銭湯でアート鑑賞?強くて美しいタイルの世界
エリア
タイルの町、多治見市笠原へ
名古屋駅から長野方面へ向かう電車に乗って多治見駅に到着。そこからバスに乗り換えて、目的地に向かいます。目指すは「多治見市モザイクタイルミュージアム」。到着すると、建物?山?不思議な空間が目の前に広がっていました。
左右にゆったりと蛇行するアプローチを下りていくと、どんどんと迫ってくる建物の巨大さがわかります。ビルにすると何階建てくらいだろう。中の想像が全くつかないまま、広報の市原さんのご案内で館内ツアーが始まりました。1Fから4Fの最上階まで続く大階段を一気に昇ります。4階建てだったんですね。
「外観からは何階建てかパッとわからないですよね。この不思議な形は、粘土山の形を模しているんです」
粘土山?あまり耳慣れない言葉です。なんだか可愛らしいですね。
「焼きものの土を取る山(採土場)をこのあたりでは『粘土山』と呼ぶんです。山から土をとってタイルは作られます。建築家の藤森照信さんが、採土場をデザインに取り入れました。多治見市の中でもここ笠原町は、施釉(表面に釉薬を施した)磁器モザイクタイル発祥の地なんですよ。生産量も日本一です」
モザイクタイルとは面積50平方センチメートル以下のタイルのこと。そういえば、「さらさ西陣」さんにもありました。確かに学校の手洗い場など、水場によく使われているタイルですね。
「館長はもともと、タイルの原料になる土を加工する原料屋さんだったんです。今は銭湯の数も減っていますし、一般家庭のお風呂場や水回りにも、タイルはあまり使われなくなりました。このままではタイルが失われていってしまうと危惧して、館長を含む笠原町の有志が協力してタイル製品の収集を始めました。そうして収集品を展示するこのミュージアムが建てられたんです」
タイルメーカー、商社、原料会社などが集まって財団を作り、市から指定管理者として受託され、ミュージアムを運営しているそうです。お話を聞いている間に、あっという間に4階に到着しました。ガラスの向こう側に、白い空間が見えます。
4F モザイクタイルアートの世界へ
まるで巨大な銭湯のようです。中に入ると…寒い!風の吹き込む方を見ると…
「キレイですよね。これはタイルのカーテン、タイルのすだれ、なんて私たちは呼んでいます。4Fは藤森さんが監修されたモザイクタイルの展示室です。タイルのカーテンの上は吹き抜けになっています。冬は寒いのですが、耐久性や耐水性にすぐれるタイルの象徴として、あえて窓にはしていないんです。この間雪が降った時には、タイルの上に雪が積もってきれいでしたよ」
近づくと様々な色かたちのタイルが連なって、筒状になっています。上から下へ、下から上へ、左右にぐるりと、近づいたり離れたり。いつまでも見飽きません。取材時も、4Fを訪れた人は真っ先にこのオブジェのところにやってきます。
「実はこのフロアに展示されているものは、ほとんどがもともとどこかで使われていたものなんです。タイルって、それ自体が作品ではないので保存しようという意識があまりなかったんですね。銭湯が廃業される際にはタイル画も一緒に取り壊してしまう。そうして無くなってしまうのはもったいないからと、有志で保存活動を始めました。ここに展示されているのは、そうして集まったコレクションです。東京の銭湯などで実際に使われていたタイル画もみることができますよ」
大定番の富士山から、お城、マリリン・モンローまで、一堂に会してそれこそ1枚のモザイク画のようになっています。その手前にはトイレやカラフルな手洗い場など。60代くらいの女性のお客さんから、「まぁ懐かしい」との声が聞こえました。
3F これまでのタイルづくりを知る
ひとつ降りた階はタイルの製造工程と歴史の展示室。材料となる粘土から昔使われていた機械、海外へ輸出された製品など、タイル生産の歩んで来た道を知ることができます。と言っても堅苦しい雰囲気はなく、展示されているものがどれも色とりどり、ユニークで目を引きます。
「これはタイルの商品サンプル帳。各メーカーの営業さんはカバンに何冊も入れて営業周りをしていたんですね。その重さ約20-30kg。昔使われていたカバンを見せてもらったことがありますが、相当に使い込まれていました」
「今はタイルの一大産地になった笠原町ですが、昔は鉢・茶碗をメインに作っていました。それが戦前・戦後とタイルづくりに移行していったんです。祖と言われる人が山内逸三さん。施釉磁器モザイクタイルを日本で初めて開発した人です」
「モザイクタイルは主に壁や床などの建材として使われてきました。でも小さいものですから、ひとつひとつ貼っていたらとても大変ですよね。そこで生まれたのが、モザイクタイルを効率的に施工するため作られた「貼り版(はりばん)」です。いろいろなデザインがあるでしょう」
型だけでも美しいですが、実際にタイルがはまってみるとまたひときわの美しさです。これって誰がどうやってデザインしているのでしょう?
