人気再燃の「ベーゴマ」。遊び方から造り方まで、日本唯一のメーカーに聞く

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ベーゴマ

お正月の代表的な遊びといえばコマまわしがすぐに思い浮かぶ。

最近は、鉄のかたまりからつくられた存在感たっぷりの「ベーゴマ」が再び注目されているらしい。埼玉県・川口市でベーゴマを専門に手がける日三鋳造所(にっさんちゅうぞうしょ)を訪ね、ベーゴマが製造される工程や、初心者が楽しく遊べるコツを教わった。

独特の形状が記憶に残る「ベーゴマ」
独特の形状が記憶に残る「ベーゴマ」

いまも“ベーゴマ専門”の看板を掲げ続ける日三鋳造所

つけもの樽やバケツの上にシートを被せた「床」の上で、鉄製の心棒のないコマをぶつけ合う。相手のコマをはじき出せば勝負あり。ベーゴマ遊びはルールが極めてシンプルだからこそ、子どもから大人まで夢中になれる。

ベーゴマ

平安時代に京都の周辺でバイ貝に砂や粘土を詰めて、子どもがひもで回したことがベーゴマの起源とも言われている。やがて同じ遊びが関東に伝わり、“バイゴマ”から“ベーゴマ”になまったのだとか。

筆者は両親ともに東北地方の出身なので、小学生の頃に関東地方に引越してきて初めて、ベーゴマで遊ぶ同級生たちを目の当たりにした。一応回し方を教わってみたものの、上達する前にプラモデルやテレビゲームに心移りしたことを覚えている。

ベーゴマ
日三鋳造所の事務所には貴重なベーゴマも展示されている

日三鋳造所は、昭和から平成の時代を超えて、今もベーゴマを専門につくり続ける数少ないエキスパートだ。かつては鋳造業者が本業のかたわらにつくることも珍しくなかったが、かかる手間を考えると採算が合わないため、徐々に手がける場所が少なくなった。

社長の辻井俊一郎さんによると、現在もベーゴマの製造・販売を続けている会社は全国でも数カ所を残すだけだそう。中でもベーゴマを専業にしているのは唯一、日三鋳造所だけとなっている。

日三鋳造所 代表取締役の辻井俊一郎さん
日三鋳造所 代表取締役の辻井俊一郎さん

そもそも川口が鋳物(いもの)の街として繁栄してきたのは、街沿いを流れる荒川周辺で、鉄を流し込む「砂型」に使うための良い砂が採れたことに由来するそうだ。

街には今も鋳造工場が残っているが、その多くは賑やかな駅周辺から少し離れた場所にある。鋳造所ではキューポラと呼ばれる溶解炉を使って高熱で鉄を溶かしながら作業をおこなうため、蒸気や臭いが発生して周辺に漂う。

埼玉県内で最も東京に近い街として注目される川口市内に住居が増えてくると、次第に鋳物工場に苦情が寄せられるようになり、多くの工場が閉鎖や移動を余儀なくされた。

実は日三鋳造所も一度は看板を下ろすことを決め、そのタイミングで自社工場も閉鎖している。

日三鋳造所
かつての工場跡には、使われなくなった鋳造設備(こしき炉)を展示している

しかし、辻井さんを思いとどまらせたのが、ベーゴマを愛するファンから寄せられた数々の励ましの便り。中には、ベーゴマづくりを続けて欲しいと、自分のお小遣いの100円玉を手紙に貼って送ってきた小学生もいたそうだ。

現在、古くからのパートナーである河村鋳造所に委託し、ベーゴマの製造を続けている。

ひもを巻くコツをつかめればベーゴマが楽しくなってくる

ベーゴマは初心者には少しとっつきにくいところがある遊びだ。心棒のないコマにひもを巻き付けられるようになるまでが最初の関門。そこから自分でコマが回せるようになるまでのハードルがやや高い。

「だからこそコマの回し方を教える人の存在が大事なんです」と語るのは日三鋳造所の中島さんだ。

日三鋳造所の“ベーゴマ伝道師” 中島茂芳さん
日三鋳造所の“ベーゴマ伝道師” 中島茂芳さん
ひもをしっかり巻けるようになるまでが少し難しい
ひもをしっかり巻けるようになるまでが少し難しい
ベーゴマ
ベーゴマ
説明書きを見ても難しい。人に教わるのが確実だ

中島さんは広告業界から現職に転じた異色のキャリアの持ち主。社長の辻井さんから誘いを受けて同社の一員になり、現在はベーゴマへの愛着が高じて、“伝道師”として全国津々浦々に飛び回りながらベーゴマの遊び方を伝えている。

