めざせ職人!金沢には未経験から伝統工芸を学べる「職人大学校」がある
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ものづくりが好きな方であれば、一度は「職人」に憧れたことがあるのではないでしょうか。
しかし、伝統工芸の技を一から学ぶのは簡単なことではありません。師匠に弟子入り?下積みに何年かかるの?さまざまな疑問が頭をよぎります。
そんななか、まったくの未経験から伝統工芸の技術を学べる塾があるという噂を聞きつけた、さんち編集部。今回はその現場を訪ねるため、石川県金沢市にやってきました。
受講料無料!3年間で伝統工芸の技を学ぶ「金沢職人大学校」
到着したのはJR金沢駅から徒歩15分の場所にある「金沢市民芸術村」。金沢市が市民の芸術活動を支援する目的でつくった総合文化施設で、伝統文化の継承技能者養成を目的とする「金沢職人大学校」が併設されています。
この「金沢職人大学校」内で行われているのが、今回お邪魔する「希少伝統産業専門塾」(以下、専門塾)です。
国の「伝統的工芸品」に指定されている金沢の工芸品は、金沢箔や加賀友禅、金沢漆器など6種類。これらの業種以外にも金沢表具や竹工芸、加賀象嵌、二俣和紙など、さまざまな希少伝統工芸が息づいています。
しかし、なかには技術者の高齢化や後継者不足によって、存続が危ぶまれる業種も。そこで、金沢市は約20年前から希少伝統工芸の後継者育成を目的に、この専門塾を開校しました。
現在開講しているのは「加賀象嵌」「竹工芸」「木工」「二俣和紙」の4つのプログラム。週1回行われる実習に3年間参加し、専門的な知識や技術を学んでいきます。(二俣和紙は2年間。2018年10月にプログラム終了)
驚くのは、なんと受講料が無料だということ!(別途材料費はかかります)基本は金沢市内在住者が対象ですが、3年間の実習に意欲と熱意を持って取り組める方であれば、まったくの未経験者でも参加することができるそうです。金沢市の本気度の高さを感じます。
道具の使い方から手入れまで、基本をしっかり学ぶ
この日は半年前から第7期がスタートした「木工」の実習が行われていました。トントンと木を削る音が鳴り響くなか、さまざまな年代の受講生が作業を進めています。
開講当初から木工の授業を担当しているのが、福嶋則夫先生です。金沢市内で2人しかいない木工芸の職人として数々の作品を生み出しています。
実習では、まず何から学ぶのでしょうか?
「最初はのみや鉋(かんな)の使い方から教えていきます。受講生のなかには、はじめてのみを持ったという人も多いんですよ。道具を買ったからといってすぐに使えるわけではありません。刃物の研ぎ方や調整の仕方など、自分の手に馴染みやすい道具にするための手入れの方法をしっかりと学んでいきます」
専門塾では、刃物で木をくりぬいて加工する「刳物(くりもの)」から始まり、木の板を組み立てて加工する「指物(さしもの)」を学びながら作品をつくっていきます。一つの作品が完成するのに半年〜1年。3年間のプログラムで2〜3個つくるのがやっとです。
「刳物は木工のなかでも一番原始的な方法です。自分の手で少しずつ削っていくからこそ、自由なかたちになるんですよ。一方、指物は0.01ミリの微妙な調整が必要な繊細な技法。同じ木工でも、その振り幅が大きいのが面白いですよね」と福嶋先生。
授業の進め方は、受講生が各々自由に作品づくりを進めていくスタイル。それぞれの進度に応じて先生がアドバイスをくれるので、初心者でも経験者でも無理なく技術を磨くことができます。
「私が修行していた頃は、手取り足取り教えてもらうことはありませんでした。ずっと下積みをやってるなかで師匠や職人がやってるのを見て覚えろってね。でもここでは初心者でも初回から実際に手を動かしつくっていきます。
3年間のプログラムは長いように感じるかもしれませんが、週1回5時間なので短いくらいです。受講生のなかには3年間のプログラムが修了したあとも、継続して受講する人もいるんですよ(最長9年間まで受講可能)。卒業生のなかには、実際に金沢漆器やほかの産地の木地師として独立した人もいます」
未経験者から研究者や漆器の職人まで。受講生が木工を始めた理由とは
