「産地で手に入れる暮らしの道具」奥井木工舎の有道杓子
エリア
こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
各地の取材で出会う暮らしの道具。作っている人や生まれる現場を知ると、自分も使ってみたくなります。
この記事では、実際に作り手を訪ねて自分で使ってみる、その体験をまとめていきたいと思います。
レポート001:飛騨高山の有道杓子
12月に特集中の飛騨高山を調べていて、「有道杓子」という道具に出会いました。うとうしゃくし、と読むそうです。
コロンとした形、木のあたたかみ。そしてすくいの部分の表面が、波打つようでとても美しい、と思いました。
調べると、かの白洲正子も絶賛した道具だとか。
「うちでは煮物の他に、ジャムや小豆を煮るのにも使っていますね」
教えてくれたのはこの杓子の作り手、奥井木工舎の奥井さん。有道杓子は軽くて丈夫、調理の時に具材が崩れにくい利点があるといいます。
価格はサイズ別に4000円台から。
いいお値段!とはじめは驚きましたが、これはそうなるだけの理由が、作る過程にありそうです。
さっそく工房にお邪魔してお話を伺いました。
飛騨の恵み、ホオノキ
「有道とは、昭和に廃村になった村の名前。そこで作られていた日用品が有道杓子です。
材料にはホオノキの材を使います。有道村にはたくさんホオノキが生えていたようなんですね」
飛騨高山とホオノキと聞いて、ピンとくる方もいるでしょうか。実は飛騨高山の郷土料理として有名な「朴葉味噌」の「朴葉」とは、ホオノキの葉っぱのことです。
有道杓子は、このホオノキの丸太から全て手作業で杓子の形を切り出して作られるのです。
白洲正子が愛した「杓子の中の王様」
「昔の村の暮らしでは煮炊きが大半だったでしょうから、きっとこういう道具も作られたのですね。冬の農閑期の仕事として作られていたようです」
必要から生まれた飾りのない暮らしの道具を称賛したのが白洲正子でした。飛騨の地で有道杓子と偶然に出会い、「杓子の中の王様」と自身の随筆の中で讃えたそうです。
明治には最大で5万本作ったという記録も残されていますが、戦後は金属製のレードル (普段私たちが「おたま」と呼んでいるもの) にとって代わられ、衰退。
廃村後は村の出身者や有志が保存会を立ち上げ、細々とものづくりを続けてきたそうです。
木工の原点。「有道杓子」はこうして作られる
今この杓子を作れるのは保存会所属のおじいさん2名と、奥井さんのみ。
「シンプルなようで、やってみるとこれが難しい。3年くらいやってようやく楽しくなってきました」
一見素朴な形ですが、実は飛騨にしかないという独特の道具から出刃包丁まで、様々な刃物を使い分けて形づくられています。
作る季節も限られています。
「夏の材は養分を吸うから、仕上げると黒ずんで見栄えが悪くなるんです」
そのため有道杓子を作るのは冬の寒い間だけ。年間でも100〜150本ほどしか作れないそうです。
軽くて丈夫な理由:やわらかいホオノキを、「旬」のうちに加工
「ホオノキは軟材といって、木の中でも加工がしやすい材なんです。それを水分を含んで一番やわらかい生木の状態で加工します。僕は木のお刺身って呼んでいるんですよ」
機械を使わずに、全てを手作業で作る有道杓子。いかに力を入れずに加工できるかが重要です。
「だから木が柔らかいうちに、木の繊維に沿って形を切り出していく。割 (わり) 木工と言って、木工の原点といえるような作り方です。縄文時代に大木の幹をくりぬいてつくられた、えぐり舟なんかもそうですね」
今、同じやり方で杓子が作られているのは広島と、この飛騨高山だけだそうです。
柄からすくいの部分まで全てひとつの材からできているので、軽くても丈夫。
木材がやわらかいうちに木の繊維に沿って形を削り出しているため、木が本来もっている強度をよく保ったままで杓子の形になっています。
奥井さんはその作業を、木目を見ながら「形を見つける」と、おっしゃっていました。
「その分寸法や格好が変わってくるので、インターネットで売るのはなかなか難しくて。今のところは各地の小売店さんと、高山での実演販売だけでお売りしています」
具材を傷つけにくい理由:有道杓子特有の「曲がり鉋」が生み出す波模様
柄の部分を仕上げたら、すくいの部分を作ります。
はじめに驚いたのが、「木のお刺身」を切るのに、ここで本当に調理に使う出刃包丁が登場したこと。形を削り出していくときも、スコン、トン、と野菜を切るような音が響きます。
鉈では大まかな形しか削り出せないので、包丁で杓子としての形を整えていくのだそうです。
すくいの底の部分は、必ず面が台形になるように仕上げていくのだとか。
次に登場したのは、くるんと丸い形の刃物。「曲がり鉋」と言って、奥井さんが調べた中では、全国でも飛騨特有の刃物だそうです。
「資料も残っていないので、はじめは研ぎ方もわからなくて苦労しました。この道具を作れるのは、今では高山にある鍛冶屋さん1軒だけなんですよ」
その使い方も独特で、足で材料を固定しながらシャッシャとすくい部分を削っていきます。
こうしてできた表面の凹凸が、具材との当たりを和らげ、身を崩さずにしっかりキャッチする役目を果たします。鍋も傷つけにくく、かき混ぜる時の金属音もありません。
あの美しい波模様は単なるデザインではなく、ちゃんと意味があったのですね。
おおよその形が出来上がるころには、木の放ついい香りとともに削りカスがが絨毯のように広がっていました。
一般的な木工品は外側に塗装をするため紙やすりで表面を整えるそうですが、有道杓子は無塗装。紙やすりに代えて、全体に鉋をかけて完成させます。
「大工さんが柱の仕上げに鉋をかけるでしょう。あれも、表面に汚れをつきにくくして、長持ちさせるためなんですよ」
鉋は表面の繊維のささくれを平らげるので、水や汚れが繊維の中に入りにくくなるのだそうです。これは調理道具には嬉しいところ。
形が出来上がったら木の呼吸が落ち着くまで3〜4ヶ月、しっかり乾燥させて一本の杓子がようやく完成します。
奥井さんの言っていた「シンプルなようで意外と難しい」のわけが、よくわかりました。
「もう少しすくいの深い、味噌汁用も欲しいってよく言われるんですが、それだと材料の取り方が変わるので、形や繊維の強さなども変わってきてしまうんですね。本来の『有道杓子』はやはりこの形なのかなと思います」
一方で、柄の部分は持ちやすいように台形に整えるなどの工夫も。
200年以上受け継がれてきた形を尊重しながら、使い勝手に工夫がこらされています。これはぜひ使って使い心地を試してみたい。
そんなわけで、このお話はまだ終わりません。使ってみる編に続きます。
<取材協力>
奥井木工舎
https://mainichi-kotsukotsu.jimdo.com/
文・写真:尾島可奈子