ミニランドセルで傷もそのまま、思い出を残す。革職人 寺岡孝子さん「1日1個」のものづくり

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約1/4サイズに生まれ変わったランドセル。元の大きさのものと並べると親子のよう

ミニチュアランドセルをつくって20年

「キズはそのまま残してください」

卒業式の季節。ある革職人の元に、こんな要望とともに日本全国からランドセルが押し寄せる。

ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる
ランドセルには、リクエストの書かれた手紙が添えられる

「飼っていたワンちゃんの噛み跡がついている部分を残してほしいというリクエストをもらったこともあります。人それぞれ、いろんな思い入れがありますよね」

そう話すのは、寺岡孝子さん。役割を終えたランドセルをミニサイズに作り変える仕事を20年近く続けている。

寺岡孝子さん
ミニランドセル
約1/4サイズに生まれ変わったランドセル

「魔法の」ミニランドセル

寺岡さんが作るミニランドセルは、1日に1個。

ミニランドセルづくりは、カブセと呼ばれるフタ部分から全パーツを切り出して作ることが一般的。素早くきれいなミニサイズが作りやすいからだ。

しかし彼女は、ランドセルをいったん全て解体し、可能な限り元と同じ場所からパーツを裁断して組み上げる。時間はかかるが、元々あったキズ、汚れ、オリジナルのデザインが残る本物をそのまま「魔法で小さくしたようなランドセル」ができ上がるのだ。

糸の色が2つとも違う。それぞれ元の色に近い糸を使って仕上げている
黒のランドセルは赤い糸、ピンクのランドセルは薄ピンクの糸。元々使われていたものに近づけるため、色糸も使い分ける
内側の柄も、元のまま
内側の柄も、そのままに

思い出をギューッと詰め込んで

「ミニランドセルづくりは、とにかく細かいパーツが多く、手間がかかる仕事なんです。だけど、工程をシンプルにした画一的なミニチュアは私には物足りなくて。元々ランドセルが好きだったこともあり、思い出の部分をギューッとそのまま残せるようにと工夫していたらこんな風になっていました。

以前勤めていた工房では社長に『よくこんなに面倒くさいことができるね』 と驚かれましたが、褒め言葉だと思っています。

プロが見ると効率の悪さに呆れる、誰もマネしない仕様です (笑) 」

鞄作りの修行中にミニランドセルに出会った寺岡さん。まず可愛らしさに惹かれ、その一つひとつに固有の思い出があることに気づき、ますます夢中になった。

そして、ミニランドセルづくりを追求したいと自身の工房を立ち上げた。通常の鞄作りを続けながら、年間200個ほどのミニランドセルを一人で手がけている。

製作したランドセルの記録ノート。受付時に、依頼主のリクエストを細かく確認している。「思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」と寺岡さん
製作したランドセルの記録ノート。持ち主の希望や、構造上の可否を説明したことなどが詳細に書きつけられていた。「最初の対話にしっかりと時間をかけます。思い出の詰まった長いお手紙をいただくこともあります」

ミニランドセルの作り方

まる1日かけて作り上げるミニランドセル。その様子を覗かせてもらった。

この日、手がけていたのはこちらのランドセル
この日、手がけるランドセル。キズとハートマークを残して欲しいというオーダー
名札入れの部分もハートマークにくり抜かれている可愛らしいデザインだった
名札入れの部分もハート型にくり抜かれている可愛らしいデザインに、顔をほころばせる寺岡さん

可能な限り、元の素材を残す

まずは、ランドセルのパーツを切り出す工程。カッターやキッチンバサミなど、革加工用の道具にこだわらず使い勝手の良いものを活用しているそう。

まずは、ランドセルをパーツごとに解体していく

ランドセルは6年間壊れず使えるようしっかりと作られている。それを切り分けていくのはかなりの力仕事。カッターの刃は作業の途中で何度も交換されていた。

「フタを開けて覗いた時の景色も同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
「開けた時の景色が以前と同じだったら嬉しいですよね」と、底板も分解して残す
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を残せるのだそう
糸を切ることで、革に開けられた糸穴を残しておく。この穴を生かして、最後に手縫いで仕上げると元の雰囲気を出せるという

作業していると、中から出てきた鉛筆の芯や削りくずで寺岡さんの手が真っ黒に。

「猫の毛が入っていたこともありましたよ」

使い込まれたランドセルならではの光景だ。

よりオリジナルに近づける工夫

残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク
残して欲しいとリクエストのあった、側面のハートマーク

