魅せられたのは「知らない、終わりのない」こと。名尾和紙の職人、小副川天斗さんの“仕事の理由”

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「ナンパしたとですよ(笑)」

佐賀県佐賀市にある和紙工房「名尾手すき和紙」7代目の谷口弦さんに、和紙をすいている若い職人さんのことを尋ねると、そう言った ──。

※「名尾手すき和紙」については「和紙屋のどら息子がおかしなことをやっとる、くらいが丁度いい」──伝統を受け継ぐ、若き和紙職人のサブカルチャーな目論み」をご覧ください。

ものづくりの世界に飛び込んだ若きつくり手たちがいる。

何がきっかけで、何のために、何を求めてその道を選んだのか。そして今、何を思うのか。さまざまな分野で活躍する若手職人を紹介する新連載。3回目は和紙職人である。

話を聞いたのは小副川天斗(おそえがわたかと)さん。作業風景を見ていると、彼はまるで音楽に合わせて踊っているかのように独特なリズムで紙をすいていた。

何も知らない、から始まった

仕事をするきっかけはナンパだったとお聞きしました。

「まあ、そんな感じですね。音楽イベントでたまたま弦さんに会って、そのときに『うちにこない~?』と誘われて(笑)」

和紙職人の小副川天斗(おそえがわたかと)さん
性格はわりと頑固。興味があることには積極的で軽やかな行動力もある

ずっと仕事を探していた。

アルバイトをしながら自分が進むべき道を模索して、いろんな人に声をかけていた。よく行く飲み屋の主人だったり、そのとき働いていたバーのお客さんだったり。

求めていたのは一般企業などの社員としての働き口ではなく、

「手を動かすっていうか、ものをつくる仕事がしたくて。でも、それが何かといわれれば、そのときは分からなくて。こう言ったらなんですけど、何でもいいっちゃ何でもよかったんですよね(笑)

で、ちょこちょこと声をかけていただいたんです。それこそ家具をつくる工房だったり、内装屋さんとか、配管屋さんとか‥‥」

その中の一つが谷口さんからの「うちにこない?」だった。いくつもの選択肢のなかから和紙職人の道を選んだ理由は何なのか。

「いろいろな現場を見せてもらったんですけど、そのなかで一番、何をしているのか分からなかったというか、知らなかったのが和紙だったんです。

せっかくやるんだったら知らないことのほう楽しそうだから‥‥」

知らないことを知ること、やったことのないことをやることは、ある種の怖さや面倒臭さが伴うものだが、小副川さんにとってそれは楽しみでしかないという。

そして22歳のとき。それまでの自分とは無縁だった和紙の世界に、漠然と飛び込んだ。

1匁を感覚で合わせる

最初に教えられたのは紙すきの技術。それも難関とされる薄い紙をすくことだった。

「とりあえず難しいことからやれ、と一番薄いタイプの紙すきから教えてもらいました。はじめに簡単な紙すきを覚えちゃうと薄い紙になったときに、まったくできなくなるから、と」

薄くて大きな和紙。いわば名尾手すき和紙の伝統芸でもある提灯紙を漉くことから修業は始まった。

以前、谷口さんは言っていた。「提灯紙は薄くて丈夫でなければいけない。光を通さなくてはいけないし、薄いからといってすぐに破れるようではだめで、十分な強度が必要である」と。

※詳しくは「名尾の山里でたった1軒の和紙工房が“残しておきたい紙づくり”」をご覧ください。

7代目の谷口弦さん
小副川さんをナンパしたのはこの人、7代目の谷口弦さん

実際、難しい技術が求められた。

桁と呼ばれる木枠と目の細かい簀からなる簀桁(すげた)で原料液をすくい上げ、繊維をむらなく絡ませるため縦にゆすり、横にゆすり、また縦にゆすり‥‥を繰り返す。

紙漉きの作業風景
その日、すいていたのも薄い提灯紙だった

穴があいたり、繊維が偏っていたりするのは論外で、

「厚みが出過ぎてもいけないし、全体的に均一な状態にすかなくてはいけないし。紙をすくことはできるんですけど、果たしてそれが使いもんになるかといわれたら、やっぱりそうはいかなくて」

