世界が認める碁石の最高峰。宮崎にだけ残る「ハマグリ碁石」とは
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碁石の最高峰「ハマグリ碁石」
「手談(しゅだん)」という言葉があります。
文字通り、手で会話をすること。といっても「手話」をするわけではありません。
碁盤を挟んで向かい合い、碁を一局打てば心が通じ合うことを意味し、「囲碁」の別名として使われる言葉です。
この、言葉を必要としない会話の主役とも言えるのが、盤上に打たれる碁石たち。
古くから、囲碁を好む人たちは碁石の実用性だけでなく、その見た目・手触り・打ち味・音の響きにまでこだわり、よいものを求めてきました。
「白黒をつける」と言うように、碁石には白石と黒石がありますが、実は、高品質とされるものはそれぞれ原料が異なります。
黒石は、三重県熊野の那智黒石から作ったものが最高級品。
一方、白い碁石の原料は“石”ではなく”貝”。
ハマグリで作った「ハマグリ碁石」は縞目の美しさ、柔らかな乳白色の輝き、手に馴染む重量感などが素晴らしく、白い碁石の最高峰として世界でも人気を集めています。
碁石のために生まれてきた貝を使った「日向のハマグリ碁石」
このハマグリ碁石の産地として名を馳せたのが、宮崎県の日向(ひゅうが)市です。
南北4キロメートルに渡って続く大きな海岸「お倉ヶ浜」では、かつて浜一面にハマグリの貝殻が打ち上げられていたとか。
そもそも、碁石がハマグリで作られるようになったのは17世紀後半のこと。
当時は愛知県 桑名などのハマグリを用いて、大阪で碁石の製造がおこなわれていました。
そこから明治の中頃になり、行商で日向を訪れた富山の薬売りが大阪に持ち帰ったことがきっかけで、日向のハマグリの存在が知られるように。
それまで主流だった貝よりも厚みがあり、組織も緻密で美しかったためすぐに評判となったそうです。
当初は日向で採れたハマグリを大阪に送っていました。
しかし、大阪で碁石製造の技術を学んだ日向出身の原田清吉という人が「日向のハマグリは日向で碁石に仕上げたい」と考え、1908年頃、日向で初めて碁石作りを開始。
それが日向の碁石作りの始まりです。
「日向のハマグリは寿命が14、5年だと言われています。外敵が少ない環境で寿命をまっとうしたハマグリが、海底や砂浜の中に埋まっていた。
それが大波や台風によって浜に打ち上げられ、それを人々が拾って、ということを繰り返してきたわけです」
そう話すのは、日向でハマグリ碁石を作り続けてきた「黒木碁石店」の5代目、黒木宏二さん。
お倉ヶ浜は波が荒く、現在はサーフィンのメッカでもあるほど。その荒波に揉まれる中で、厚く大きく成長。
その美しい縞目の模様も相まって、“碁石のために生まれてきた貝”と言っても過言ではないのが、日向のハマグリでした。
わずかな厚みで価値が大きく変わる碁石の世界
「碁石の価値を決める要素として、“厚み”は非常に重要です。厚いほど希少性が高く、高価になります」
縞目の美しさや傷の有無などを除けば、基本的に厚いほど高価になるという碁石の世界。
厚みは「号数」で区別されていて、たとえば36号は10.1ミリ、38号は10.7ミリといった具合。
コンマ数ミリの違いで号数が変わり、それによって金額も数万円〜数十万、時には数百万といった単位で変わります。
わずかな厚みでなぜ?と疑問に思うかもしれませんが、石を原料とする黒石と比べ、ハマグリの貝殻をくり抜いて作る白石は、出せる厚みに限界があります。
それに加えて碁石は、白石を180個、黒石を181個、それぞれ同じ形・厚み・グレードで揃えないと商品になりません。
13ミリを超えるような厚みの碁石を作ろうとした場合、1セット揃えるだけで数年かかることもあるのだとか。値段が跳ね上がるのもうなづけます。
高く評価されたハマグリ碁石は日向の一大産業となり、さらにその価値を最大限に高めるために碁石製造の工程は進化し、職人の技術も高まりました。
別記事で詳細に触れる予定ですが、原料となるハマグリから取れる最大の厚みを見極め、寸分違わぬ精度で碁石の形に削り、磨き上げていく。碁石職人の技術には本当に驚かされます。
日本で唯一の産地となった日向市
日向のハマグリが見出されてから100年以上が経過。すでに大阪でのハマグリ製造は途絶えてしまい、黒石を含め、日本で碁石製造の技術を受け継ぐ地域は日向だけとなりました。
その日向も、多くの課題を抱えています。
「日向に昔は10社以上あった碁石会社ですが、今はうちを含めて3社しか残っていません」
と黒木さんが言うように、業界内では代替わりをせず、店・会社を辞めてしまうケースが後を絶たないとか。
原料の枯渇。そして「幻の碁石」へ
特に大きな課題が、原料となるハマグリの枯渇。
「4、50年前の時点で、日向ではほぼハマグリが採れなくなり、絶滅に近い状態です」
残念ながら、日向産のハマグリは海底も含めてほとんど取り尽くされてしまい、今では「幻の碁石」と呼ばれるほど、滅多に流通しない存在となってしまいました。
「弊社では、三代目である私の父が新たな原料確保の道を探し、メキシコ産ハマグリの輸入に乗り出しました」
現在、流通しているハマグリ碁石はほとんどがメキシコ産のハマグリを使用しています。そのメキシコ産ハマグリも、安定して輸入し続けられる保証はどこにもありません。
そんな中で、日向だけに残っているハマグリ碁石製造の技術・文化を途絶えさせないために、またハマグリ碁石を求める囲碁愛好家たちの期待に応えるために、できることをやるしかない。
原料が変わっても、変わらないものづくりの技術とプライド、そして時代に合わせた工夫で、碁石の価値を高めていく。
次回は、そんな碁石店の挑戦と碁石製造の舞台裏、さらに熟練の碁石職人の技術にフォーカスしていきたいと思います。
・コンマ数ミリが価値を分ける。日本にわずか数人、石の声を聞く職人たち
・「白黒つけない」サクラ色の碁石が誕生、その裏側にある囲碁の未来に関わる話
<取材協力>
黒木碁石店(ミツイシ株式会社)
http://www.kurokigoishi.co.jp/
文:白石雄太
写真:高比良有城
※こちらは、2019年1月5日の記事を再編集して公開しました。