中島さんのMyベーゴマ
中島さんのMyベーゴマ。いつでもその魅力を伝えられるように、常にポケットに入れて持ち歩いている

中島さんは「大人も子供も、年齢や男女の区別なく平等に遊べるところがベーゴマのいいところ。勝負を始めてみるまでは、どちらが勝つかわかりません」と楽しそうに話す。

実力者になると、狭い空間でも見事に回せるようになる
実力者になると、狭い空間でも見事に回せるようになる

最後には「運」をどれだけ味方につけられるかも大きいというが、相手のコマをはじき出すためのセオリーをひとつ挙げるとすれば、同じ大きさでもなるべく重いコマを勢いよく回すことがある。

昭和の時代、プロ野球選手の名前を冠した「野球シリーズ」のベーゴマが発売され、当時の子どもたちにもてはやされた。天面には人気選手の名前が刻まれる。

名前の画数が多いと文字が占める割合が高くなり、その分だけ削り取られる部分が減る。つまり「長嶋」の方が「王」よりも重いベーゴマになるため、子どもたちに人気だったのだと辻井さんが面白いエピソードを語ってくれた。

野球選手シリーズ
野球選手シリーズ

コマ自体のメンテナンスも勝負の鍵をにぎっているそうで、たとえば、底面をヤスリで磨くとよく回る「強いコマ」になる。

ベーゴマの種類は背の高さで「タカ」と「ペチャ」の2種類に大別される。相手が回したコマの下に潜り込むと弾き飛ばせる確率が高くなるので、コマの厚みは薄いほうが有利と言われている。ただし薄いコマのほうが回すのも難しい。

実は種類がこまかく分かれている
実は種類がこまかく分かれている

ひもの巻き方には俗に言う「女巻き」と「男巻き」の違いがあり、また地方によって「関西巻き」などスタイルも変わる。巻き方による必勝法は存在しないそうだが、最初はコマにひもを巻き付けるだけでも一苦労だ。

「イベントの参加者にベーゴマを初めて体験する方がいた場合、回せばよい状態までひもを巻いてお渡ししています。最初にコマを回す楽しさを実感してもらえると、次第に自力でひもが上手に巻けるようになってきます」

日三鋳造所 中島さん
中島さんは、地元から上京する際にもお気に入りのベーゴマを持ってきたという生粋のベーゴマ好き

教え方も少しずつ改良してきたのだと、辻井さんと中島さんが口を揃える。

1400度で溶かした「鉄」からベーゴマがつくられる

日三鋳造所が企画・デザインしたベーゴマは、週に1回のペースで鋳造されている。ベーゴマがつくられるおおまかな過程を紹介しよう。

鋳造を請け負っている、河村鋳造所
鋳造を請け負っている、河村鋳造所

最初にベーゴマのデザインを象ったアルミ製の父型の上下面に砂を敷き詰めて、ベーゴマの砂型をつくる。砂の中に小石などが混ざらないよう、ふるいにかけながら砂を乗せていく。小石やゴミが混入してしまうとベーゴマの絵柄に影響が及ぶからだ。

ベーゴマの父型。これを砂で上下から挟んで「砂型」をつくる
ベーゴマの父型。これを砂で上下から挟んで「砂型」をつくる

砂型は特殊な圧縮機械を使ってがっちりと固める。上下の砂型が完成したら、中に挟んでいたアルミ板の父型を抜き出す。そして上下がズレないように砂型を重ね合わせると、そこにベーゴマの母型になる空間ができる。

ここに溶けた鋳鉄(ちゅうてつ)を流し込む。川口の鋳造所では昔から溶けた鋳鉄を「ゆ」と呼ぶのだと、鋳造所で働く職人の方が教えてくれた。

ベーゴマ
工場内に並ぶ「砂型」。左手前に並んでいる、穴がひとつのものが、ベーゴマの型

鋳造を行う日は朝の4時からキューポラに火を入れて熱しておく。午前中に1,400度ぐらいまで温度を上げたら、午後からは工場の床にびっしりと敷き詰められた大小様々の砂型に、溶かした鉄を一気に流し込んでいく。

中央に見えるのが、キューポラ
中央に見えるのが、キューポラ。溶けた鉄を流し始めると基本的に止めることはできない
ガス抜きのために火をつけながら流し込んでいく
ガス抜きのために火をつけながら流し込んでいく

河村鋳造所では大型工作機のエンジンに使うパーツからベーゴマまで様々な鋳物を手がけている。大きな工業部品は硬い鉄の方が材料として好ましいため最初に着手する。続いてより柔らかくなった鉄をベーゴマの型に流し込む。