「以前は、両サイドに柄があったら片方しか残せなかったんです。ミニサイズになる分、側面の革を短くする必要があるので。

でもある時、底面の革を削って、両サイドの革を繋げばできるなぁと思いついて。それ以来、左右とも元のデザインを残せるようになりました」と寺岡さんは嬉しそうだ。

両サイドの柄が残るように、底面を切り落とし長さを短くして繋げた
両サイドの柄が残るよう底面を切り落とし、長さを短くして繋げた。革を扱う職人だからこその技が光る
もちろん、内側の柄もそのまま残るように貼り合わせます
内側の柄も、当然そのまま残るように貼り合わせる徹底ぶり

見えないところも、そのままに

寺岡さんの再現は、見えるところだけにとどまらない。ポケットの内側のパーツや、サイズ合わせのために短くしたファスナーの留め金なども手をかけて取り外して付け直す。

ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出します。ラベル!!
ランドセルに施された刺繍、さらにはポケットの中についていたラベルまで切り出す。ラ、ラベルまで!!

「ここまでくると自己満足かもしれません。でも、ふとした時に気づいてもらえたら喜んでくれるかなと思って」

こちらは、フタについた金具。左右の位置が同じになるよう、解体したら髪に貼り付けておくのだそう
取り外したカシメ (フタについた金具) は、左右を元の通り取り付けられるよう紙に貼り付けて保存しておくのだそう

こうしてそれぞれの場所からパーツを切り出すことで、フタの部分がそのまま残る。これが、正面の印象を元のままにすることにも一役買っている。

フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
フタの部分は金型を使って切り出す。この位置で切り出すと、正面の糸目がそのまま生かせるのだそう
もちろん、時間割ポケットもそのままに
もちろん、時間割ポケットもそのままに

手縫いが仕上がりの印象を決める

全パーツを切り出したところで縫い合わせの工程へ。

ミシンで縫い合わせる準備

オリジナルに近づけるために、ミシン糸も元の色に近いものを選ぶ。

オリジナルに近づけるために、糸の色もより近いものを選ぶ。「同じ赤でも結構違うものなんです」と寺岡さん
色糸サンプルから近しい色を探す。例えば、同じ赤でも色味は様々
ポケットの内側に縫い合わされ、無事に元の位置に戻るラベル
ポケット内側の縫い合わせ。ラベルも無事に元の位置へ
だんだんと元の形に「戻って」きた
縁 (へり) も角の位置を合わせて縫い合わせる。だんだんと元の形に「戻って」きた

仕上げは、手縫い。ロウをつけた2本の太い糸を、革にあいた糸穴に通していく。本来、この縫い方は強度を増すためのもの。まるで本物のランドセルづくりのよう。

「こうすると雰囲気が出てより可愛くなるんです」という
「こうするとよりランドセルらしさが出るんです」と手縫いでランドセルを仕上げる寺岡さん

最後にベルトを取り付けてやっとできあがる。

ついに完成!
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル
底板も収まり、元の景色を取り戻したミニランドセル

力仕事に始まり、細部にまで元の面影を残したミニランドセルが完成した。

ご依頼はお早めに

寺岡さんの元に届くランドセルは、卒業式直後のものだけではないそう。

「引越しやリフォームなどで家の大掃除をした時に、しまい込んでいたランドセルを見つけた方からの依頼もあります。ただ、年数が経っていると革の劣化が進んでいて、加工に耐えない状態のものもあります。早めに依頼いただけるとできることも増えるのでおすすめです」

この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターに来るよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから
この日製作されたランドセルは、側面の柄がセンターになるよう、左右の幅を調整して革を折り曲げた。こうした加工ができるのは革がまだ古くなっていなかったから

しまい込まないランドセル

小学校卒業とともに使わなくなるものの、捨てるには忍びない。そんな思いから、どこかに仕舞い込まれてしまうことの多いランドセル。

寺岡さんの手によって生まれ変わったミニランドセルは、その後どうしているのだろうか。

「『リビングに飾っている』なんて、嬉しいお声をいただきます。小さくて可愛いので、インテリアになるようです。

上のお子さんのミニランドセルを見て、自分のも早く小さくしたいと言う卒業前の妹さんがいたり、中学校のバックも加工してほしいというリクエストをいただいたりしています」

通学鞄としての役割を終えたランドセル。寺岡さんの「魔法」で、思い出を残す新たな出番が始まっている。

<取材協力>
梅田皮革工芸
東京都荒川区南千住3-40-10-314
03-3801-4685
http://www.hakodateume.com/

文・写真:小俣荘子

 

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*こちらは、2019年3月25日の記事を再編集して公開いたしました。

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