ちなみに和紙の厚さはミリではなく匁(もんめ)で数える。1匁は3.75グラム、2匁は7.5グラム、3匁は11.25グラムというように重量でカウントするそうである。

和紙の側面
障子紙用は5匁、書道紙は4匁。掛け軸下貼り用は3匁で、提灯紙に使うのは1匁~2匁といったところ

つまり同じサイズでも1匁と2匁では厚さが違い、1匁の紙を求められているのに重さが不足していたり、反対に超えてしまえば、それは規格外になるというわけだ。

そしてすいている紙を1匁に合わせるのは「感覚でしかない」(谷口さん)という。

和紙すきはリズムにのって

すきの技術はもちろん、職人ならではの経験や勘が必要になる。難しかった。でも。それ以上に──小副川さんは楽しかった。

「はじめて仕事が楽しいなと思えたんですよね‥‥仕事って楽しいものなんだ、ってことを知ったというか。この仕事、好きだなって」

修業を始めて1年と4カ月。小副川さんは独特なリズムで紙をすいていた。まるで音楽に合わせて踊っているかのような動きをしながら。

小副川さんの作業風景

たてたて、よこよこ。たてたて、よこよこ。原料液の入ったすき船のなかで簀桁を揺らすたびに、ぽちゃぽちゃとした音が立つ。

紙漉きの工程風景
リズミカルに動く水の表情がきれい

静かにゆっくりと、といった和紙すきのイメージとは異なり、ダイナミックに揺するのは繊維の長い梶の木を原料に使う名尾和紙ならではの特長でもある。

リズム、リズム。リズムにのって紙をすく。

「最初からこのリズムで紙をすいていたわけではなくて。

ある程度、紙がすけるようになってきて、自分なりに少しだけ厚みのこととか、精度を上げることとかを考えるようになってから、だんだん自分のリズムができてきたというか‥‥

下が透けるほどの薄い紙であることが分かる
下が透けるほどの薄い紙であることが分かる
小副川さんの作業風景

で、リズムにのれるようになってきてからは、やっと、ちょっとだけ精度が上がるようになってきたと思います」

和紙職人として5%の自分

自分のすいた紙が「職人さんに使ってもらえることが嬉しい」と小副川さんは言う。

小副川さん

「たとえば提灯をつくる職人さんに自分のすいた紙で提灯を仕立ててもらえるというか。次のつくり手にわたるような仕事であることが面白いな、と思っていて。

とくに提灯紙は1匁2匁よりもうちょっと細かく単位が分かれていて、結構シビアなんですよ。そんな厳しい職人さんたちに『これでOK』と認められるのがすごく嬉しかったりしますね」

もちろん覚えることはまだまだある。

原料である梶の木の栽培や収穫から、それを柔らかい繊維にするまでの果てしない工程、すいた紙の乾燥技術まで。

すいた紙を乾燥機に貼り付けているところ
すいた紙は圧縮して水分を抜いた後、乾燥器に貼り付けてパリッとさせる

「それこそ和紙づくりって終わりのないような世界ですよね。追求しようと思えばどこまでもできる。

それに弦さんは単純にこれだけをしていればいい、みたいなタイプじゃない。自分でいろいろ考えて新しいことにどんどんチャレンジをしているし‥‥本当に終わりなんてないですよ」

小副川さん

そう言って嬉しそうに笑う小副川さん。

「和紙職人として、自分はまだ5%くらいです」

知らないことは知りたいし、やったことのないことはやりたい──そんな彼の和紙づくりの楽しい道のりは、まだ始まったばかりのようである。

名尾手すき和紙

佐賀県佐賀市大和町大字名尾4756
0952-63-0334
www.naowashi.com

文:葛山あかね
写真:藤本幸一郎

< 連載:若手職人の“仕事の理由” >

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