着たい浴衣を自分でつくる。縫い物が苦手な私でもできた体験記
こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
様々な習い事の体験を綴る記事、題して「三十の手習い」。今回はもうすぐやってくる夏に向け、裁縫初心者の私が昨年挑んだ、浴衣づくりの体験記をご紹介します。
大人になると、暮らしに必要なものは「買う」ことで手に入れるのが大半です。けれどプロ顔負けの料理で友人をもてなす人や、陶芸を趣味にする人がいるように、自分で何かを「つくる」ことには買うだけでは味わえない大きな喜びがあるのだと、この時身をもって知りました。
私が挑んだのは、着たい浴衣を自分でつくる、という人生初のチャレンジ。しかもミシンは一切使わずに、すべて手縫いです。
縫いものは全く得意でなかった私が、「自分にあった浴衣が欲しい」の一心で、5日間の講座と針と糸だけで本当に浴衣が縫えてしまうまでの体験をまとめました。
参加した講座は、「自分で縫い上げる~この夏の浴衣づくり2017」という全5回の講座。
東京渋谷を中心に街をキャンパスに見立てた学びの場を提供する「シブヤ大学」と、毎月手作りをテーマにワークショップなどを開催する西武渋谷店の「サンイデー渋谷」とのコラボレーション企画です。
年に1度だけ開かれる講座は、毎回参加者が抽選になる人気ぶり。幸運にも当選した運に感謝して、せっかくなので取材させてもらうことにしました。
浴衣姿で前に立つのはこの講座の講師、和裁士のタミカ先生とアシスタントの渡部あや先生。シブヤ大学の佐藤隆俊さんが授業の取りまとめ役を務められます。
私を含め9人の生徒さんの参加動機も様々。もともと刺繍が好きな方、娘さんの浴衣をつくりたいという方、昨年からの常連さんも。
全員の自己紹介も終えたところで作業に入る前に「そもそも和裁って?」というお話を伺いました。
和裁って何ですか?
そもそも和裁とは和服裁縫の略で、人々が洋服を着るようになる明治以降に登場した洋服裁縫(洋裁)と、区別するために生まれた言葉。
型紙を使わず直線立ちが基本で、ゆったり仕立てて着付けで形を整えます。和服の中でも比較的仕立てが簡単なものや素材によってはミシン縫いのものもありますが、縫製は手縫いが基本。今回の授業もすべて手縫いで行います。
「ミシンは一定の速さ、強さで縫うので縫い目が強く、生地を痛めやすいところがあります。一方手縫いは人の手で縫う分、縫いは弱くなりますが、その分生地を痛めないのが特徴です。
ミシンで仕上げたものも素敵ですが、自分の手で縫うと愛着もわきますし、自分のサイズにちゃんとあってきますよ」
講座に参加してまずはじめに嬉しかったのが、事前に伝えておいた採寸結果を元に、先生が一人ひとりにあった採寸表を起こしてくれていたことでした。
自分の体型にぴったりあう、世界に一着だけの浴衣。それだけですでにワクワクしてしまいますが、もうひとつ、自分でつくる浴衣の大きな楽しみが、授業が始まって早々に待っていました。
自分でつくる浴衣の魅力
その一、既製品にない好きな柄に出会える
授業が始まる前から人の輪ができていたのが、ずらりと用意された反物の列。
注染 (ちゅうせん) という裏まで柄が染まる技法でつくられた浴衣用の生地は、今回の講座のために用意された蔵出し品。生徒は気に入ったものをひとつ、選ぶことができます。
上手に選ぶコツは、肩など顔の近くに当てて全身の姿見で生地を合わせてみることと教わりました。確かに反物でみるのとまた印象が違います。
希望がかぶったら当事者同士で相談、という緊張感漂う条件の中、幸いバッティングもなく生地セレクトが終わり、私のもとに淡い緑色の反物がやってきました。
いよいよ浴衣づくりのスタートです!
自分でつくる浴衣の魅力
その二、運針 (うんしん) でストレス発散
採寸表を元に恐る恐る生地を裁断しおえたら、いよいよ縫製に入ります。タミカ先生によると、実はサイズを測って裁断するまでが一番緊張するところだそうです。
「縫製に入る前に、運針をやってみましょう」
ウンシン。これが全5回の講座、毎回縫い始める前のお約束。先生が目の前で実演してくれます。
あっという間に並縫いができてしまいました。まるで魔法のよう。
「洋裁は針を動かすけれど、和裁は布を動かします。運針は、手縫いの基本的な縫い方のひとつです」
手に持つ針の位置は固定したまま、もう片方の手で生地を上下させる。と同時に針を持つ手の内に生地を手繰っていくことで針が進み、生地が縫われていく、という仕組みです。
見ている分にはできそうなのに、これがやってみると全く勝手がわからない。
針のお尻を指ぬきにしっかり当てておくのがポイントなのですが、全く針がじっとしていません。一方で慣れた手つきの先生は、それはそれはあっという間に生地を縫ってしまいます。
「初めはきれいに縫うことよりも、まずはこのリズムや手の動きの感覚を覚えることが大事です。慣れると無心になってやれるので、不思議と心が落ち着くんですよ」
そういえば以前、授業前の精神統一にいいと、朝一番に運針をする学校のニュースを見たことがありました。
裁縫に苦手意識のあった当時は、ただ「大変そうだなぁ」と映像を眺めていましたが、私も講座を重ねるごとにどうにかできるようになると、これが楽しい!
