木箱に納まる小さな雛人形。女性職人がつくる奈良一刀彫の「段飾雛」
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もうすぐ、ひな祭り。
私が生まれた時、段飾りのひな人形を祖父母が贈ってくれました。毎年2月のお天気の良い日には、母が押入れからおひな様の入った大きな箱を出してきて、1年しまっていたお人形に「おひさしぶりですね」と挨拶をしていたものです。
段の骨組みを組み立て、赤い毛氈をかける。おひな様に扇子を持たせたり、五人囃子に笛や太鼓を持たせたり。たくさんのお人形とお道具を眺め、小さな私にとっては楽しいひな祭りでしたが、母にとってはおそらく大変な作業だっただろうな、と今になって思います。
さて、ひな人形にも全国に色々なものがありますが、私が住む奈良には一刀彫でつくられた小さな段飾雛(だんかざりびな)があります。しかも、若い女性の作家さんがご活躍されているとのこと。お話を伺いに、早速お訪ねしました。
奈良一刀彫の小さな「段飾雛」
奈良県奈良市、唐招提寺と薬師寺のほど近くに店舗と工房を構える「株式会社 誠美堂」。ちょうど桃の節句を迎える時期ということもあり、一刀彫の段飾雛がメインに並んでいました。
お話を聞いたのは、「誠美堂」代表の水川丈彦(みずかわ・たけひこ)さんと、この段飾雛をつくっている職人・神泉(しんせん)さん。一刀彫は各地にあれど奈良一刀彫は奈良人形ともいわれ、その起源は約870年も前のこと。平安時代の終わりごろ春日大社の祭礼で飾られたものだといわれています。
奈良の一刀彫は、金箔や岩絵の具で彩色が施されているのが特徴だそう。
一刀彫の「能人形」にも、色鮮やかな彩色が。昔は贈答用によく用いられたものだそうですが、最近は雛飾りや五月人形などの節句人形の製作が大半を占めているといいます。
そしてこちらが神泉さんのつくった段飾雛。手のひらにのせても十分あまるほど、高さわずか数センチの小さな人形に、美しい彩色が施されています。
小さいながらも5段飾りの段飾雛は、ひな祭りの世界観がここに詰まっているといえばいいのでしょうか。華やかで雅、しかもこれが一つひとつ手で彫られ、また彩色されているということにも驚きます。しかも、下の段に人形やお飾りをすべてしまうことができるのだそうで、収納に便利で実用的です。
「一般的な大きな段飾雛は、ひな人形を飾るのに何時間もかかりますよね。しまう時もひと苦労。家族の形や暮らし方の変化で、和室がなかったりマンション住まいだったりと、なかなか大きなお雛さまを飾れないところもあるので、最近は小さいサイズのものが人気です」と水川さん。この一刀彫の段飾雛自体は、「誠美堂」創業の頃からのものだそうです。
そしてこの作品をつくっている神泉さん、とてもお若い女性の職人さんです。神泉という名は、先々代、先代から受け継いだもので、現在3代目。「誠美堂」のブランドでもあります。
———一刀彫をはじめてどれくらいになるのでしょうか?
先代のところに弟子入りしていた4年半を合わせると、11年になりました。先代神泉は、奈良の長谷寺のあたりの自宅工房で製作されていたので、毎日そこまで電車と徒歩で通っていました。駅から歩いて30分、私が歩いているのを見て村の人が車に乗せてくれたこともありました(笑)
———昔からこういうものがお好きだったんですか?
お寺など古いものを見るのが昔から好きだったんです。工芸がたくさんある奈良や京都で、見るだけでも楽しかったんですが、自分の手でつくってみたいという気持ちが湧いてきて。そんなに簡単なことではないと思ったけれど、どうせやるなら!と思い、大学を出てから欄間(らんま)などの仏具彫刻などを学ぶ学校に行きました。
一刀彫は最初は自分の仕事として意識はしていなかったんですが、地元奈良でそういう仕事があると知って、彩色されていることにも興味があったのでやりたいなと思ったんです。
———先々代から先代、そして現在と、ずっと同じ形や色のものをつくり続けてらっしゃるんですか?
基本的なデザインや大まかな形は引き継いでいるけれど、全く同じというわけではなくて、少し彫りを変えたり、彩色を変えたりということはしています。弟子時代、やはり思うように自分が上達できなかったときは、はがゆくて。自分が向いているのかいないのかということで悩んだりもしました。
弟子が私ひとりだった分、先代にとても手をかけてもらっていて、それがありがたくもあり、プレッシャーを感じた時期もありました。神泉の名をもらい受けてからは、いいものをつくるために日々自分に必要なことを考えて、力を蓄えています。
好きなものを仕事にするというのは、簡単なことではないと思いますが、好きだからこそ頑張れるというのもまた真だな、と感じながら「誠美堂」の工房を見せていただきました。
若い職人さんがたくさん、一刀彫の工房を拝見
工房の戸をあけると、早速職人さんたちが作業をされていました。しかも皆さんお若い!
「上の方の年齢が高くなっているけれど、その下の職人さんがいなくて。若い世代に繋いでいかないといけないなと思っています」と、神泉さん。
神泉さんは、普段はご自宅の工房で製作されているそうですが、最近は新しい職人さんを教えるためにこちらに来てらっしゃるのだといいます。新しいデザインを考える時も、彩色の方と直接話してイメージを伝え、一緒に作りあげるのだそう
名を継ぎ、ブランドを守るという想い。
百貨店などで、実演をされることもあるという神泉さん。お客さんの反応を直に感じられるのは嬉しい機会だといいます。以前、先代の作った神泉の作品を修理のために持参された方がいらっしゃり、神泉という名が長く続いてきたという実感がわいたのだそうです。
「神泉は、私だけで作っているものではなく、彩色する方や、箱をつくる方、販売してくださる方まで、みんなで作っているものだと思っています。そして、先代や先々代も含めると、神泉という名、ブランドに関わる方はほんとうにたくさん。誰が欠けても続かないものなんです」
名を継ぎ、ブランドを守るということ。これからは、伝統を守りながらも新しいものが作れたら、とおっしゃる神泉さん。「現代の感覚も取り入れて、それが受け継がれていくものになれば。100年後の人たちに私たちの作ったものが見てもらえるかもしれないんです」
大切な想いをもってつくられている、奈良一刀彫の段飾雛。100年後にも神泉さんの作品がのこり、あらたな神泉さんがまた、この伝統をつないでいることを願ってやみません。
<取材協力>
株式会社 誠美堂
奈良市六条1丁目14-17
0742-43-4183
http://www.hina-ningyou.com
文・写真:杉浦葉子
※こちらは、2017年3月3日の記事を再編集して公開しました。