本でウィルトンカーペットをつくる会社も数社になった。
目からウロコの機能性
市場縮小の大波のなかで、堀田カーペットがいまも企業から重宝されている理由のひとつは、同社が糸から開発している稀有な企業で、世界中で生産されているウールの特徴や適性から商品の提案できること。特許の糸を数種類、オリジナル糸で30種類程度持っている。
さらに、ウィルトンカーペットでしか表現できない織デザイン、色、タフテッドカーペットよりも高い耐久性、そして冒頭に記した悪評を覆す機能性が評価されているからだ。
「カーペットは一本一本の毛がホコリをからめ取るので、フローリングよりもホコリが舞い上がらず、部屋の空気をきれいに保つことができます。
しかも、ウールカーペットの場合、ホコリを絡めとっているのはカーペットのなかに織り込まれている『遊び毛』で、掃除機をかければそれごと吸い込まれていくので、特別な手入れも必要ありません。
動物の毛なので油分を含んでいて、汚れや液体も弾くので、飲み物をこぼしても拭き取れば大丈夫です。調湿機能も高くて、夏は冷たい空気を、冬は暖かい空気を均一に保つ働きをします」
ウールのウィルトンカーペットならではのデザインや高級感、高い耐久性と機能性を考えれば、企業が採用したくなる気持ちもわかる。
堀田さんはこうした企業向けの仕事で全国を飛び回りながらも、なんとかして住宅向けの市場を再興したいと考えていた。
それは「本当のカーペットの良さをちゃんと伝えていくには、住宅しかないから」。
「住宅にカーペットを敷く人が0.2パーセントしかいない今の状態というのは、選択肢の土俵にすらあがっていないということですよね。
でも、一年中裸足で暮らす心地よさや、床に近づく暮らし方、機能性を考えれば、0.2パーセントまで悪くなる暮らしじゃないと思ってるんです。0.2パーセントを5倍、10倍までは増やせるはずなんですよ」
ロンドンで見つけたヒント
この思いを果たすために、最初に開発したのが2016年に発表したウールラグブランド「COURT(コート)」。住宅のカーペット需要が減っている時代に、ウールカーペットの心地よい暮らしを伝えていくために、身近なインテリアとして提案しようという商品だ。
これは多くのメディアに取り上げられ、今では100店舗で扱われるほどの大ヒットになったが、生みの苦しみを味わった。
もともとトヨタ自動車調達部で働いていた堀田さんが、2008年に後継ぎとして戻ってきた時、たくさんの人から「よくこんな大変な業界に入ってきたね」と言われたという。堀田さんにとっても、最初の6年間は「しんどかった」。
「誰から見ても斜陽産業だし、僕が戻ってきた時はリーマンショックの後で、うちの売り上げも落ちて、このままだとやばいって状態だったんです。
入社した時からブランディングしないと生き残れないっていうことは思っていましたけど、なにをしたらいいのかわからなくて、右往左往してましたね。
トヨタで学んだことを活かそうと、トヨタでやったことそのまま持ち込んでも無理だというのも、すぐわかりました。こうしようと言うのは簡単なんですけど、誰がやんねんって」
自分の存在意義を探していた堀田さんが突破口を見つけたのは、2014年。
ロンドン出張の際、知人に「今いけてる店を教えて!」と頼み、リストアップされた50軒をすべて訪ねた。その時、「S.E.H KELLY」というテーラーで「これだ!」と確信したそうだ。
「夫婦ふたりでやってるブランドで、誰も行かないような路地裏にある10坪ぐらいの店舗なんですよ。でも、メーカーとしてしっかりものづくりをしていて、世界中からお客さんが来る。
そこのトンマナ(トーン&マナー)、テイストがすごく素敵で、うちの目標になるブランドを見つけた!と思ったんです」
この出会いによって、ものづくりのメーカーとして目指すべき道筋をつかんだ堀田さんが構想に1年、開発に1年をかけてリリースしたのが「COURT(コート)」だった。
この商品のヒットで、堀田カーペット自体への注目度が高まった。そこで、17年に父親から社長を継いだ堀田さんは会社のリブランディングを行い、ロゴやホームページを一新。
すると、それまで1年に1、2件程度だったホームページからの問い合わせが1か月に数件くるようになった。しかも、まったくつながりがなかった設計事務所や個人から。まさに、堀田さんが「こうなってほしい」と思い描いていた展開だった。
個人のユーザーを開拓したその先にある可能性
ここで満足せず、さらにカーペット文化を広めようと開発したのが、DIYタイルカーペット「WOOLTILE(ウールタイル)」。
1枚50センチ四方、カラーは8色、パターンは4つあり、パズル感覚で、好きなカラーや模様を並べて置く。部屋の形に合わせて、ハサミやカッターで簡単にカットすることもできる、ウール製のタイルカーペットだ。
※詳しくはこちらの記事を参照:タイルカーペットの新定番。パズル感覚で組めるDIYカーペットの誕生秘話
自宅にカーペットを敷こうとなると、それなりの価格がするし、職人の手が必要になる。ラグはサイズに限りがある。
タイルカーペットならどこにでも置けるし、どんな広さにも対応できる。カーペットへの心理的なハードルをグッと下げて、カーペット生活をより身近に、という狙いだ。
この春からホームページやインスタグラムでウールタイルの情報をアップし始めたところ、さまざまなところから問い合わせがあり、正式発売(9月予定)の前から「購入したい」という連絡が相次いでいるという。
「幼稚園の設計事務所とか、ペットショップとか意外なところからも問い合わせが来ています。ほかにもレンタルできないか、ポップアップショップの時だけ使えないかという話もある。想像していなかったことがいくつも起こっていて、ワクワクしています」
目指すはカーペット界の「BOWMORE」
ロンドンの「S.E.H KELLY」と並んで、堀田さんが理想とするブランドがある。
シングルモルトウィスキーの聖地、スコットランドのアイラ島で1779年から醸造所を構える「BOWMORE」。アイラ島最古のウイスキーメーカーだ。
2016年頃、社員からその存在を聞いてひとめ惚れし、2018年1月、実際に訪ねて虜になったという。以下、堀田さんが惚れ込んだ理由だ。
①お客様が飲みたい味を追求するのではなく、自分たちが最高と思うウィスキーをつくっていること。
②世界中に「ファン」がいる。一方で「アンチ」もいること。
③BOWMOREはホテルやコンビニ、バーやレストランもやっていて、アイラ島になくてはならない会社であること。
④アイラ島の海は荒れていて、空は曇り空で、海に囲まれてはいますが決してリゾートっぽくはなく、それでいてとても美しい。目指すべきトーンに近いこと。
⑤醸造所の看板など、めちゃくちゃカッコ良い工場であること。
万人受けを狙うのではなく、自分たちが心底「欲しい!」と思えるものをつくる。ものづくりにとどまらず、たたずまいや地域での在り方を含めて、広い視点で自分たちが「こうなりたい」と思う企業を目指す。その熱量が伝播して、ファンが増える。
堀田さんはそう信じてリブランディングし、COURTやWOOLTILEを開発してきた。
0.2パーセントを2パーセントに。そして世界へ。カーペットの伝道師の挑戦は、まだ幕を開けたばかりだ。
<取材協力>
堀田カーペット株式会社
http://www.hdc.co.jp/
「WOOLTILE」ECページ
https://shop.hdc.co.jp/pages/wooltile
<関連商品>
COURT(堀田カーペット)
文:川内イオ
写真:中村ナリコ、堀田カーペット提供