漆を使って器をなおす、修復専門家のしごと

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こんにちは、さんち編集部の井上麻那巳です。
ここ数年、作家さんや窯元さんとお会いする機会が多くなり、我が家の器はお気に入りのものばかりになりました。でも、お気に入りのものこそ普段使いしようと毎日を過ごしていると「割れ」や「欠け」が避けられません。そうしていくつかは残念な姿に…。割れたり欠けたりしてしまった大切な器を末長く使うべく、漆を主軸にした器の修復専門家、河井菜摘さんを訪ねてお話を伺いました。


器だけではなく、古美術品や茶道具もなおす「修復専門家」。

鳥取の工房で古美術品や器の修復のお仕事をしています。修復の依頼は鳥取、京都、東京の3つの拠点で受け付けているのですが、知らない方から連絡をいただくことも増えました。ひとつだけお持ちになる場合もあれば、10点近くの器を一気にお持ちになる方もいます。

通常の修復の依頼の他に、漆と金継ぎの教室も鳥取、京都、東京の3つの拠点で開いています。普段使いの器だと、どうしても買った金額よりも修理代が高くなってしまうことが少なくないですし、日用品はそれぞれが自分でなおせる方が良いと思っています。私ひとりが手を動かしてなおせる範囲はどうしても限られています。それが、例えば教室で8人が集まって、それぞれが3つの器をなおしたとしたら、全部で24個の器を救えることになる。この先割れたり欠けたりしても強い気持ちを持てるのもとても良いですよね。自分の手の中で変化するものは愛着がわくものですから。

教室の生徒さんたちの器。河井さん自作の室(むろ)にて保管しています。

教室では自分の器をなおすために金継ぎからスタートした人に、どんどん漆の魅力に興味を持ってもらえることも多くって。それがとてもうれしいですしおもしろいです。やっぱりはじめて漆にふれるには金継ぎがいちばんわかりやすく、親しみやすい。漆を勉強したいという方にもまずは金継ぎをおすすめしています。

修理をすることで気がついた漆の表情と、社会と関わっているよろこび

もともと京都の芸大で漆工を学んでいて、作品づくりをしていました。でも、大きな作品をつくるためにたくさんのゴミを出して、売れなければまた梱包をして持ち帰って…なんだか社会に関わっている感触がもてないと自分の活動に疑問を感じたこともありました。

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卒業後、茶道具の卸会社にて古美術品の修復スタッフに入ったことがきっかけで、はじめて修復のお仕事に触れました。その中で、作品づくりでは知り得なかった漆のたくさんの表情を見つけることができたんです。漆自体は形をなさないけれど、時には接着剤になり、時には欠けを埋めたり、時には古色をつけたり異素材を模すこともできて。変幻自在の漆の魅力に改めて気が付きました。それから、修復を専門にやっていきたいなって思うようになって。

作品をつくっているおもしろみと引き換えに副産物としてゴミを生んでいるんじゃないかと悩んだこともあった作家活動から一転して、修復のお仕事は買いなおさずに今あるもので満足感を生み出せるし、絶対的によろこんでもらえる。それは相手にとっても自分にとっても幸せなことだと思っています。

漆のための道具は自作することも多いそう。中には拾ってきたというカラスの羽根も(!)

「金継ぎ」「共直し」「漆修理」、3つの技法で器の修復をしています。

「金継ぎ」は、割れたり欠けたりしているところを漆でくっつけたり埋めたりして、その継いだ部分に金を蒔(ま)いて修復する技法です。金のほかに銀や漆で仕上げることもあります。器のデザインによっては銀もしぶくてかっこいいですよ。教室の生徒さんもほとんどがこの金継ぎを学びに来られています。

欠けたところを埋めたマグカップ。
欠けたところを金継ぎで修復したマグカップ。

割れたり欠けたりしているところを周辺のオリジナルを真似て再現する技法を「共直し」と言います。基本的には金継ぎ同様に漆を使うことが多いのですが、ものによっては漆以外の素材も使用します。左官屋さんが使うような色土や顔料として売られている土や胡粉など、画材になるようなものはなんでもストックして合ったものを試してみながら使うようにしています。

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修復後はどこが欠けていたのかわからないほど。
修復後はどこが欠けていたのかわからないほど。

「漆修理」は、剥がれていたり、割れてしまった漆をその状態を見て塗り直したりしていく作業です。でも、それも方法は色々あって、きれいに新品のように仕上げるのが良いのか、それともオリジナルの古い雰囲気を壊さない方が良いのか依頼主の方と相談しながら決めていきます。

やけど跡で変色してしまったお盆。
やけど跡で変色してしまったお盆。
塗り直し後。ところどころ欠けていたところも修繕しピカピカに。
塗り直し後。ところどころ欠けていたところも修繕しピカピカに。

こんなのなおらないよねって思われていても、大体どんなものでもなおります。

無理難題な修復はおもしろいですね。昔のものは天然の素材で作られているものがほとんどなので、素材に無理をさせてないんです。だから、結構ボロボロになっても、どういう形であれなおります。どんなに傷がたくさんあっても、そこを丁寧に埋めたり磨いたり塗り直したりすることで蘇るんですよね。

なおすことはおもしろい。割れたり欠けたりしているものが、そこをくっつけてあげるだけで、バァッと息をふきかえすようで。本当に単純なおもしろさとよろこびを感じます。


河井さんのお話を伺い、はじめて実際の修復の作業を見せていただきました。器の「割れ」や「欠け」はある種、自然の業で、誰かにコントロールされてできたものではありません。人の手によってデザインされ、つくられた人工物である器に偶然による意匠が華やかに施される金継ぎ。そんな金継ぎのビジュアルにも、それほどにひとつの器を大事にすることにもずっと憧れていました。

ひとつの器を自分で選んで自分で使って自分で壊してしまって、その時のショックがあるから価値がある部分もあるんだと、修復の新たな一面にも触れることができました。


河井菜摘(かわいなつみ)

鳥取、京都、東京の3拠点で生活をし「共直し」と漆を主軸とした修復専門家として活動。陶磁器、漆器、竹製品、木製品など日常使いの器から古美術品まで600点以上の修復を行う。修理の仕事の他に各スタジオでは漆と金継ぎの教室を開講し、漆作家としても活動している。
kawainatsumi.com

文:井上麻那巳
修理写真提供:河井菜摘

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