では、専門塾にはどんな人たちが参加しているのでしょうか。受講生に話をうかがいました。
もともと職人のからだの動きを計測する研究をしていた関規寛(せき・のりひと)さんは、ものづくりする人の教え方に興味があり、木工を始めました。
しかし通っているうちに作品をつくる楽しさに目覚めたそう。最初の3年間が終わった後も継続して学び、現在で通い始めて8年目になります。
「この塾は自分のつくりたいものに挑戦できる自由度の高さがいいですね。
今つくっているのは栃の木を使った銘々皿。木工の機械は大型のものが多のですが、小型の丸ノコでミニチュア版のようなものに仕上げようと思っています」
半年前から専門塾に通い始めた金山麻里(かなやま・まり)さんは、金沢市民芸術村内にある「アート工房」に勤務。木工はまったくの初心者でしたが、木の材質が好きだったことから入塾しました。
「木工は鉋がけ一つにしてもわずかな刃ので具合によって変わるので調整が難しいですね。これまでは現代アートが好きだったのですが、木工を始めてから伝統工芸にも興味を持つようになりました」
「次はこんなのを作りたいんです」と金山さんに見せてもらったのは、なんと人間国宝の作品。インスピレーションを得るため、さまざまな人の作品を見ることも多いそうです。
専門塾で一番のベテランが栂坂美紀子(とがさか・みきこ)さん。美術大学出身でもなく、仕事も木工とはまったく関係がなかった栂坂さんですが、昔から職人に憧れていて「いつか自分でも‥‥」と漠然とした思いを持っていたそうです。
新聞でこの塾のことを知り、3期9年受講した栂坂さん。福嶋先生の助手として受講生の作品づくりのサポートをしながら、自らも作品をつくり続けています。
「今も平日は仕事をしながらものづくりを続けています。9年通ってもまだまだ勉強することはたくさんありますね。この場所は実習がない日(週3回)も夜の9時まで使うことができるので、仕事が終わったあとに制作を行うことも多いんですよ」
鶴田明子(つるた・あきこ)さんは、なんと現役の職人。金沢の伝統工芸である金沢漆器づくりに携わっています。
「漆器づくりは分業制なのですが、下地となる木地をつくる職人が金沢では一人しかいなくて、このままでは漆器づくり自体が成り立たないのではと思っていました。そんな時に『自分で木地もつくってみては?』とすすめられ、この塾に通うことになったんです」
木地から漆塗り、蒔絵まで一人ですべてできる日も遠くないかもしれません。
工芸の技術を絶やさないために
ものづくりに興味がある人は多いものの、なぜ後継者が少ないのでしょうか。その理由を福嶋先生に尋ねました。
「時代の変化に伴い、工芸品の需要の減少や職人の高齢化などさまざまな問題があります。職人として続けていくためには体力や根気が必要ですしね。しかし、それ以外にも理由があります。木工は機械や道具を揃えないといけないし、音の問題もある。木を削る音や機械の音が大きいので広い場所が必要など、環境の面からも独立しにくいのです」
金沢市ではこれらの問題を解消するために、工房を開設する際や工芸品の開発促進のための助成など、専門塾以外にも職人を目指す人たちのサポートにも力を入れていますが、まずはものづくりの楽しさをより多くの人に知ってもらうことが大切だと、福嶋先生は語ります。
機械も工具も揃っているなかで、しっかり木工の技術を学べるのは石川県のなかでもここだけ。もちろん、音を気にすることもありません。
希少伝統産業専門塾は開講中のため現在受講生の募集は行っていませんが、見学はいつでも可能とのこと。なんとなく面白そう!と思った方はぜひ見学してみてはいかがでしょうか。
始める理由は何であれ、ものづくりに興味を持つ人が増えていく。そうすれば自ずと工芸の未来がつながっていくのかもしれません。
<取材協力>
金沢市経済局営業戦略部クラフト政策推進課
希少伝統産業専門塾
問い合わせ先 craft@city.kanazawa.lg.jp
文・写真:石原藍
*こちらは、2018年5月10日公開の記事を再編集して掲載しました。伝統工芸を後世に受け継ぐ“きっかけ”を生み出す取り組み、さんちは今後も応援していきます!