細萱久美が選ぶ、生活と工芸を知る本棚『日本料理と天皇』

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こんにちは。中川政七商店バイヤーの細萱です。
生活と工芸にまつわる本を紹介する連載の3冊目です。今回は工芸ではなく、日本の生活や文化について学べる本を選びました。タイトルが若干仰々しいですが、天皇論を語るような学術書ではなく、宮廷文化が育んだ日本食文化を、美しい写真を眺めるだけでも楽しく知ることが出来るムック的な本です。著者の松本栄文さんは、この本を見るまで存じ上げませんでしたが、プロフィールは株式会社松本栄文堂・社長として、花冠「陽明庵」という隠れ家のような日本料理屋で腕を振るう料理人であり、作家でもあります。著書『SUKIYAKI』では料理本アカデミー賞と称されるグルマン世界料理本大賞2013「世界№1グランプリ」を受賞という、日本料理の世界でも権威ある方と知りました。

この「日本料理と天皇」を手にしたのは、一昨年の年末年始商品として、お餅を扱うことになったのがきっかけです。私は、お雑煮は正月しか食べる習慣がありませんが、単に正月の食べ物として当たり前に食べているだけでした。それも丸餅であったり、角餅であったり特にこだわらず。この本で、お餅や、その原料である御米(本に倣って御の字を使います)の本来の意味合いをようやく知りました。御米が日本人にとって大切な食べ物である意識はあっても、神と天皇との関わりまで深く考えたことがありません。本によれば、日本の総氏神とされる天照大御神様が、孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を地上に君臨させる際に稲を持たせ、御米は人々の命を支える食べ物となり、神々の子孫である大和朝廷の御上(天皇)は豊作を祈願する役割があります。それに対し、大御宝(国民)は信頼と尊敬を感じるという繋がりが自然と生まれます。

御米から作る、御餅は神々への捧げ物であり、霊力の塊のように考えられていました。そして太陽や宇宙を表す丸い形にするのが古来の考えです。「餅」と「丸」が重なることで、ハレの日にこれ以上ふさわしい食べ物はないということで、日本の御祝行事にはつきものとなりました。お正月に飾る鏡餅は、奈良時代に考案されましたが、お正月の神様である歳神様に捧げるお飾りです。丸い御餅に神様が宿り、鏡開きでその力を授けて頂くという意味合いがあります。それを知って、開発したお餅の商品は丸餅になりました。

「五穀豊穣」を祈願するお祭りや行事も多いことからも、御米あっての日本人と言えますが、日本料理の起源としても、神々に供える「神饌」(しんせん)があります。お正月のご馳走と言えば、お節料理ですが、これも神々へのお供えものを下げていただくのが本来です。お節料理の内容で、例えば数の子は子孫繁栄、黒豆には健康でまめに働いてほしい‥‥などそれぞれに意味合いがあることはなんとなく知ってはいるものの、習慣として食べている意識の方が強いです。お節料理は、奈良時代には行われていた宮廷行事の料理に由来し、現在もあまり変わらず受け継がれているのは驚きです。
季節の区切りを祝う五節句のお供えも同様に、神饌を下げて戴くことで、神々とつながり無病息災を願いました。意味合いを考えることは薄れつつも、伝承文化が途切れずに残っているのは改めてすごいことだと思います。紀元前660年御即位の初代神武天皇以来、天皇家は2600年以上続く、世界最古の王家だそう。その歴史があるからこその、今に続く伝承文化と言えます。

著者は日本料理人でもあるので、世界無形文化遺産に登録されたのが「和食」と題され、「日本料理」と題さなかったことを遺憾に思われています。確かに、「和食」の定義はもはや難しく、日本風の食事?という曖昧さはあると思います。その論議はさておき、私は仕事柄、歳時記にちなんだ商品や事柄に関わることが多く、その割に意味合いをきちんと理解していなかったことを改めて感じ、且つ分かりやすく勉強になる本と出合いました。日本料理が切り口ではありますが、伝承されている日本文化や美意識は世界に誇るものがあることを、豊富な写真と、なるほどと腑に落ちる解説で楽しめる大作本です。

 

<今回ご紹介した書籍>
『日本料理と天皇』
松本栄文/枻出版社

細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。


文・写真:細萱久美

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