集中してきれいに縫えた時はスカッとして、ちょっとしたストレス発散にも良さそうです。嬉しいことに、並縫いならこれまでの2倍以上の速さで縫えるという成果も。
この間知った手ぬぐい生地を2箇所縫うだけでつくれるあずま袋を思い出し、早速縫いたくなってきました。
自分でつくる浴衣の魅力
その三、ゆっくりだんだん、浴衣になっていく過程
普段和服を着ない生活のためもあって、和裁には耳慣れない言葉がたくさんあります。部位の名前だけでも「みやつ口」「くりこし」「おくみ」などなど。どこのことかわかりますか?
さらには動詞も新鮮です。布端を、表に縫い目が見えないように縫うことは「くける」。アイロンをかけることは「きせをかける」。
耳慣れない言葉が飛び交う中で生地を切ったりあっちと縫い合わせたり、としていくので、初めのうちは自分が何をやっているのか、正直わかりません。
先生も、「今はわからないながらも、とにかく先に進めるのが大事です」と、私たちの頭の上の「?」はすっかり見越した上で励まします。
それが次第に、身頃ができ、袖が完成し、そのふたつを縫い合わせて‥‥と段々浴衣らしくなっていくと、早く完成させたい、先に進みたい、と何よりのエンジンになりました。
浴衣づくりはその大半はひたすらに黙々と縫う作業で、一見地味です。さらに和服は左右対称なので、授業では半身をやって、もう半分は家での宿題、自分ひとりでやることになります。
回を追うごとに縫う距離が長くなり、縫い方も種類が増え、どんどん多くなっていく宿題。
それでもなんとか次の講座までにやり遂げて持ってきていたのは、何より作る過程が楽しくなっていたこと、そして楽しくなるほどに、今自分がつくっているこの浴衣への愛着がまして、早く完成した浴衣に袖を通したいと思うからでした。
自分でつくる浴衣の魅力
その四、愛用の道具をおともに過程を楽しむ
そんな地道な浴衣づくりの強い味方が、愛用の道具の存在。参加された生徒さんは、みなさん自分にとって使い勝手のいい裁縫箱を持参されていました。
何事もまずは形から。初回丸腰で参加してしまった私も、持ち運びにかさばらない小さな裁縫箱を手に入れて使うようになってから、縫っている時間がさらに楽しくなりました。
世界に一着の浴衣を手に入れて
こうして5回の講座を終え、最後は少し先生に補講もお願いして、いよいよ世界に一着、自分のためだけの浴衣が完成しました!
機械を一切使わず、生地を通る縫い目すべてが自分の手で縫ったものだと思うと、我ながら感心するような不思議な気持ちになってきます。
「好きな柄でつくった浴衣が欲しい」
その一心で始めた浴衣づくり。本当に自分で縫えてしまいました。
自分だけの浴衣を手に入れたことはもちろん嬉しいですが、もう一つ嬉しかったのが、「自分の身につけるものを、自分の手でつくることができた」ということ。
服といえば洋服であっても浴衣であっても、欲しいと思えば「買う」のが当たり前の日々の中で、「自分でつくることができる」は大きな大きな発見でした。
手縫いが当たり前だった時代からすれば、呆れられた上に怒られそうな感想ですが、他の参加者の方の表情を見ていると、決してこの嬉しさは、私だけの感覚ではないように思えます。
暮らしに取り入れたいものを、自分の手でつくる喜び。さてこの浴衣にどんな帯を合わせようかと楽しみに思う頭の片隅で、次はこんなものを縫えるかもしれないな、と考えはじめています。
<取材協力>
特定非営利活動法人シブヤ大学
http://www.shibuya-univ.net/
西武渋谷店
https://www.sogo-seibu.jp/shibuya/
<掲載商品>
小さな裁縫箱 (遊 中川)
文・写真:尾島可奈子
*2017年8月7日の記事を再編集して掲載しました。季節は春から夏へ。今年もまた、浴衣に袖を通す日が楽しみです。
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