「実は、建材として使われるモザイクタイルにデザイナーさんはいないんです。タイルの職人さんたちが、オーダーに合わせて自分たちでデザインを考えます。奥さんの読む雑誌のファッションなども参考にして、デザインに生かしていたそうですよ」
タイルを焼いておしまい、でなく、その先のデザインまで職人さんがやっていたのですね。
「型に並べたタイルは、こうして紙貼りかネット貼りにします。このまま接着剤をつけて、壁に取り付けていくんです」
なるほど、これなら効率的ですね。こうして見入っていると、つい手で触れて感触を確かめたくなってしまいます。
「身近なものなので、つい触ってしまいそうになるんですね。そこが一般的な美術作品を飾るミュージアムとはまた違った魅力かもしれません」
ミュージアム内は注意書きのあるところ以外、撮影もOK。取材で伺った私以外にも、立派なカメラを持ったお客さんが熱心にシャッターを切っていました。
2F 今のタイルづくりに触れる
「ここはこの地域のタイルメーカーさんがつくる、現在のタイル材を見ることができるフロアです。元タイル商社社員だった人がスタッフで常駐しているので、家にタイルを取り入れたいと考えている人は、この場でどんなものがいいか、相談できますよ」
さながら産地全体のショールーム。私ならこれだな、と若い女性数名が楽しそうにサンプルを手に話しています。4Fから見てきましたが、お客さんの大半が女性で、20~30代くらいのグループです。
「女性のグループのお客さんが本当に多いでしょう。建築を勉強している方や藤森さんの建築を見に来られる方も多いですね。1Fで体験もできるので、夏休みにはお子さん連れがたくさん来ていただきました。年間2万5千人を見込んでいたのが、もう10万人を突破したところです」
このミュージアムは2016年6月にオープンしたばかり。運営側が驚くほどの人気は、オープン当時は全く予想していなかったそうです。
「こちらにくるお客さんって、50代以上の方はだいたい『なつかしい』と仰るんです。ちょうど自分の家や身の回りにタイルが当たり前にあった世代なんですね。それが、20-40代になるとあまり子供の頃から触れてこなかったので、『かわいい、面白い』と新鮮に映るようです。私も実は、こちらに勤めるまではタイルといえば長方形のイメージでした。それが本当に様々な色かたちがあることをここで知ったんです。今ではお休みの日にタイルの有名スポットを訪ねて京都や大阪まで出かけたりしています。この間さらさ西陣さんにも行ったばかりなんですよ」
一度興味を持つと、暮らしの中でタイルに目が行くようになりますよ、と市原さんが教えてくれました。頭の中で実家の中を思い返してみると、そういえばお風呂場にも、キッチンにも。意外と身近にあったタイルの色かたちや感触が蘇ってきます。
1F 最後はやっぱりお買い物!
はじめに市原さんが迎えてくれた1Fまで戻ってきました。地域のメーカーさんが提供する様々なタイル商品が並びます。タイルの詰め放題も。これはやらなければ。
「やっぱり実物を間近で見ると、触りたくなる、欲しくなるんですよね」
そう話す市原さんも、キレイなタイルのピアスをつけていました。
そろそろお昼時。あれとこれを買って、、とお土産をチェックしているところに、「もう見終わったかな?」と声がかかりました。
午後は笠原町にあるタイルメーカー、オザワモザイクワークスさんに取材予定。その社長さんが、近くだからとミュージアムまで迎えに来てくださいました。
「歴史の話はだいたい大丈夫かな。それじゃあ、実際に作られているところに行ってみましょう」と小澤社長。
「4Fの白壁のモザイクタイルは、実は小澤さんのところのものなんですよ。ぜひ今のタイルづくりを見てきてくださいね」と市原さん。
午後からタイルづくりの現場を覗いてきます。