土屋鞄のランドセル、300工程を超える手仕事を間近で見学
エリア
上質な革素材を使い、鞄や財布、小物など、上品でシンプルな革製品を次々と生み出す「土屋鞄製造所」。
レザーファンのみならず、名前を耳にしたこと、あるいは手がけた製品を目にしたことがあるかもしれない。男性から女性まで幅広い支持を誇り、今や全国各地に13店舗、さらに台湾にも進出するほどの人気ぶりなのだから。
大人がハマる、その魅力はどこにあるのか。東京・西新井にある工房を訪れた。
はじまりは11坪の小さな工房から
扉を開けると、そこにはだだっ広い空間が広がった。
いろんな音が響いている。ダダダダとミシンの走る音、トントントンとトンカチで革を打つ音、コンコンと穴を開けるような音も‥‥。
よく見ると、多くの人が床に直接座って作業をしている。あっちでも。
こっちでも。
そっちでも。座布団を一枚ひいて、あぐらをかいたり、足を伸ばしたり。手先を使うだけでなく、全身を使って作業をしているようである。
もうおわかりのことと思うが、つくっていたのは‥‥
「ランドセルです。土屋鞄製造所はランドセルをつくることから始まりました」とは広報の三角 (みすみ) さんである。
土屋鞄製造所といえば、いわゆる“大人の鞄”のイメージが強いかもしれないが、スタートは子どものためのランドセルだった。
1965年。土屋鞄製造所は東京の下町にあるわずか11坪の小さな工房から始まった。
当時、職人は創業者の土屋國男さんとたった一人の職人だけ。理想のランドセルを追い求め、
デザインをする人、素材を研究する人と、1人から2人、2人から3人へと、少しずつ仲間を増やしていったとか。そして今では製品の企画から製造、販売まで一貫したものづくりを行うまでになっている。
そもそもランドセルの理想のかたちとはどんなものなのか。土屋鞄が鞄づくりにおいて大切にしていること、そして人気のワケとは‥‥。ランドセルをつくる工程を追うほどに、そうしたことの答えが少しずつ見えてきた。
ランドセルには鞄づくりの粋が詰まっている
ランドセルづくりは素材選びにはじまり、裁断して、小さなパーツをつくっていく。小さなパーツをのりづけやミシンがけによって組み合わせて大きなパーツに仕立てたら、最終的に大きなパーツを一つの立体に組み立てていく‥‥。
と、おおまかに書いたが、綿密にいうと150以上のパーツを使い、300工程を超える手仕事によって成り立っている。
しかも、いずれも職人技が必要だ。たとえば素材選び。質の高い、良い状態の革を選ぶことはもちろん、大事なのはその革のクセや個性を見極めることである。
「どの革を使うのか、革のどの部分を使うのか。人間一人一人の肌の状態が違うように、自然の動物である牛一頭一頭にも個性がありますから。
そのなかで、たとえばランドセルの蓋には丈夫さが求められるので牛の背部分の革を、子どもの背中があたる部分には、柔らかな質感の革を使うというように、パーツごとに使う部位を決めていきます」
ミシンがけも難敵だ。
縫うのは真っ直ぐな平面ではなく、微妙なカーブをもつ立体。見ているとダダダダ、ダダ、ダダと緩急をつけながら丁寧に、しかしスピーディーにミシンをかけていく。
「とくに分厚い革が幾重にもなる部分は、歪みが出やすい。はじめは少しの歪みでも工程が進むにつれて次第に大きくなり、完成したときには決定的な歪みになりかねないので、やはり相当の技術が必要です」
はじめは、どこの部分なのか見当のつかなかった小さなパーツが、順序良く組み合わされ、次第に見覚えのある形になっていく。
また、目を釘付けにされたのが最終工程に近い“菊寄せ”という作業。
菊寄せとは鞄や財布などのコーナー部分の処理の仕方で、放射状にひだを寄せながら細かく折りたたむ技術のこと。織り込んだひだが菊の花びらのように見えることから、そう呼ばれるとか。
補強の意味をもつと同時に、見た目も綺麗な仕上がりに。菊寄せで職人の技量が分かるといわれるほど、繊細な仕事なのである。
心に寄り添う“思い出のうつわ=鞄”
“ランドセルづくりにおいて大事なのは、子どもたちが安心して使い続けることのできる丈夫さと使い心地。そして年月を経ても、愛せる佇まいであること”──。
「これは創業者である土屋がよく言う台詞です。ランドセルとしての機能性はもとより、6年間使い続けるものだからこそ、使うほどに愛着がわくようなものをつくりたい。鞄は“思い出のうつわ”だから、と」
創業より55年。追い求めたのは“丈夫さと美しさを兼ね備えた凜とした佇まい”だ。
そういえば土屋鞄のランドセルは箱型にもかかわらず角張ったイメージがまったくない。どこか丸みをおびたフォルムで、やさしい印象を受ける。
「たとえば、蓋部分の下側にあるラインを見てください。少しだけ山なりにカーブしているのが分かります。もしこれが直線だとしたら、もっと強くて堅い印象になるかもしれません」
また色合いに関しても「6年間、子どもたちにきちんと寄り添えるかどうかを考える」という。ベーシックな色だけでなく、ほかにはない微妙な色合いの製品も数多い。
微に入り、細に入り。土屋鞄では150ものパーツ一つ一つ、糸の太さや目幅に至るまで、すべてにおいて考え尽くされ、確かな手仕事によって生み出されているのだ。
「いろいろな鞄がありますが、とくにランドセルづくりは特殊だと言われます」
「袋状のものであれば裏面にして縫って、また表にひっくり返すことができますが、ランドセルは箱型ですから、より難しい作業を要求されることになる。
しかも、土屋鞄の職人たちは一つひとつ丁寧に、たくさんの数をつくるので、鞄づくりの基礎をきちんと身につけて応用できるようになるのだと思います」
大人鞄でも、大切なことは同じ
そんな土屋鞄製造所が、大人向けの鞄をつくり始めたのは2000年頃のこと。
当たり前といえば、当たり前の成り行きだろうと思う。
技術があるからこそ、子どもだけでなく、大人にとって大切な“思い出のうつわ”となるような鞄をつくりたい。そう思うことは至極当然のことである。
小学生にとってランドセルがかけがえのない宝物になるように、大人であっても宝物と呼べるような鞄に出会えたなら、それはどれほど幸せなことだろう。
高い技術がある。そして鞄一つひとつには、その人がその人の人生を、その人らしく生きていくことができるようにとの思いが込められている。
だからこそ。
土屋鞄が生み出す大人鞄は人気なのだろう。素直にそう思い、腑に落ちた。
次回は、そんな土屋鞄のものづくりに惚れこんで入社した若手職人の物語を紹介したい。
<取材協力>
土屋鞄製造所
東京都足立区西新井7-15-5
03-5647-5124 (西新井本店)
https://tsuchiya-kaban.jp
https://www.tsuchiya-randoseru.jp
文:葛山あかね
写真:尾島可奈子、土屋鞄製造所