流し込むスピードが早すぎると型がずれ、遅すぎてもムラになる
流し込むスピードが速すぎると型がずれ、遅すぎてもムラになる

ベーゴマは砂型が小さいので、溶けた鉄が入れやすいように小さな手桶に移し替えて流し込む。小さなといっても、その重さは20kgを超える。溶けた鉄を職人たちが実に手際よく砂型に流し込んでいく。経験と勘、そして体力と集中力が求められる。

寒い冬には鉄が固まりやすいため、砂型に開けた小さな穴に「速く・正確に」溶けた鉄を流し込まねばならない。

ベーゴマ
ベーゴマ

キューポラから時折激しく火花が散って、あたり一面には溶けた鉄から生まれた蒸気が漂う。荒々しい光景の現場で、職人たちは黙々と休まずに手を動かし続ける。大きな砂型には3〜4人がかりで連携しながら溶けた鉄を流し込む。

ベーゴマ

息をぴたりと合わせた所作は驚くほどに正確で迷いがない。職人たちは真剣な目で作業に集中しながら、時には笑顔で冗談も交わし合う。60代から70代の職人の方々が中心という現場にはまだ、昭和の日本の熱気がそのまま残っている。

ベーゴマ

ひたむきに働く彼らの手が、夢中でベーゴマに興じる日本の子どもたちの笑顔を長年に渡って支え続けてきた。

ベーゴマ

10分から15分も待たないうちに、最初に鉄を流し込んだ砂型を職人たちが次々と壊していく。砂型の中で鉄はすぐに冷めて凝固するので、あとは砂を避けて空気に晒しながら冷まして形を安定させる。

ベーゴマ
ベーゴマ

1つの砂型につきベーゴマは6個・9列、合計54個が連なった状態で製造される。この日は20台前後の砂型から新しいベーゴマがつくられた。

ベーゴマ
つながった状態で取り出されるベーゴマ

日三鋳造所に送り届けられたベーゴマはバレルと呼ばれる機械に入れて1時間前後ぐるぐると回し続けて面取りをおこなう。最後にこの工程を加えることでエッジのざらつきが取れて、きれいなベーゴマの形に仕上がる。

ベーゴマの熱が再び高まっている

いま、ベーゴマのイベントが全国で増えてきている。毎年10月の最終日曜日には、「全国ベーゴマ選手権大会」が川口市で開催されており日三鋳造所も協力している。

また、中島さんは、日ごろから全国の児童館やショッピングセンターなど、子供たちが多く集まる場所にも出かけてイベントやワークショップを通じて“むかし遊び”の醍醐味を多くの人々に伝えている。

「今までにベーゴマで遊んだことのない小さな子どもたちが、初めてベーゴマを回せるようになった時に見せる笑顔に触れると充実感がわいてきます」と、中島さん。

日三鋳造所 中島さん
手のひらでも簡単にまわす
手のひらでも簡単にまわす中島さん

同社がつくったベーゴマは全国の雑貨屋、大型スーパーの玩具店から縁日の出店まで様々な場所で取り扱われている。辻井さんによると、人気の漫画やアニメのキャラクターとコラボしたオリジナルベーゴマも受注が増えているそうだ。天面にキャラクターがプリントされたカラフルな最新のベーゴマもある。

「令和」記念のベーゴマ
「令和」記念のベーゴマ
ベーゴマ

「むかしは、夏は花火、冬はベーゴマで遊ぶのが相場だったそうですが、今は季節に関係なく様々なイベントが開催されています。私も方々に飛び回ってベーゴマの遊び方を教えています」と語る中島さんは、このインタビューが終わった後もまたすぐに“ベーゴマの伝道師”として都内の学童保育の現場に出かけていった。

河村鋳造所の従業員も高齢の方々が占めるようになり、その仕事の過酷さゆえに後継者も育ちにくいのだという。鉄という素材が持つ力強さをそのまま封じ込めてしまうような、むかしながらの手法でつくられたベーゴマを私たちが手にできる機会が長く続いてほしいと思う。

ベーゴマ

今回取材スタッフ一同も日三鋳造所にてベーゴマを体験させてもらった。筆者はあまりにも久しぶりに手にしたため、残念ながらうまく回せなかったが、中島さんが勢いよく回したベーゴマが火花を散らす様子を目の当たりにして歓声をあげたり、大人気もなく盛り上がってしまった。

ベーゴマ

令和になって最初の冬休みがやってくる。

小さい頃、ひもが上手く巻けずに断念してしまった人も、今まで一度も触ったことがないという人も、次の正月には昔懐かしいベーゴマ遊びに挑戦してみてもらいたい。また、近所でベーゴマをまわせるイベントが開催されていたら思い切って参加してみてはいかがだろうか。

ベーゴマ
ベーゴマが好きでたまらないお二人

<取材協力>
日三鋳造所 http://www.beigoma.com/
河村鋳造所

文:山本敦
写真:阿部高之

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