使うほど美しさ、使いやすさに気づく。コンマ単位の技を駆使した「隅切りトレイ」はこうして生まれた
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冬は雪深く、一年を通して湿潤な地域が広がる北陸では、独自の風土がさまざまな工芸技術を育んできました。
そんな北陸の地で2020年1月誕生したのが、ものづくりの総合ブランド「RIN&CO.」(りんあんどこー)。
漆器や和紙、木工、焼き物、繊維など、さまざまな技術を生かしたプロダクトが動き出しています。
今回は「RIN&CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田徹さんとともに、プロダクトの製作現場を訪れ、北陸のものづくりの魅力に迫っていきます。
*ブランドデビューの経緯を伺った記事はこちら:「漆器の老舗がはじめた北陸のものづくりブランド「RIN&CO.」が生まれるまで」
木の美しさを引き出すトレイ
今回ご紹介するのは、白木の隅切りトレイ。
木はタモを使用し、ナチュラルな風合いを出すためクリア仕上げを施しています。
タモ材は、ナチュラルで淡い色と、色の深さが異なる木目の美しさが特徴。
淡い色みや黄みがかった層がグラデーションのようになり、木目の奥深い美しさを引き出しています。
この商品をつくっているのは、福井県鯖江市河和田(かわだ)地区の井上徳木工。
河和田地区は1500年以上続く越前漆器の産地ですが、井上徳木工では丸いお椀ではなく、重箱やお盆、小箱といった木を組んでつくる「角物」の木地を手がけています。
越前漆器は業務用のものが多く、高い耐久性が求められます。
漆塗りや蒔絵・沈金を施すと木地の木目は見えなくなってしまうものの、土台がしっかりつくられていないと、その価値は下がってしまうのです。
井上徳木工は技術の高さはもちろんのこと、「こんなものがほしい!」というお客さんの要望をかなえる再現力で、これまで数々のニーズをかたちにしてきました。
ポリシーは「断らないこと」
工房の2階にある倉庫を見せていただくと、そこにはさまざまなかたちのお盆や重箱が、棚や床いっぱいに並べられていました。
なんと、これらはすべて商品になる前のサンプル。
「昔は棚一つでおさまるくらいの量だったんですよ」と語るのは、井上徳木工の井上孝之さん。
井上さんは井上徳木工の2代目。高校卒業と同時に家業を継ぎ、30年以上角物を手がけてきました。しかし、時代とともに角物を取り巻く状況も変化してきたそう。
「私が継いだ頃は決まったかたちをつくっていれば良い時代でしたが、次第に生活も多様化し、定番のかたち以外の問い合わせが増えてきました」
どんな制作依頼にも可能な限り応える。そんなポリシーから、多くのお客さんが井上さんのもとを訪れるようになり、サンプルの数もどんどん増えていきました。
時間も労力もかかるサンプルづくり。せっかく作っても取引に繋がらないこともあります。断る職人さんも多いなか、井上さんはどうしてきめ細やかに対応するのでしょうか。
「商品のデザインは図面上ではちゃんと描けていても、実際につくると木の特徴や癖によって微妙に変わるもの。つくってみないとわからないことがたくさんあるんです。
もちろんサンプルなので、1回つくってそのまま終わり、というものもたくさんありますよ。でも、次へのヒントになるかもしれないので、決して無駄にはならないと思っています。
つくるものの幅が広がると、産地の活性化にもつながりますしね」
図面通りに仕上がるか、無理のない工程か、などサンプルづくりを通して検証を重ねる井上さん。
蓄積された技術と経験があるからこそ、お客さんへの提案やアドバイスにも説得力があります。
職人同士に生まれた新たな接点
「RIN& CO.」を立ち上げた漆琳堂の内田さんと井上さんは、塗り、木地の立場でともに河和田エリアの漆器づくりに携わる職人同士。しかし、意外なことにこれまであまり接点がなかったそう。
「井上徳木工さんは角物の木地、私はお椀などの丸物の塗りを手がけていたことから、これまであまりお仕事をご一緒することがなかったんです。
しかし、2016年にこのエリアで始まった体験型マーケット『RENEW』をきっかけに、井上さんの工房にお邪魔する機会が増えました」
工房に足を運ぶなかで、井上さんの技術の高さを目の当たりにした内田さん。そこで「RIN&CO.」の商品として、「日常のいろいろな場所に馴染むナチュラルなトレイ」を依頼することになりました。
シンプルなかたちを生み出す高い技術
「隅切りトレイ」には、井上さんの細やかな技術が詰まっています。
「普段、私たちがつくるものは漆塗りに隠れてしまう下地の部分。しかし、今回は白木をそのまま生かして木目の美しさを際立たせる商品。使う部材選びは慎重に行いました。
同じ木でも微妙なくすみや黒ずみがあるので、均一に美しい木目の部材を選ぶのは大変でしたね」と井上さん。
トレイの形状は井上さんの膨大なサンプルから絞り込み、手になじむ「隅切り」に。昔からあるかたちの一つですが、通常よりもサイズを小さくすることで、さまざまなシーンで使えるトレイを考えました。
しかし、サイズを小さくすることで難しい部分もあったそう。
「隅切りはいくつもの木のパーツを組み合わせてつくるのですが、厚みや角度の精度が商品のフォルムにも大きな影響を与えます。
通常よりサイズが小さくパーツも細かい分、角度をつける加工は神経を使いました」と振り返ります。
「小さいパーツでわずか2cmほど。それをコンマ単位で加工していくのは、井上さんのなせる技だなと驚きましたね。
同じ漆器の世界でもなかなか知る機会がありませんでしたが、角物木地には表には見えない高度な技術が駆使されているんだとあらためて驚きました」
今回のトレイの制作を通じて、内田さんには大きな気づきが、井上さんには新たな目標が生まれたそう。
「これまでさまざまなかたちのサンプルをつくってきましたが、原点に戻り、あらためて『定番のデザイン』の良さを見直したいと感じるようになりました。
時代が変わっても残り続けるものには、使いやすさやなじみやすさなど定番になる理由があります。
シンプルなデザインを活かしながら、材質や大きさといった組み合わせを変えるなど、今の時代にあわせたものづくりを続けていきたいですね」
こうして完成した「隅切りトレイ」。
縦18cm、横30cmと少しこぶりなサイズは、お皿やカップを乗せても、玄関で小物置きとしても使えるなど、暮らしのいろんなシーンにそっと溶け込みます。
使えば使うほどにその使い勝手や美しさに気づくような、暮らしに欠かせない道具の一つになりそうです。
<掲載商品>
越前木工 隅切りトレイ
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639670120/
<取材協力>
有限会社井上徳木工
福井県鯖江市河和田町26-19
https://www.tokumokkou.jp
文:石原藍
写真:荻野勤、中川政七商店
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