山中漆器の「加飾挽き」が凄い! 1mmのズレも許されない職人技に見惚れる
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山中温泉の温泉街から加賀温泉駅方面に下がった場所にある、上原漆器団地。多くの木地屋、塗師屋、蒔絵屋などの工房が並ぶこの地に、『我戸幹男商店』の本社があります。
直営店は2017年11月、ゆげ街道にオープンしましたが、こちらは事務所兼ショールーム。
『我戸幹男商店』はグッドデザイン賞やドイツ連邦デザイン賞銀賞などを受賞している漆器のプロデュース会社です。もともとはお盆や茶托を扱っていたという我戸幹男商店、なぜ数々の賞を獲得するまでに至ったのか。
社長の我戸正幸さんに、お話を伺いました。
“木地の山中”を背負う者として。
『我戸幹男商店』は、1908年(明治41年)に我戸木工所として創業。現在は漆器の企画から販売までを行うプロデュース業ですが、はじまりは木地屋でした。
木地屋とは、漆器の分業の一つ。漆器は木地屋・下地屋・塗師屋・蒔絵屋などといった職人による分業によって構成され、とりわけ山中漆器は木地屋が多い産地です。
正幸さんは1975年に山中で生まれ、「子供の頃から、漆器の仕事以外に選択肢はなかった」と話します。20歳で上京し、8年ほど漆器問屋に勤め、都内のデパートに商品を卸す仕事などに従事。2004年、山中に帰省し、家業を継ぎました。
ところがその頃はバブル崩壊後の不景気真っ只中。中国や東南アジアからの安価な製品に押され、自社の売上も最盛期の半分ほどに落ち込みます。新たな展望も見出せず「毎日、会社へ行って何もしない日々が続いた」と振り返ります。
「山中漆器を現代の価値観にも合うようにリブランドさせるには何をしたらいいか」を突き詰めて考え、行き着いたのは「山中漆器の強みを生かし、ユーザーを感動させる商品づくり」でした。
山中にしかできないことがある。
山中漆器の特徴的な技法に「縦木取り」「加飾挽き」「うすびき」があります。
縦木取りとは木を輪切りにして木材を取ることで、横木取りに比べると木地が丈夫で硬く、歪みが出にくいとされています。(詳しくはコチラの記事を参照)
またこの硬質な木地を生かして、カンナや小刀で並行筋や渦螺旋筋の繊細な模様を装飾するのが「加飾挽き」。職人によって道具も技法も違うので、腕の見せどころでもあります。
そして拭き漆は、美しい木目を生かすため、漆を塗っては拭き取る作業を繰り返して仕上げる技法です。
こうした他の産地にはない特性を生かし、かつ、先代とは違うやり方で、次の世代にも受け継がれる伝統工芸を──。
10年先も美しいもの、売れるものを。
そう模索し、正幸さんの掲げたテーマは「不易流行の漆器づくり」。一時的に売れるものは伝統工芸ではない。10年先も価値が変わらない、シンプルで美しいものを作る。それが我戸幹男商店の方向性である。正幸さんは舵を切り始めました。
2007年、正幸さんはある展示会に周囲が驚くような漆器を出品します。それが「うすびき」シリーズ。硬質で変形が少ない山中漆器の特徴を生かし、まるで紙のように極限まで薄く挽いたカップやボウルです。
さらに、その一部に本来はプラスチック素材などの塗装に用いられる「ウレタン塗装」を施すことで、落ち着いた色合いと耐久性を併せ持つ作品に仕上げました。
「この作品を出そうとした時は、社内でも『こんな薄い皿、絶対に割れる。クレームになるのが目に見えている』と反対されました」
しかし、他の地域にはない山中の独自技術をアピールした商品は予想外に売れ、我戸幹男商店の名を一気に業界へ印象付けました。そこから、国内外の有名デザイナーが「商品デザインをしたい」と名乗りを上げてきたそうです。
次に打ち出したのは、デザイナーとのコラボ商品で、加飾挽きの「千筋」と呼ばれる細い溝を表面に施した茶筒「KARMI(かるみ)」シリーズ。山中にも逗留した松尾芭蕉の俳句理念「軽み」を形にした、削ぎ落とされたシルエットの商品です。
この「KARMI」は山中漆器の技術力を世界に知らせることとなり、その後2010年にグッドデザイン・ものづくりデザイン賞、2012年には国際的に権威のあるドイツ連邦デザイン賞銀賞などに輝きました。
以降も、一汁三菜のための椀や皿が一つの中に収まる「TSUMUGI(つむぎ)」や、か弱げな様、儚げな様という意味を持つオブジェのような椀のシリーズ「AEKA(あえか)」など、デザイナーと協働した20以上のシリーズを発表。
性能のいい国産車じゃない。デザインの優れた外国車を作りたかった。
