技術があればこそ自由自在。知るほどにおもしろい、萬古焼の世界
エリア
旅に出たら、その土地のことをもっと知りたくなるもの。旅先にあるミュージアムは、そんな思いを叶えてくれます。
今日は、三重県四日市市で出会った「BANKO archive design museum」を紹介します。
土鍋、急須だけじゃない、多種多様な「萬古焼」
ここは、萬古焼を産業とデザインの面から紹介する小さなミュージアム。2015年にオープンしました。
立ち上げたのは、食器から巨大モニュメントまで幅広い作品を作り出す人気陶芸家の内田鋼一さん。萬古焼の常設展のほか、年に2回の企画展が行われています。
展示品の中心は、古萬古や有節萬古とよばれる古いものではなく、明治時代から戦後にかけて発達した産業遺産としての萬古焼。
「骨董であれば多くの人が勉強するし、すでにコレクションを展示している場所があります。でもこの時代の萬古焼は全然知られていないし、資料館もありません。
萬古焼は面白いものがたくさんあるのに、もったいない。作る人も伝える人も減ってきた今、アーカイブとして残すことが重要なんじゃないかと考えたんです」と、内田さん。
萬古焼というと、土鍋や急須が有名です。しかし、江戸時代に始まった萬古焼にはそれだけでない多様な技術と様々な製品がありました。時代に合わせて、新しいものを取り入れ自由自在に変化してきたのだそう。
内田さんに案内していただきながら、知られざる萬古焼の世界をのぞいてきました。
本物そっくりに作られた、代用陶器
7つのテーマに分かれた展示室。特に興味深かったのは、代用陶器と呼ばれる戦時中に作られたもの。
太平洋戦争中に金属が徴集されたことで、これまで金属製だった品を陶器でつくる代用陶器が生まれました。各地で様々なものが作られましたが、萬古焼でつくられたものは、一見焼き物には見えない「本物そっくり」であることに驚かされます。
様々な制約がある戦時中、こうしたデザインの代用陶器の存在は人々の暮らしを励ましてくれるものだったかもしれません。
「製品の形を完全にコピーした意図は不明ですが、ここまで再現できたのは技術があったからこそ。四日市は、瀬戸、美濃、常滑、信楽、京都といった大きな窯場に囲まれた場所です。
良質な土にも恵まれなかった土地で、試行錯誤をしながら技術を磨いて生き残ってきた歴史があります。その結果として、こうしたものが生まれているのは興味深いですね」
ポップでキッチュな貯金箱
こんな色鮮やかで可愛らしいアイテムもありました。
戦前から戦中にかけ国の政策として国民に貯金を推奨したため、貯金箱が大量に作られました。人気の娯楽や人々にとって親しみのあるモチーフを使ってデザインされていたようです。
いち早く、海外需要にも対応
有名窯元では作らないような、どんな注文にも対応する融通性があった萬古焼。東海道に位置し、明治時代に入ると四日市港の開港や鉄道の開通など、交通網が発達したことが追い風となり、いち早く輸出も始まりました。明治から昭和にかけては色鮮やかな玩具や輸出向けの人形も多数手がけています。
逆境が生んだ、鮮やかな色
焼き物に適した良質の土が取れなかった四日市。高温の焼き締めに不向きな土であることを逆手に取る工夫がありました。
「釉薬は、高温になるほど色が濁るので、窯の温度が低い方が鮮やかに仕上がります。その技術を高めて豊富なカラーバリエーションを展開していったのが萬古焼の職人でした。
赤絵、青磁、腥臙脂釉 (しょうえんじゆう) など様々な技法を取り入れる傾向は、すでに江戸時代の古萬古や有節萬古からありましたが、その後も鮮やかな色彩の焼き物を多く生み出し続けてきました」
北欧食器を作っていた、萬古焼の陶工
時代の空気を取り入れながら、創意工夫を繰り返してきた萬古焼の職人たち。実は、北欧のテーブルウエアを支えていたのも四日市の陶工でした。
北欧のテーブルウエアとして広く普及しているストーンウエア。遠く離れた日本で製作していたのが松岡製陶所でした。惜しまれながら廃業した松岡製陶所の食器が見られるのも、このミュージアムならではです。
こうした萬古焼の展示のほか、道具や人にスポットを当てた展示も。
量産に向かない「贅沢な」木型
江戸時代に「新しいものを作り出したい」という熱意から生まれた急須の木型は複雑な作り。型の周りに土を貼り付けて成形したのち、中心の棒を抜いてパズルのような細かなパーツをばらして取り出します。手間がかかるため「複製はできるけれど量産には不向き」という贅沢な木型なのだとか。
萬古焼を愛でた人、影響を与えた人
北大路魯山人の経営する美食サロン「星岡茶寮」の支配人を務めた、美術評論家の秦秀雄。骨董を極めた彼は晩年になって、それまで誰も評価していなかった、近辺の雑記に目を向けるようになりました。そのなかでも特に愛したのが萬古急須だったのだそう。
こちらは陶磁器デザイナーの日根野作三の仕事にスポットを当てた展示。
同氏は、四日市を始め日本各地の焼き物産地でデザイン指導を行い、戦後日本の陶磁器デザインの道筋を作ったと言われる第一人者です。手がけたデザインから、萬古焼へ与えた影響が伺い知れます。
知るほどに面白い萬古焼
人気作家の内田さんが作ったということもあり、オープン当時から注目されたこのミュージアム。展示内容に魅せられた人々から評判が広がり、今や県外や海外からも多くの人が訪れるようになっているそう。
「ここをきっかけに萬古焼のことを知ってもらって、魅力が伝わればいいなと思っています」
そう語る内田さんは、もともとは萬古焼と強い結びつきがあった方ではありません。どうしてミュージアムを作ることになったのでしょう。
「三重県の依頼で地域産業のアドバイザーや萬古焼のブランディングに関わる中で、地元の人たちが萬古焼についてあまり知らず関心が低いこと、自信がないことが気になっていました。私が蒐集していた陶器の中には萬古焼もたくさんあって、面白いものだと思っていたので。
会議の中で何度も資料館を作ろうという話も出ましたが、そういった状況もあり、なかなか形にならなかった。それで自分でやることになってしまったのですが。 (笑)
オープンして、外部の人が萬古焼に注目していると知ることで、地元の人たちの意識も少しずつ変わっているようです。今年は萬古焼300周年の節目。いま萬古焼に携わる人が、次の時代の萬古焼を切り開いていってくれたらいいですよね」
いちから内田さんが作り上げた「BANKO archive design museum」。有名窯元以外にもこんなに魅力的な焼き物がある、ということを驚きとともに教えてくれる場所でした。
見ごたえたっぷりの展示を鑑賞し終える頃には、私もすっかり萬古焼の技術や色彩に魅了されていました。
<取材協力>
BANKO archive design museum
三重県四日市市京町2-13-1F
059-324-7956
文:小俣荘子
写真:白石雄太
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