すべすべの手触りは母の手で。「山のくじら舎」おもちゃ作りの現場へ
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知人のお子さんへの贈りもので作った木のおもちゃが口コミで人気となり、創業10年で皇室ご愛用の栄誉にもあずかったメーカーが高知にあります。
名前を「山のくじら舎」。
前編では、代表の萩野和徳さんにお話を伺い、高知への移住から大ヒット玩具が誕生するまでのストーリーをご紹介しました。
後編では、実際に商品が生まれる現場を訪ねて、愛されるものづくりの秘密に迫ります。
山と海の間。木の香りが満ちる工房で
工房があるのは高知県安芸 (あき) 市。森林率84%を誇る高知県の東部、ちょうど山と海の間にある小さな町です。
朝8時半。木の香りに満ちた工房で朝礼がはじまります。
そこに、代表である萩野さんの姿はありません。スタッフ全員で今日の作業の流れを確認し、段取りを調整します。
見渡すと、スタッフのほとんどが女性。男性の姿は一人しか見当たりません。
スタッフの半数以上が子育て中のお母さん
現在、「山のくじら舎」のスタッフは20名。その多くが地元のお母さんです。創業当時は萩野さんと奥さんの陽子さんとの二人だけでしたが、県外から注目され依頼される数が増えてきたことで、一人、また一人とスタッフの数が増えてきました。
「スタッフは自由に休みが取れますし、時短勤務もOKです。子育て中だからといって能力のある方が働けないのはもったいない。
時間の制約を設けず、自由度が高い職場環境をつくったことによって、優秀な方が集まってきていると思います。地域にはそうした人が埋もれているんじゃないかな」と語る萩野さん。
しかし、スタッフがいつ休んでも良いようにすると、急な休みが重なったときに支障はでないのでしょうか。
「うちではおもちゃづくりにかかわるどの作業もみんなができるようにしています。急なお休みでスタッフの数が少なくなってしまったときも、すぐにサポートできる体制にしているので、大きな混乱はありませんね」
さらに商品づくりにもお母さんスタッフの意見が取り入れられるため、いいことずくしなのだそうです。
せっかくなので、スタッフの方に入社のきっかけや普段のお仕事のことを伺いながら、山のくじら舎のものづくりを覗いてみます。
使い手が何よりの作り手に
例えば、人気商品の一つ「ハイヨーもくば」のネーミングを考えたのは入社2年目の上松さん。6歳と2歳のお母さんでもあります。入社したきっかけはSNSの募集だったとか。
お母さんのサポート体制が整っていることに惹かれ、下のお子さんが0歳の時に入社。子ども優先の働き方をしたいと思っていた上松さんにとって山のくじら舎は、ぴったりの環境だったそうです。
「2歳の子が体調を崩しがちで、今は先輩方に本当に助けてもらっています。周りには休みを取りづらくて辛い思いをしている友人もいるので。
子どもが元気な時は『おふろでちゃぷちゃぷ』でよく遊んでいます。木のおもちゃだと、子どもたちがお風呂に入れたがるんですね。
私も一緒に入るんですが、木の良い香りがお風呂に広がって檜風呂に入っているみたいになるところが気に入っています」
安心で心地よい手触りを求めて
山のくじら舎のメイン木材は、高知県産の「土佐ヒノキ」。香りが高く美しい木をカットし、1年間乾燥させて使います。
こうした木材の運搬などの力仕事や作業現場の管理を任されているのが、「山のくじら舎」で唯一の男性スタッフ、見神さん。
萩野さんに声をかけられたのをきっかけに入社し、現在は工場長として活躍しています。
「スタッフのみなさんは、子育てと両立している方が多いので、できるだけ負担のないように働いてもらいたいと思っています。
無理なく、それでいていかに確かなクオリティの商品をつくるかが、難しい部分でもありやりがいのあるところですね」
「家具もおもちゃも木工なので同じように思われるかもしれませんが、おもちゃは手で触って遊ぶもの。お子さんは思ってもみない使い方をしますし、家具以上にその手触りに神経を遣いながら作っています」
萩野さんも、「木のおもちゃは手に近いもの」と語ります。
さわったときの心地よさは人の手でしか生み出せない。そのため山のくじら舎では、お母さん目線で納得するまでとことん手触りを追求します。
切りっぱなしの木は角が残り、遊ぶと怪我をしてしまうので、ここからヤスリで丸みを出していきます。
作業途中の方にお話を伺うと、いつも「仕上がりがふっくらなるように」を心がけているとのこと。ふっくら具合は、切り出したばかりのものと削った後を比べると、一目瞭然でした!
こうして親心たっぷりに、どこにも角がない、やさしい表情の木のおもちゃが作られていきます。
高知家の母、娘が集う工房
愛情たっぷりに作られたおもちゃは、また新しい仲間を引き寄せます。
現在事務スタッフとして働く湊さんも、上松さんと同じくSNSの求人募集を見て応募してきた一人。商品のかわいさに一目惚れしたそうです。
「普段は電話でお客様の問い合わせ対応をしています。木は温度や湿度でも表情が変わりますし、経年変化もあるので、親御さんも扱い方に関心を持たれるんですね。
『舐めても平気ですか』とか『使う前に煮沸しても大丈夫?』とか。相談にのるような気持ちでお答えしています。
担当しているのは事務ですが、木は同じデザインでも切る場所が違えば木目の出方も変わる。そんな表情の違いが好きです」
2018年の春からは、はじめて新卒の社員も仲間に加わります。なんでも「山のくじら舎」の家族的な雰囲気にひかれ、入社を決めたのだとか。
自分と家族が十分な暮らしができる程度になればと始めた「山のくじら舎」。しかし、地域の女性たちが働きたいと萩野さんのもとを訪れるようになり、現在ではさらなる事業拡大に向けて、どんどん会社のビジョンが広がっています。
「目下の目標は、安芸市を木製玩具の産地にすること。木工をしたいと思う人がこの町を目指すようになれば、こんなに嬉しいことはないですよね」
高知の木の良さを伝え、子どもたちの健やか成長を願う商品を広めていきたい。そんな思いを胸に、今日も山のくじら舎は山と海の間で、高知らしい木のおもちゃをつくり続けています。
<取材協力>
山のくじら舎
0887-34-4500
http://yamanokujira.jp/
文:石原藍
写真:尾島可奈子