憩いの場、そして旅の目的地に。波佐見焼の産地メーカー・マルヒロがつくった公園「HIROPPA」

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若い世代が集まる公園

歩いている人は、見当たらない。走っている車も、ほとんどない。地方に行けば珍しくない少し寂しい風景が、「そこ」に着くと一変します。

立派なヤシの木が南国を感じさせるゲートをくぐると、目の前には一面の緑。ふかふかした芝生のうえでお弁当を食べたり、コーヒーを飲んだりしてくつろぐ大人たちがいます。その周りを元気いっぱいに駆け回る子どもたち。そんな姿を笑顔で見守る、おじいさんやおばあさんも。ほかでは見かけないユニークな遊具からは、楽しそうな笑い声が聞こえてきます。

併設されているショップに入ってみると、カラフルでポップなデザインのマグカップや食器などが置かれています。若いカップルが手に取って選んでいるのは、お揃いのお皿でしょうか?

商品もずらりとラインアップ(画像提供:マルヒロ)

ショップの一角にあるコーヒー屋さん「OPEN-END」のカウンターは、英語の「J」のような形。長い棒の部分にはイスが置かれていて、ひとりの女性がパソコンを開いていました。

都会のおしゃれスポットのようなこの場所は、2021年10月1日、長崎県波佐見町にオープンした公園「HIROPPA」(以下、ヒロッパ)です。

敷地面積1200坪にも及ぶヒロッパは無料で遊べる公園ですが、県や町のものではなく、波佐見町の伝統工芸品「波佐見焼(はさみやき)」の産地メーカー・マルヒロが、建築、デザインを手がける「DDAA」と一緒につくったもの。きっかけは、2018年にマルヒロの三代目を継いだ馬場匡平さんのアイデアでした。馬場さんに子どもが生まれてから、「この町に子どもたちがのびのび遊べるような公園がほしい」という想いが湧いたと同時に、産地としての危機感もあったと言います。

「公園をつくったのは、小さい子が焼き物屋の公園で楽しく遊びながら焼き物に興味を持ってくれたらいいなと。若い子たちも、面白い会社だから訪ねてみようと思うかもしれない。町が残らないと工芸が残らないでしょ。町に人がいるから、工芸をする人が出てくるんですよね」

マルヒロ三代目社長・馬場匡平さん

有名デザインユニットが手掛けたモニュメント

馬場さんは、ヒロッパをたくさんの人が集まる魅力的な「場」にするために、建築家、アーティストやクリエイター、庭師と組んでたくさんの工夫を凝らしました。

公園の入り口にある、「HIROPPA」と書かれた賑やかなデザインのモニュメントは、東京パラリンピックのアイコニックポスターを手掛けた3人組のデザインユニット「グーチョキパー」が手掛けたもの。3人のうちのひとりが、コーヒーショップ「OPEN-END」のスタッフの同級生だったのが縁になったそう。しかしこのモニュメント、来年には別のデザインに変わると聞いて驚きました。

「昔のライブTシャツって、背中にたくさん協賛企業の名前が入ってたんですよ。そのイメージで10年後、違うデザインの『HIROPPA』が並んだ10周年記念Tシャツをつくりたくて。ロゴを世の中に浸透させようってよく言うけど、デザインのほうに寄せた方が面白いことできるかなって。いろんな人がヒロッパを描いたってわかるし」

取材の日、このモニュメントの写真を撮っている人が何人もいました。でも、毎回必ず撮影する人は珍しいでしょう。オープンから1年経てば、公園に来る人もリピーターが増えるはず。そのタイミングでモニュメントのデザインを新しくすれば、リピーターもまた撮影してSNSにアップする。毎年それを繰り返すことで、ヒロッパはつねにフレッシュなイメージでいられると感じました。

