「己を封じることから生まれる創造性」6歳から能面を打つ、若き職人の話

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輪郭などの下絵も描いては掘り、描いては掘り作業を繰り返し作り上げていく

こんにちは。ライターの小俣荘子です。

みなさんは古典芸能に触れたことはありますか?

気になるけれどハードルが高い、でもせっかく日本にいるのならその楽しみ方を知りたい!そんな悩ましき古典芸能の入り口として、「古典芸能入門」を企画しました。そっとその世界を覗いてみて、楽しみ方や魅力を見つけてお届けします。

今月は2回に分けて、「能面」の世界を探っています。

前編では、能面の役割と、硬い木でできた面から伝わってくる豊かな表情の秘密に迫りました。後編となる本日は、幼くして面の魅力に引き込まれ、名だたる能楽師からも注目を集める若き職人の元を訪ねました。

仮面に魅入られた職人を訪ねて

仮面に魅入られた若き職人、新井 達矢 (あらい・たつや)さん、34歳。

新井さんは面をつくる「面打 (めんうち) 」です。能面をはじめ、狂言面や舞楽面などの制作もされています。面との出会いは3歳の頃。地元神社の祭り囃子で、ひょっとこのお面に興味を持ち、自分でボール紙で作ってみたら面白かったことが原体験だといいます。5歳の頃、無形文化財選定保存技術保持者の能面師・長澤氏春氏(ながさわ・うじはる 2003年没)の出演するテレビ番組を見て、父親と長澤氏の個展会場へ。

翌年も個展へ出かけて能面に見入っていたら「遊びにおいで」と長澤夫人から声を掛けられ、長澤氏との交流が始まります。古い能面や資料などの膨大な所蔵品に惹かれて指導を受けるように。基本の作り方は独学。本を読んで作り方を学び、自己流で彫った面を、年に数回ほど師の元へ持参してアドバイスを受け、手を入れてもらいます。

新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
新井さんの本棚。能や能面に関する書籍がずらりと並ぶ
面を打つ新井さん
面を打つ新井さん

長澤氏を介して出会ったシテ方観世流の梅若万紀夫氏 (現 万三郎) から「任せるから彫ってごらん」と、初めての注文を受けたのが中学1年生のとき。自作の面を最初に本舞台で使ってくれたのは梅若研能会の水野泰志氏 (現 梅若) 。新井さんは高校1年生でした。

面について語る新井さんのお話を伺っていると、いかに面がお好きか、真摯に向き合ってこられたかが伺えますが、その情熱や才能はすでに10代の頃から注目されていたのですね。

21歳の時には、観世流能楽師の中所宜夫 (なかしょ・のぶお) 氏がその力強い面に感動して舞台で使ってくれることに。その制作から本舞台までの様子はドキュメンタリー映画『面打 / men-uchi』 (三宅流監督) となって公開されました。東京造形大学に在学中、「新作能面公募展」で、文部科学大臣賞奨励賞を最年少で受賞。現在も本舞台で使われる面の制作、古面の修復や写し、実演や講演など面と向き合い続けています。

牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます
牡蠣や蛤の貝殻を風化させて粉砕し精製される白色の顔料「胡粉 (ごふん) 」。面の彩色に使われます

子どもの頃から人生の多くの時間を面と向き合ってきた新井さん。その魅力を尋ねると「面の多様な表情」「古面を写すことの創造性」という答えが返ってきました。200種類以上もあると言われる能面には、老若男女、人だけでなく神様、鬼など様々なものがあり、まずはその造形に惹かれたと言います。

次第に形だけではなく、舞台上で本来の美しさを発揮し、芸能の中で生きる存在として面を捉える意識が強くなったそうです。

能楽師の各家では、所蔵する能面を代々使い続けています。中には600年以上も昔、室町時代から伝わっているものも。そうした面の修復や、貴重な古面を写すことも面打の仕事です。20代のころはゼロから作る創作面に傾倒した時期もあった新井さんですが、今は古面と向き合うことが何より面白いと言います。

長い歴史の中で使い続けられてきた面が内包する凄みや、人の手で作られたとは思えない人知を超えた面に出会い向き合うことに面白みを感じるのだそう。

古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
古面を写す際には、手作業で図面を起こし型紙をとります。細かくデータを取る様はCTスキャンのようですね
サイズを測るために使われる定規
サイズを測るために使われる定規
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます
型紙にピタリと合うまで何度も調整されます

「これだけ細かく型紙を取ったからといって間違いなく写せるというわけではなく、なかなか本面と同じにならないものです。まずは古面を眺めて、その魅力や生命感、背負ってきた歴史を感じ取るようにしています。また、彩色についても江戸時代から伝わっている技術が存在していると思われている方も多いのですが、必ずしも技術は伝えられていません。古面を見ながら、どうしたら同じ色、質感になるのかを考え、挑戦する。それをひたすら繰り返し考え抜く創造的な仕事だと思っています。写すことによる発見は多く、日々勉強させられることばかりです」

輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
輪郭などの下絵も描いては彫り、描いては彫りという作業を繰り返し作り上げていく
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという
白い面に陰影をつけたり古みを出す古色(こしょく)。布につけてポンポンと塗布することで風合いを出す。舞台上での表情の移ろいを生む効果もあるという

制作する上で一番大切にしていることを伺うと、思いがけない言葉が返ってきました。

「自分を出さない努力をしています。能は過去の物語に入っていくものですので、現代の匂いを極力なくしていくようにしています。そうした中でもどうしても自分が出てしまう部分もあります。そのせめぎあいの中で、実際に舞台で使われた時に生きる面を作り出したいと思っています」

現代の私たちは、何かを作る際、オリジナリティを追求する傾向にあります。一方で、自分をいかに抑えるかを考えて作られる能面。そこには、静の中にたぎる情熱を抱えた能の演目同様に、抑え込む中に生まれる創造性を感じました。

◆新井 達矢さん作品展「八人展 工燈-コウトウ-」
仏教美術 木彫 能面 神楽面
期間:2017年11月10日 (金) ~14日 (火)
時間:11:00〜18:00
作家:新井 達矢、梶浦 洋平、黒住 和隆、田中 俊成、新井田 慈英、林 円優、宮本 裕太、杉本 一成
会場:「高岩寺会館」とげぬき地蔵尊 高岩寺
   東京都豊島区巣鴨3丁目35-2
問い合わせ:080-6660-7297(代表 黒住)

出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」
出品予定の一面「曲見 (しゃくみ) 」 写真提供:新井達矢

文・写真:小俣荘子

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