賞味期限はわずか10分。持ち帰り不可の「吉野本葛」で本物の葛を味わう
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こんにちは。元中川政七商店バイヤーの細萱久美が、「日本各地、その土地に行かないと手に入りにくい良いモノ」を紹介する連載の第4回目です。
前回のクッキーに続き、今回も食べ物になってしまいました。
グルメでは無いですが、食への関心が高い方だという自覚があります。
ご紹介するのは、我が本拠地の奈良県の一品。ちなみに奈良県は思いの外広く、住んでいる奈良市は奈良県北部ですが、南部地域の方が断然広いのです。
柿で有名な五條や、桜で有名な吉野までは足を伸ばしたことがありますが、天川村、十津川村といった各村は未開拓。いずれ巡ってみたいと思っています。
今回は、南部でも比較的アクセスのしやすい、そして観光地としても人気の吉野のお菓子です。
吉野には特産品も多く、杉や檜と言った木材は「吉野材ブランド」として住宅用に全国に出荷されていたり、気軽なお土産としてはお箸が人気。他には伝統的な手すき製法を守っている宇陀和紙は文化財修復にも欠かせません。
食の特産品では、柿の葉寿司、地酒、そして今回スポットを当てる吉野本葛です。葛は植物ですが、「見たことありますか?」と、実は私も聞かれたのですが、意識して見たことはなかったものの、日本全国場所を問わずに生えているそうです。
そんなに一般的な植物とは露知らずでしたが、葛の根から採取する葛粉の製法は大変な手間。根を砕いて、真水で洗ってでんぷん質を沈ませ、上水を取り除いてまた真水で洗い沈める。これを繰り返して純白な葛粉になります。
水が綺麗で豊富な吉野地方独自の水晒製法は、「吉野晒」と言われ、この方法によって精製されたものを「吉野本葛」 または「吉野葛」と呼び、地域ブランドとなっています。上品なとろみと、滋味深い味わいの吉野葛は和食や葛切り、葛もちなど素材を生かした食べ方が多いかと思います。
この連載のタイトルは、「ここでしか買えない」ですが、今回は「ここでしか食べられない」です。しかも驚くなかれ、賞味期限10分の吉野本葛の世界!
目の前で作った葛餅と葛切りを即食べられるお店が「葛屋 中井春風堂」です。なぜ10分かというと、その理由は葛の特性にあり。
中井春風堂の中井さんが葛餅と葛切りを作りながら葛についてお話をしてくださるのも楽しいのですが、中井さん仰るには、葛は「透明感」「滑らかさ」「やさしい弾力」そして、「劣化の著しい速さ」が避けられない要素なのだそう。
吉野本葛と水を練り合わせて、火を通すと美しい透明の葛餅や葛切りが出来ます。ただ、その美しい姿を楽しめるのはわずか10分間。
それ以降は水が戻り始め、白濁し弾力も鈍ってきます。ただそれは、葛粉と水という自然の素材のみであるが故、必然の現象なのだそう。
目の前で、あっという間に透明の綺麗な葛餅、葛切りが現れたと思ったら、勿体ぶって食べていると確かにじわじわ白く変わってきました。
「あー、無くなってしまうー」と思いつつも、ありがたく美味しいうちに戴きました。これが本当の葛本来の味・・・知っているようで知らなかった世界との出会いです。
賞味期限の短さゆえに通販は無理で、行かないと食べられないお菓子には、京都の「澤屋の粟餅」、函館近郊の「大沼だんご」など好みが幾つかあり、それをきっかけに旅に行くこともありだと考えています。
旅のきっかけは何でも良いもの。さすがに「10分の為」はなかなかありませんが(笑)。中井春風堂にはお土産にも出来る葛菓子も色々ありますよ。
吉野は全国屈指の桜の名所ですが、これから桜の葉が赤く色づき、11月に入るとモミジが色鮮やかに染まります。
山から愛でる荘厳な紅葉と吉野本葛。なかなかに渋い大人の秋旅におすすめです。
細萱久美 ほそがやくみ
元中川政七商店バイヤー
2018年独立
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、美味しい食事、
美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。
文・写真:細萱久美