世界的な庭師の手による植栽

ヒロッパには、ぐるっと一周できる道があります。この道は車いすの人も、足が悪い人も、小さい子も歩けるように設計されたもの。馬場さんの強い要望であらゆるところがバリアフリー化されており、マルヒロの直営ショップへの出入り口も段差をなくし、「一番こだわった」という広くて清潔なトイレには、授乳室や子ども用便器なども設置されています。赤ちゃんから高齢者まで、障がいがある人にもない人にも優しい公園なのです。

ヒロッパを見渡すと、たくさんの植物が目に入ります。この草木、決してなんとなく植えられたものではありません。馬場さんが植栽を頼んだのは、波佐見町に拠点を置く造園会社「西海園芸」の二代目、山口陽介さん。

イギリスの王立植物園「キューガーデン」で1年間働いた経験があり、世界三大ガーデンフェスティバルのひとつ「シンガポール・ガーデン・フェスティバル」で最高賞の金賞を受賞したこともある、国内外で活躍する世界的な庭師です。馬場さんは、長年の友人である山口さんとともに、とてもユニークな植栽に仕上げました。

「この公園には、パッションフルーツやキウイなど20種類以上の果樹を植えました。果実がなったら収穫して、フレッシュジュースにしてお店で売ります。これがおいしいんですよ!」

さらに、公園の一角では20種類以上のハーブを栽培。これはお弁当や飲料の販売コーナー「キオスク」で、来年5月からお弁当のラインナップに追加される「えん弁当」にて使用されます。

ハーブ畑も広がる(画像提供:マルヒロ)
2021年10月現在は、地元カフェのお弁当などを販売

それだけではありません。馬場さんはヒロッパの奥のエリアに5万本のひまわりも植えました。夏の見どころになるうえ、高カロリーな種を収穫し、お店で炒って販売したり、トレッキングの行動食として売り出そうという計画です。ヒロッパは「食べられる公園」と言っても過言ではありません。

果樹ではないケヤキや桜にも、ちゃんと意図があります。ヒロッパの正面にある5本の若いケヤキは、夏になるとこんもりと枝葉を茂らせ、重なり合います。大人にとっては外にいるのがつらい暑い日も、その木陰で涼をとりながら、子どもを遊ばせることができるのです。また、夏に離れたところからヒロッパを眺めると、一本のケヤキの大木があるように見えるそう。このケヤキは、ヒロッパの象徴的な存在になるのでしょう。

桜は、格子状に組まれた高床式倉庫のような遊具「あみあみジャングル」を突き抜けるようにして植えられています。なぜ? 春になると、「あみあみジャングル」の内部が桜の花でいっぱいになるように設計されているのです。ピンクの花びらが舞う遊具って、粋ですよね。

あみあみジャングルの内側にも桜が植栽されている(撮影:Kenta Hasegawa)

マルヒロの焼き物とコラボしてきたイラストレーター兼アーティスト、竹内俊太郎さんが描いた大きなうつぼがぐるっと巡る砂場「YAKIMONO BEACH(やきものビーチ)」には、目からウロコのアイデアが。なんと、ここにある「砂」は廃材となった焼き物を砕いたものが使われているのです。見た目はほぼ砂だから、もちろん裸足で歩いても大丈夫。そしてこの砂場、高低差をつけることで、水を貯められるようになっています。夏の暑い時期には、水遊びもできるのです。

空から撮ってかっこいい公園

子どもが登ったり飛び降りたりしている、ベンチのようなコンクリートの造形物は、実は著名なアーティストの作品。オランダのアムステルダムを拠点に世界で活躍する現代アーティスト、DELTA (デルタ)ことボリス・テレゲンさんが、ヒロッパのためにつくったものです。

数年前に友人の紹介で出会ったボリスさんと馬場さんは、2018年にコラボして波佐見焼のフラワーベースなどを製作しました。その時、波佐見町に来たボリスさんに、馬場さんが「公園をつくる時、一緒にやりましょう」とオファー。実際に計画が動き出してから連絡をしたところ、ボリスさんは「待ってたよ」と快諾してくれたそう。

