給食にも越前漆器。食育の町、鯖江で気づいた「物育」の可能性
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こんにちは。ライターの小俣荘子です。
ここ数年で広く知られるようになった「食育」という考え方。実はこの言葉、福井県出身のお医者さんが考案したものだとご存知でしょうか?初めて使われたのは明治時代、福井県出身の医師・石塚左玄 (いしづか・さげん) の発表した「科学的食養長寿論」の中でのことでした。
石塚左玄医師のふるさとである福井県では、2005年に食育基本法が定められた当時から全国に先駆けて食育推進計画をつくり、食育の大切さを伝える事業に取り組んできました。
栄養にまつわる教育にとどまらず、地産地消、地場産業で作られる食器や地域の伝統料理を伝えるイベントの開催など、食文化全体の教育を目指した施策がとられています。
中でも、1500年の歴史を持つ越前漆器の産地である鯖江市では、なんと給食用の食器として漆器が使われているのです。漆器でいただく給食、子どもたちはどんな様子で食事をしているのでしょうか。鯖江市河和田 (かわだ) 小学校を訪ねました。
学校生活に溶け込む伝統工芸
正面玄関から校内に入ると、目の前に大きな蒔絵 (まきえ) 作品が現れて目を奪われます。毎年行われる蒔絵教室の作品で作られた衝立 (ついたて) なのだそう。
越前漆器の里である河和田地区に位置し、ものづくり教育にも力を入れている河和田小学校。地域の作家さんから寄贈された作品や、伝統技術を使って作られた備品などが校内の各所にあるとのこと。これは、ぜひ拝見したい!と、給食が始まるまでの間、上木 (うえき) 教頭先生に校内を案内していただきました。
こうした作品が校内のあちこちに展示されているほか、パネルや教室の表示板、ネームプレートなどにも蒔絵や沈金 (ちんきん) 技術が施されていることにも驚きます。
こうして子どもたちのために用意された作品を見ていると、高級なイメージのある漆が、とても身近なものに思えました。日々の学校生活の中で地域の伝統技術に触れられる機会を通して、地場産業への理解や愛着も育まれるように感じます。食を通じた学びを食育と呼ぶように、ものを通じて豊かな心を育むことは、『物育 (ぶついく) 』とも呼べるかもしれません。
自分たちで作った野菜で給食を
そろそろ給食の時間が近づいてきました。せっかくなので、給食室にもお邪魔します。
給食室の前には、食べ物にまつわる子どもたちの蒔絵作品が並んでいました。中には漆器を描いたものも。
そして給食室前の廊下には、たくさんの立派なかぼちゃが!なんと、すべて学校の畑で獲れたものなのだそう。
食育の一環として、河和田小学校では、校庭の横に畑を作り、全校児童で野菜を育てています。うまく育ったものは給食や調理実習にも使われます。さすが食育の本場です!
畑を見せていただくと、かぼちゃやさつまいもなどのほか、福井の伝統野菜で鯖江の特産品の「吉川なす」も育てられていました。収穫量が使う分量に満たない場合は、鯖江市の全面バックアップによって地域の農家さんから仕入れることができます。地域一体となって、地元の食材に触れる機会が作られていました。
いよいよ登場!漆器でいただく学校給食
さて、教室からは給食の美味しそうな香りが漂ってきました。ツヤツヤの漆器たちも一緒に登場です。
飯碗と汁椀は木製の漆器、お盆とおかず用のお皿は樹脂製の漆器となっています。これまで、木製漆器は食器洗浄器に向かないとされていましたが、越前漆器協同組合の研究開発により「食器洗浄器でも洗える」画期的な漆器が誕生しました。給食での漆器利用のために技術開発まで行う様子に、地域の人々の熱意を感じます。
樹脂に漆を塗る技術も鯖江が長く培ってきたものです。お盆には滑り止め加工が施され、子どもたちが扱いやすいよう配慮されています。
学校側でも、漆器に傷がつきにくいようにと、運搬用のカゴやおたまは樹脂製のものを使い、食洗機の温度やスピードを調整するなど細やかな工夫がされていました。
この日お邪魔したのは5年生の教室。1年生からずっと漆器で給食を食べてきた子どもたち。扱いはお手の物です。
私の小学生時代の給食といえば、ガチャガチャとした音の立つ騒がしい時間でした。一方で、ここでは食器の扱いが自然と丁寧になるのか、音はほとんど立ちません。
大人たちの配慮によって傷がつきにくい環境が作られているのは確かですが、それだけではない、器を大切に扱う子どもたちの様子が印象的でした。
この日は、「地域の方とのコラボ献立」の日。地元で採れた、ごはん、先ほど畑で見た吉川なすのケチャップマーボー、もやしときゅうりのナムル、冷凍みかん、牛乳が並びます。
「自ら使い手・作り手になってみる」その先にあるもの
配膳後、給食台の片隅に置かれたご飯粒の付いたおしゃもじを席に持ち帰った男の子がいました。いただきますの挨拶が済むと、まずはそのおしゃもじのご飯粒をきれいに取り、自分の給食と一緒に食べていました。ごはん1粒でも無駄にしない、大切にいただく。当たり前のことではあるのですが、その当たり前が自然となされている様子に胸を打たれました。
給食の時間、食育について案内してくださった栄養教諭の宮澤美智子先生にこのことを伝えると「食育の授業や農業体験、地域や家庭での食を通じた交流から自然と養われた食べ物を大切にいただく習慣なのでしょうね」とおっしゃっていました。
片付けの時間に子どもたちに話を聞くと、家庭でも漆器を使っている、授業で習ったこと (ご飯を炊くなど) を家庭でもお手伝いでやっているといった誇らしげな声がたくさんあがりました。
印象的だったのは、子どもたちが単に「教わる」だけでなく、「使う」「作ってみる」機会が多く存在すること。
地場産業に触れる蒔絵教室、漆塗りのネームプレートや学校備品、福井県から小学1年生全員に贈られる越前塗のお箸、季節ごとの野菜づくり、——そのほかにも、「食育チャレンジ」と称して家庭で料理などを手伝うワークを実践したり、プロの料理人を講師に招いて調理実習を行い、高級漆器でいただく会も開催されます。
地場の越前漆器も生かした河和田小学校の食育には、ただ教わるのではなく、そこに数々の実践の仕組みや、地域の方々との交流の場が豊かに設けられていました。子どもたちは自ら使い手・作り手になってみることで、普段当たり前に触れている食事や食器の向こうにある、ものづくりの大変さや魅力まで、体験することができます。
2009年から行われている鯖江市の農林政策課による年別調査では、漆器を使う、漆器の良さに気づいた、この地域に生まれてよかった、という人が増加しており、また、学校独自のアンケートでも、「自分が好きだ」と思える子どもが増えたといった結果が出ているそうです。「自分で作ってみる、お手伝いをしてみることで達成感が生まれ自信につながっているようですよ」と宮澤先生もおっしゃっていました。
「食」や「もの」を通じて、心が豊かになっていく。河和田小学校の取り組みは、「食育」だけでなく、土地のものづくりを生かした「物育」の実践の現場とも言えそうです。
文・写真:小俣荘子
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