今日も、10年後も、好きと思えるもの。「政七紋」が目指す工芸の姿
はじめて手にとった日も、10年後も、変わらず好きと思えるものってなんだろう。
身に付けると少しワクワクして、つい手が伸びるもの。
シンプルでいて、飽きのこないデザイン。
時を重ねても、古びないもの。
そんな、暮らしにそっと馴染んで、ずっと色あせないものを目指して、この春に「政七紋(まさしちもん)」シリーズがデビューします。
一見シンプルな格子柄のようですが、よく見ると角がゆるやかにカーブして、「七」の字が連なっていることがわかります。また、つないで見れば工芸の「工」の字も浮かび上がってきます。
これを、和紙で表現したらどうなるだろう。
注染で麻に染めれないか?
洋服やバッグに取り入れたら、どんなデザインになるだろうか。
多岐にわたるアイテムは、ひとつの文様とさまざまな技術を交差させて「今の暮らしに生きる工芸とは?」を考えた、盛大な実験の成果でもあります。
全国の職人たちと膝を突き合わせて生み出した、政七紋シリーズのアイテムいくつかをご紹介します。
【浮き紙】手漉き浮き紙缶
「政七紋は昔から人々に愛されてきた格子柄を基調にしています。そこに最新の技法を掛け合わせることで、今の工芸を体現するような、シンボリックな柄にしたいと思いました」
政七紋を生み出したデザイナーの榎本さんは、この文様を通して、今だからこそできる、新しい技法や表現のチャレンジをしたいと考えていました。
そこでまず注目したのが和紙。
白羽の矢を当てたのは、越前和紙メーカー山次(やまつぎ)製紙所の「浮き紙」という技術です。
表面にはっきりとした凹凸がつき、柄が浮かんで見えることからその名のついた「浮き紙」は、山次さんが独自に開発した和紙の加工法。
「格子柄は、染めものなど平面的に表現されることの多かった文様です。これを立体的に表現できるのは面白いですし、和紙そのものの魅力も伝えられると考えました。
山次さんは和紙を今の時代にどう活かそうかといろいろな挑戦を続けてこられたつくり手さんなので、ぜひお声がけしたいと思ったんです」
こうして「七」「工」の連続が浮かび上がる手漉き和紙缶が誕生しました。
【注染】手織り麻の注染のれん
「ぜったい無理」
政七紋を染め抜いた手織り麻の注染のれんは、職人さんのそんな一言からものづくりが始まったそうです。
「注染の染めって、従来は木綿の生地にするのが当たり前だったんです。木綿は素直で染まりやすいから。でも、会社名を冠した政七紋を染めるなら、やはり手織り麻の生地がいいと思いました」
なぜこれまで麻生地で染めた手ぬぐいがなかったのか。それは麻生地に顔を近づけてみるとよくわかります。
「麻生地って目が粗いんです。繊維自体に節や凹凸があるので、均一に強い力をかけて高密度に織るのが難しい。その分、ざっくりとした風合いや独特のシャリ感があります」
麻の商いで創業した中川政七商店。政七紋と名乗るなら、やはり麻生地を染めたい。一方、手ぬぐいの代表的な技法である「注染(ちゅうせん)」は、生地を重ねて糊で色を差し分け、裏表を一気に染めあげます。
生地に張りがあって染まりにくく、目の粗い麻生地は全くの不向きと思われました。
「そこをなんとか頼み込んで、引き受けてもらいました(笑)。うまく行けば、他にない風合いの注染が生み出せる。小松さんなら、面白がってなんとかしてくれるんじゃないかなと思ったんです」
この難題を引き受けることになったのが、注染の一大産地、大阪・堺にある協和染晒工場の小松さん。
長年中川政七商店の手ぬぐいを手掛ける腕利きの職人さんは、「ぜったい無理」と断った数ヶ月後、確かに榎本さんの信じた通り、「できたで」ときれいに染め上がった麻生地を送ってきてくれました。
【オパール加工 】プルオーバー
こちらも、一緒に難題を引き受けてくれる職人さんがいてこそ実現したアイテムです。
「一見真っ直ぐな線なんだけど、微妙に揺らぎがある。このやわらかさをどうやって伝えようか」
榎本さんが生み出した政七紋を見て、ファッションアイテムを担当するデザイナーの河田さんはそう思案しました。
「シンプルな分、伝え方を一歩間違えれば普通のデザインになってしまう。何か引っ掛かりを作らなければ」
思い当たったのが、「オパール加工」の採用でした。繊維を部分的に溶かして生地に透かし模様をつける加工方法です。
「透かしのない生地と重ねれば、服に立体的に模様が浮かび上がります。切り替えシャツでは生地を二枚合わせにして、文字の部分にオパール加工を施し、政七紋が浮かび上がるようにしました」
「単純な柄ほど表現が難しいなと思います。どこに、どれくらいの面積で政七紋を入れるか。中川政七商店を象徴する柄になって欲しいので、控えめすぎてもいけないし、あまり目立ちすぎてもうるさくなってしまう」
完成するまでに試作した回数は10回を超えたそう。
「そういう根気のいるやりとりに付き合ってくれる職人さんがいてこそ、アイデアがかたちになります。簡単につくれるものなんてひとつもないですね。つくり手である染コモリさんとの関係性があって、ものづくりが成立しているなと改めて感じたアイテムでした」
【型押し】 ミニポーチ、ミニポシェット
バッグを任された野本さんは、河田さんの手掛けた政七紋の服を見て「それならバッグはこれでいこう」とものづくりのアイデアを固めていきました。
「オパール加工を施した服は、格子柄という伝統的な文様を生かしながら、他にない新しさがあります。合わせるバッグもクラシックに寄るのでなく、新しいデザインにも寄り添えるものにしたいと思いました」
選んだのは型押しという技法。最新の技術であるオパール加工とは対照的に、昔からある革の加工方法です。
一緒に取り組んでいただいたのは神戸ヤマヨシさん。
「厚紙の型を押して文字の周りを凹ませて、格子模様を浮かび上がらせます。技法自体は古典的なものですが、服や他の政七紋アイテムとも共通する少し揺らぎのある感じを出すには、この方法が一番いいだろうと考えました。
画一的でない工芸らしさを感じてもらうために、型も部署のメンバーでひとつひとつ手作業で抜いているんですよ」
時代を超えて愛されるもの
新しい挑戦のあるもの。
どこか手触りを感じるもの。
揺らぎややわらかさ。
各アイテムから見出された「今の暮らしに生きる工芸」のあり方は多様ですが、その振れ幅や余白こそ、あらゆる素材、技術を取り入れながら人の手で受け継がれてきた工芸らしさなのかもしれません。
政七紋シリーズはこれからも「今の暮らしに生きる工芸とは?」を問い続け、その答えも更新しながら、ものづくりを続けていきます。
<掲載商品>
政七紋