「国内で、この大きさのデルタさんの作品を見られるのはここだけですよ。実はこれ、空から見たら『HIROPPA』という形になっているんです。公園をつくり始めた時、空から撮ってかっこいい公園にしたいという想いがあって、デルタさんにお願いしました」

上空から見ると「HIROPPA」に(画像提供:マルヒロ)

この作品、側面を見ると水が流れたような跡がついています。これは、2021年8月に波佐見町を襲った記録的な大雨によるもの。

「普通やったら直すって言うけど、話を聞いたら普通はここまでの跡にはならなくて、今年の大雨だからできたと。それなら、あえて残そうと思いました。あの雨の跡で、豪雨が降った2021年にオープンしたって語れるじゃないですか」

側面に雨跡を確認できる(画像提供:マルヒロ)

ヒロッパをつくるにあたり、馬場さんは基本的に細かな判断はせず、依頼したそれぞれのプロフェッショナルに任せましたが、雨の跡を残すことにはこだわったと言います。ランダムな跡は、確かに作品の個性になっているように感じました。

ヒロッパには、もうひとつアート作品があります。入口で、公園で遊ぶ人を見守るように立っている二体の土偶。これは、馬場さんと親交のある土偶作家の三浦宏基さんの作品です。

「三浦君が窯元に勤めていた時、よく無理をきいてもらっていたので、独立する時に依頼しました。ここに置くことで、最後に写真を撮って帰ってくれたら面白いなって。この土偶は野焼きという昔の温度が低い焼き方でつくっているから、いずれ苔が生えてきます。苔が生えてきたら味が出てきて、かっこいいよね!」

ヒロッパは「器」

ガラス張りで明るく、気持ちのいいヒロッパのショップは、マルヒロの直営店。なかではマルヒロの器やおいしいコーヒー、お弁当、子どもが遊ぶちょっとしたおもちゃも売っています。

コーヒーショップの「OPEN-END」

これまで焼き物に興味がなかったり、マルヒロのことを知らないという人も、「公園に行こう」とヒロッパに足を運べば、知らず知らずのうちにマルヒロの器を目にする仕掛け。ショップの売り上げは伸びていて、コーヒーやお弁当の売り上げも予想以上にいいそうです。

馬場さんにとっては、ヒロッパは「器」。ここにどんなコンテンツを仕込むと、どんな化学反応が起きるのか、その実験はまだ始まったばかりです。「だいたい日曜はスケボーしてる」という馬場さんが、隣町でスケボー教室をやっていた22歳の若者に声をかけて、来年からはスケボー教室もスタート。東京オリンピックでは、日本人の若い選手が大活躍しました。将来、ヒロッパからオリンピック選手が出てくる可能性だってあるのです。

自社のショップを持っているメーカーは星の数ほどあると思います。しかし自社の公園、しかもあらゆる世代を惹きつける公園を持っているメーカーは、マルヒロぐらいではないでしょうか。

取材の日、長崎空港でこんなシーンを見ました。荷物をピックアップした女性が、空港のゲートから出てきたところ、別の女性が「久しぶり!」と声をかけました。どうやら迎えにきたようです。長崎に着いたばかりの女性が、「今日、どうする?」と尋ねると、迎えの女性が言いました。

「波佐見にね、すごくいい感じの公園ができたんだよ。行ってみない?」

「え、そうなの? いいね!」

ふたりは笑顔で去っていきました。地元住民の憩いの場になっているヒロッパは、早くも旅の目的地になっているようです。


<取材協力>
有限会社マルヒロ
佐賀県西松浦郡有田町戸矢乙775-7
https://www.hasamiyaki.jp/

HIROPPA
長崎県東彼杵郡波佐見町湯無田郷682
https://hiroppa.hasamiyaki.jp/


文:川内イオ

写真:藤本幸一郎

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