甲子園の優勝旗。舞台裏には最高峰の職人たちのチーム戦がある

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甲子園 真紅の大優勝旗

3代目「深紅の大優勝旗」が翻る令和の甲子園

甲子園の季節が、今年もやって来ました。

記念すべき第100回大会が行われた2018年、60年ぶりに新調されたのが優勝校に授与される「深紅の大優勝旗」です。

甲子園 真紅の大優勝旗
©時事通信

その大きさは縦1.2×横1.5メートル。ハトの絵柄と「優勝」の文字が金色に輝き、ラテン語で「VICTORIBUS PALMAE」 (勝者に栄光あれ) という文字が織り込まれています。

新たに作られた大優勝旗は3代目。先代と同じく西陣織の「つづれ織り」の技術で織られています。制作には1年6カ月もの歳月を要しました。

高校野球同様、この大優勝旗の舞台裏にも職人たちの熱い思いとチームワークの物語が。

制作を担当した平岡旗製造を訪ねてお話を伺うと、そこにはもう一つの「甲子園」がありました。

平岡旗製造株式会社
1887年創業の老舗旗屋「平岡旗製造」

制作費1200万円、京都最高峰の職人たちのチーム戦

専務の平岡成介さん
大優勝旗制作のプロジェクトを統括した、専務の平岡成介 (ひらおか せいすけ) さん

「これから数十年に渡って毎年使われる大切な大優勝旗のご依頼、特別な思いで制作にあたりました」

大優勝旗制作の予算は1200万円。一般的な旗づくりは、数万円から数十万円程の予算。連綿と続いてきた大会の100回記念。その重みある依頼です。

平岡さんの言葉にも力が入ります。

「3代目の大優勝旗は、デザイン、織り方ともに2代目を踏襲することが決まっていました。下絵、染め、織、縫製など全ての工程において、最高峰の職人さんを集めて進めました」

京都のものづくりは分業制です。隣接する工房同士で仕事を分担し、1つのものを作り上げていきます。

旗は依頼を受けた旗屋が、制作物の性質や予算などに応じて最適な工房や職人さんを選び、制作を進めます。長年ともにものづくりをする中で蓄積された、職人さんごとの強みや技の特色への理解からベストなチームを作るのだそう。

今旗に描かれるマークや文字は刺繍で仕上げることが一般的です。

一般的な手法で作られた旗。多くの旗は、生地の上に刺繍を施して仕上げるのだそう
一般的な手法で作られた旗を見せていただきました。多くの旗は、生地の上に刺繍を施して仕上げるのだそう

しかしこの大優勝旗は全て横糸だけで文様を表現する「つづれ織り」。文字や柄も糸を織り込んで描くので、繊細な絵柄の部分は1日でわずか1センチメートルしか進まないこともあったそうです。

つづれ織りの様子
つづれ織りの様子。巧みに爪を使って緯糸 (よこいと) を織り込んでいきます。写真は、文字を錦糸で描いているところです

球児たちに負けないタフさ

「大優勝旗は、球児たちが元気に力強く振ることもあります。壊れにくいようにしっかりと織って強度を高めました。

織り目が詰まっているので、最後の仕立てでは、糸を通すのに針にロウを付けて滑りやすくした上でペンチで引いたほどです」と平岡さん。

旗を掲げるポールにも様々なものがあります。大優勝旗では最上級の漆塗りのものが用いられました
こちらは旗を掲げるポールのサンプル。単色塗りのものから螺鈿装飾など様々なものがあります。大優勝旗では最上級の漆塗りのものが用いられました

10年以上、毎年メンテナンスに通った熱意

ところで、この大優勝旗作り、平岡旗製造が担当することになった背景には、平岡さんのひたむきな仕事と熱い思いがあります。

「私自身、大の高校野球ファンなんです。PL学園のKKコンビに憧れて、学生時代は野球に明け暮れる毎日を過ごしていました。

29歳の時に旗屋を継ぐため、この会社に戻ってきました。そんな私の初仕事は、甲子園の優勝旗につける竿頭綬 (優勝校名を記したペナント) 作りだったんです」

専務の平岡成介 (ひらおか せいすけ) さん
キリリとした表情でお仕事を語ってくださった姿から一変。高校野球の話になるとお顔がほぐれ、素敵な笑顔を見せてくださった平岡さん

「その年の甲子園は86回大会。初めて間近に見た2代目の優勝旗は既にかなり傷んでいました。45年以上使われ続けてきたのですからね。

自分の仕事を通じて大好きな高校野球に貢献できることはないか?と考えた時、補修など優勝旗にまつわることであれば役に立てることがあるのではと思いました」

こうして、甲子園開会式前日のリハーサル時に優勝旗のチェックを行う役目を無償で買って出た平岡さん。毎年甲子園に通い、優勝旗のチェックや手入れなど、旗屋としてできることは何でも引き受けました。

「毎年通って仕事をさせてもらうようになって数年経つと、入場のフリーパスをもらえるようになりました。担当者として認識していただけたのが嬉しかったですね」

優勝旗のチェックは室内練習場で行なっていましたが、数年後にはグラウンド入りの許可までをもらえるように。

「まさか自分が甲子園の土を踏む日が来るなんてと、感激したことを覚えています。

旗の持ち方や結び方の確認など、開会式で球児たちがよりかっこ良い姿で入場行進できればとお手伝いさせてもらいました」

旗の結び目
旗の結び目の見本を見せていただきました。しっかりと美しく結ばれています。ふさの部分が垂れ下がってしまっていたり、「かっこ悪い姿」にならないようにチェックするのだそう

毎年ていねいな仕事を重ね、信頼を積み上げてきた平岡さん。ついには、3代目大優勝旗の制作という大仕事の依頼を受けるまでになったのです。

子どもの頃からの思いが実を結んだ

旗屋の後継ぎとして生まれた平岡さん。勉強など、幼い頃から将来への準備をしてきました。小学生時代は受験勉強のため、少年野球に入ることが叶わず、勉強の休憩時間に一人で壁打ちをしていたといいます。

「野球に対しては、子どもの頃から醸成されてきた思いがありました。旗屋の仕事を通じて思いがけず甲子園と関わりが持てたこと、思いが実ったようです」

平岡さん

そんな平岡さんに、甲子園球児へ何か伝えたいことはありますか?と伺うと「こちらから言葉をかけるなんておこがましい」と、どこまでも控えめです。

「彼らは普通の人がして来た何倍もの努力をして、この場所に立っている選手。そのことへ敬意と尊敬の思いがあるばかりです。選手によってはこの夏が野球人生最後になる人もいます。ここまでのみなさんの野球人生に敬意を評します。

高校野球は、生き様というか人間模様が表れている。まさに青春の素晴らしさがあります。そこに私は熱くなるのだと思います」

日々練習を積み上げ、勝ち上がってきた選手による熱い戦いの場、甲子園。平岡さんが大優勝旗制作を担当するまでのひたむきな仕事ぶりにも重なります。

今年の優勝旗はいったい誰の手に渡るのでしょうか。この夏を締めくくる表彰の舞台では、真新しい深紅の大優勝旗にも注目です。

<取材協力>
平岡旗製造株式会社
京都市下京区四条通西洞院東入郭巨山町18番地 ヒラオカビル
075-221-1500
http://www.hiraoka-hata.com/

文:小俣荘子
写真:山下桂子

こちらは、2018年8月21日の記事を再編集して掲載しました。今年も目が離せない甲子園。優勝旗にもぜひ注目してみてください。

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