郷土玩具になって台所を守る、福の神の奥さま
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個性的で愛らしい郷土玩具たち
みなさん、「郷土玩具」と聞いてどんなものを思い浮かべますか?もしかすると、おばあちゃん家にあるような、ちょっぴり渋い人形を思い浮かべてしまうかもしれません。でも、そんな先入観で郷土玩具を一括りにしてしまうのは、もったいない!
日本各地には、実に個性的で愛らしい郷土玩具があります。郷土玩具は、読んで字のごとく、“郷土”に根ざした“玩具”。一つひとつ手作りされ、土地の人々の手で伝えられてきた玩具です。
どれも似ているようで、似ていない。それは、その土地ならではの文化や歴史、風習を映し出す鏡のようなものです。
郷土玩具を手にすれば、その土地をもっと深く理解できるはず。
そんな思いから各地の魅力的な郷土玩具を紹介する「さんちの郷土玩具」。
今回は、鹿児島の「オッのコンボ」に会いに行ってきました。
オッのコンボは、あの福の神の奥方様
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丸みのあるシルエットに、穏やかな笑みを浮かべた表情。見ているだけで、思わずこちらも笑顔になってしまう、こちらが「オッのコンボ」です。
このユニークな名前は、鹿児島の言葉で「起き上がり小法師」という意味。その発祥は定かではないものの、少なくとも島津藩の藩政時代には鹿児島地方の家々にあったといいます。
鹿児島地方では、昔から台所に大黒様を祀る風習があり、オッのコンボは大黒様の奥方なんだとか。そのため、大黒様と一緒に台所に供えるのが習わしになっています。
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「家族の人数+1」に込められた願い
毎年2月はじめごろ、鹿児島各地には初市が立ち、人々は1年間見守ってくれたオッのコンボを納め、新たなオッのコンボを出迎えてきました。
必ず家族の数より一つ多く買って帰り、家族全員分の幸せはもちろん、一つでも多くの幸福が訪れるようにと願いを込めて祀るのだそう。あわせて、丈夫で賢い子どもを一人でも多く授かるようにという祈りも込められています。
今でこそ、オッのコンボを見かける初市は少なくなっていますが、鹿児島市にある照国 (てるくに) 神社の初市では今でもオッのコンボに出会うことができます。
オッのコンボを作り続ける、唯一の工房へ
そのオッのコンボを作っているのが、鮫島金平 (さめしま かねひら) さん、トシ子さん夫婦が営む鮫島工芸社です。現在、オッのコンボを作る唯一の工房で、もともと竹製品などの工芸品を手がけていたといいます。
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「手にした人が健やかに幸せをあずかれるように」との思いを込めて手作りしているオッのコンボは、一つとして同じものはありません。その形も表情もさまざま。
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最近は黄色や白のオッのコンボも作っているものの、基本の色は赤。胸の部分に描かれている花のような模様は「太陽」なんだそう。「桜島の上に太陽が昇って、朝日が広がっているのと同じでしょ。おめでたいんです」と鮫島さん。
郷土玩具は、信仰玩具
鮫島工芸社でオッのコンボを作り始めたのは35年ほど前。実は、オッのコンボ作りは太平洋戦争で初市とともに一時期途絶えてしまったことがあるのだそう。
小さいころから大黒信仰が身近にあった鮫島さんは、家族に連れられて行った初市の思い出が原体験となり、オッのコンボを復活させたいと思い立ったといいます。
「オッのコンボはただのおもちゃじゃなくて、信仰玩具。鹿児島の家では、昔から台所に大黒様を祀る棚を作って、毎日柏手を打っては『今日も一日安全でありますように』と祈ってきました。そんな風に農村や漁村だった時代から、ずっと定着してきたものなんです」
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鮫島さんがオッのコンボを復活させてからというもの、毎年オッのコンボを買い求める人で賑わう初市。その賑わいは、鹿児島の人々の信じる心を物語っているようです。
<取材協力>
鮫島工芸社
住所:鹿児島県鹿児島市武2-2-14
TEL:099-255-0928
文:岩本恵美
写真:西木戸弓佳
こちらは、2018年1月26日の記事を再編集して公開しました