デザインのゼロ地点 第2回:はさみ

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こんにちは。THEの米津雄介と申します。
THE(ザ)は漆のお椀から電動自転車まで、あらゆる分野の商品を開発するものづくりの会社です。例えば、THE JEANSといえば多くの人がLevi’s 501を連想するような、「これこそは」と呼べる世の中のスタンダード。
THE〇〇=これぞ〇〇、といったそのジャンルのど真ん中に位置する製品を探求しています。

「デザインのゼロ地点」と題するこの連載の2回目のお題は「はさみ」。
はさみの歴史は実は非常に長く、現状見つかっている1番古いもので紀元前1000年頃のエジプトのものなんだそうです。
この頃は握り鋏といって今でいう糸切り鋏のような形状のものだったようですが、現在一般的になっている2枚の刃を組み合わせたX型のものもローマ時代にすでに発明されていたと言われています。
つまり約2000年前から存在していた道具になります。驚くべきは2000年前と現在の姿を比べても構造や形状がほとんど変わっていないこと。
所作がシンプルで、モノの進化の歴史の中でもかなり早い段階で究極の形になったと言えるかもしれません。

紀元前1000年頃のエジプトのはさみ
紀元前1000年頃のエジプトのはさみ

そして、一口にはさみと言っても、洋裁・理容・園芸・料理・医療・工具…と色々な種類があり、それぞれの種類の中でも用途別に細かく最適化されています。今回は日常生活で最も馴染みが深い事務用はさみ、つまり文房具のはさみを題材に探ってみようと思います。

 

2枚の刃を組み合わせて作るはさみは文房具の中でも特殊な存在で、コンビニや量販店に並んでいるはさみも、切れ味の肝になるカシメ(中央の2枚の刃を留めている部分)の組み立てや刃の調整など最終的な仕上げのほとんどが手作業で、人の繊細な感覚に頼って作られています。

例えば、刃物の産地である岐阜県関市のメーカー・林刃物のALLEXシリーズや、PLUSの165TRシリーズ。
昔から広く流通しているので見たことがある人も多いのではないでしょうか。一見シンプルなはさみですが、拝み曲げ・板すき・裏すき(樋底)、といった古来からのはさみの加工技術が詰まった製品たちです。

 

林刃物「ALLEX」1973年発売
林刃物「ALLEX」1973年発売
PLUS「165TR」1989発売
PLUS「165TR」1989発売

「拝み曲げ」とは、刃の根元から先端にかけて2枚の刃が寄り添うようにお互いの方向に緩やかに曲げられている加工のこと。これによって2枚の刃が点で接触しスムーズにモノが切れるようになります。曲げた刃の弾力によって点接触を生むため、機械で曲げた刃をただ組み合わせてもなかなか最適な感触になりません。その為、手作業が主になります。
「板すき」は刃の根元から先端に向かってだんだんと厚みが薄くなっていく加工で、最もモノが切りにくいと言われる刃の先端でも良く切れるようにと考えられた技術です。
そして「裏すき(樋底)」は刃の裏側を円弧状に研磨する技術で、(僕は個人的にこの加工が1番好き!)拝み曲げとの複合によって刃と刃の点接触を促し、布やビニールなどの柔らかく切りにくいものを切りやすくする効果があります。

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また、国内ではあまり見かけませんが、DOVOというドイツ・ゾーリンゲン地方のはさみも定番の形に程近い素晴らしいはさみです。こちらも前述のALLEXと同じ3つの加工をしていますが、「鍛造」と呼ばれる金属を叩いて加工する技術で大まかな形を作っている為、板を加工して作るはさみと比べると更に精度の高いものになっています。ドイツは医療器具としての製造も盛んで、より精度の高い鍛造加工が可能なのだと思います。もちろん価格もその分少し高めです。

ドイツ「DOVO」発売年不明(出典:NOFF NORTICASA)
ドイツ「DOVO」発売年不明(出典:NOFF NORTICASA)

持ち手の形状はどうでしょうか?
オレンジがコーポレートカラーのFISKARSというフィンランドのメーカーのはさみ。今はもうこの形は見かけなくなってしまったのですが、親指と中指(又は人差し指)が入る角度が絶妙で、うまく左右対称(反転?)に設計されています。少しマニアックな話をすると、金型というプラスチックを成型するための型の設計も左右同じ設計になっていて、型を作るための費用のことも含めて効率良く考えられています。ただこちらは前述の「板すき」や「裏すき」といった加工はされていません。

フィンランド「FISKARS」(出典:STYLE STORE)
フィンランド「FISKARS」(出典:STYLE STORE)

同じように「板すき」や「裏すき」といった加工はされていませんが、安価で性能の良いはさみとしてはPLUSのフィットカットカーブ。こちらは刃の根元から先端までをカーブさせることで、切る対象物をしっかりつかんで軽い力で切ることができるというはさみです。構造としては地味な変化ですが切れ味の効果は抜群です。持ち手も柔らかいエラストマー樹脂と硬いABS樹脂を組み合わせながらシンプルに作られていて、よく見ると裏表で形状が違い、親指と中指が入る角度も計算されて作られています。

PLUS「フィットカットカーブ」
PLUS「フィットカットカーブ」

冒頭で「はさみは約2000年前から構造がほとんど変わっていない」と書いてしまいましたが、持ち手の作り方や切れ味といった面では細かい進化を何度も繰り返してきていました。
ある日突然モノの形状がガラッと変わるような全く新しい進化も素晴らしいですが、昔から積み上げてきた技術の智慧や手間のかかる加工を少しでも効率良く変えていくような地味な進化もモノづくりの本質と言えます。
はさみにおけるデザインのゼロ地点の発見は、歴史の中で研鑽されてきた技術を切り捨ててしまうのではなく、無理のない生産体制で如何にして実現するのか、といったことを地道に考えることが近道なのかもしれません。

最後に一つだけ付け加えるとしたら、「長持ちすること」。
文房具のはさみは高級なものが無く、ほとんどが安く購入できてしまいます。その割に捨てるとなるとすごくためらいや面倒さを感じてしまう道具で、小学生の頃使っていた名前入りのはさみが今でも家に残っている人は多いのではないでしょうか。つまり、ダメになってもみんなあんまり捨てないのです。

その上、実はメンテナンスがものすごく難しい。刃の切れ味も大切ですがそれ以上に2枚の刃の組み合わせ(噛み合わせ?)が大切な為、なかなか個人でメンテナンスできるものではありません。
これらを解決して長く使える製品や仕組みが出来たら、2000年以上に及ぶはさみの歴史がまた一歩進むのかもしれません。

はさみのデザインのゼロ地点、如何でしたでしょうか?
次回もまた身近な製品を題材にゼロ地点を探ってみたいと思います。
それではまた来月、よろしくお願い致します。

<写真・イラスト提供>
林刃物株式会社
プラス株式会社
株式会社無印
(掲載順)

米津雄介
プロダクトマネージャー / 経営者
THE株式会社 代表取締役
http://the-web.co.jp
大学卒業後、プラス株式会社にて文房具の商品開発とマーケティングに従事。
2012年にプロダクトマネージャーとしてTHEに参画し、全国のメーカーを回りながら、商品開発・流通施策・生産管理・品質管理などプロダクトマネジメント全般と事業計画を担当。
2015年3月に代表取締役社長に就任。共著に「デザインの誤解」(祥伝社)。


文:米津雄介

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