中でも我戸幹男商店のポテンシャルの高さを世に知らしめる商品は「TOHKA(とうか)」でしょう。今にも折れそうなほど細くはかないフォルムの脚に、天面が薄くカーブを描くワイングラス。漆器の可能性を証明した一品です。
「ただ、これはワインを飲んでもらうために作ったんじゃないんです」と正幸さん。
「これで飲むから美味しくなるとか、香りが増すとか、そういった性能は求めなくて良いんじゃないかと。むしろこれをお寿司屋さんで使って日本酒を飲んだりすると、飲み物に“美しさ”という価値が加わり、より食空間が上質なものに感じられる。
今の日本は何にでも合理性や利便性を求めすぎると思うんです。ある意味そこは伝統工芸に求めてはいけない部分なんです。工芸はアートピースという側面もある。クルマでいえば、外車のような存在です。デザインは優れているけど、ちょっと使い勝手が悪かったりもする。僕は、性能のいい国産車ではなく、人の感性をくすぐるような外国車を作りたいんです」
ただデザインが美しいだけではありません。我戸幹男商店の商品は木地師の揺るぎない技術によって成り立っています。先ほどから出てきている「加飾挽き」は、山中でもできる木地師がかなり減ってきているとか。
正幸さんは、その木地師の存在をとても大切にし、彼らの仕事が前に出る商品づくりを行っています。
「加飾挽きの技を、実際に見てみますか?」と正幸さん。古くから信頼している木地屋の工房に案内してくれました。
加飾挽きの職人技を間近に!
やって来たのは『久津見木工』。製材屋から来た木材を器の形に挽く(削る)ほか、山中では数少なくなった加飾挽きができる貴重な工房です。
久津見さんは職人歴約30年。工房の歴史は父である先代から続き、70年ほど。
一見、気難しそうな久津見洋一さんですが、お名前を聞くと「反町隆史です」と冗談を言って笑わせてくれました。「僕も最初怖かったんですよ。でも全然そんなことないでしょう」と正幸さん。
作業場にこんもりと積もった粉は、木屑。窓や機材の輪郭が分からなくなるほどの木屑に覆われています。
作業は電動ろくろで行います。木地が前後に回転する構造です。
昔はろくろに紐をかけて回す「手引きろくろ」で、たいていは妻が回し、夫が削る、という夫婦一組の作業でした。その後は足踏み式になりましたが、昔と比べると今は負担がだいぶ軽減されたんですね。
例えばお椀を作る工程。輪切りの木から木を切り出します。
左は、荒挽きといって製材屋がある程度削った木材。右は久津見さんが挽いて器の形にしたもの。
左の状態から、水分が5%以下になるまで1~2ヵ月乾燥させ、その後1週間ほど大気中の湿気を吸わせ8%~10%ぐらいまで戻します。
その後仕上げ挽きを行い、器のフォルムに。
ここまでの形になるのに3~4か月かかるのですね。
お待ちかねの、加飾挽きの実演を見せてくれました。
加飾挽きは、カンナや小刀を使って行われます。こちらは全て久津見さんの自作。多くの職人は自分で鍛錬して道具を作るのだそうです。
電動ろくろに木材をセットし、2本の突起が付いた小刀を定間隔にずらしながら当てることでできた模様は「千筋」。加飾挽きの基本的な筋です。
シンプルに見えますが、実はこの筋の入れ具合が商品の仕上がりに大きな影響を与えるのです。
全ての筋が同じ深さにならないといけません。1本だけ深く入ってしまうとそこだけ漆が濃くなり、お客さんから「塗漆にムラがある」と苦情が来ることも。
「稲穂筋」と呼ばれる、細切れの線を渦巻状に付ける手法は、独特なノミを用います。振動によってバウンドさせるよう、刃先がしなやかに動くつくりになっています。
「稲穂筋」の上に、さらに渦巻状の「うず筋」を重ねました。
加飾挽きの筋の種類は40~50ほどもあると言われています。
いい筋は、生きている。
「いい筋は、走っています」と久津見さん。走っているとは、ほとばしるように鮮やかに、まるで生きているような躍動感をもつ筋。
高速回転する木地に刃を当てるという、文字にすると単純な技ですが、0.1mm単位で刃先を微妙にずらし、木目を意識して指の力の入れ方を変え、回転を逆にしたり戻したりと、熟練の勘や集中力がないとできない技術。
久津見さんは足指の微妙なアクセルワークでペダルを踏めるよう、常に裸足。また指から木の振動がじかに伝わるよう、グローブは指部分を切ったものをはめています。
まさに木と対話するように、一つ一つ、商品をつくり上げていきます。
「加飾挽きは、お椀の横に付けて滑り止めにしたり、菓子鉢の中心にはめ込んだ木の継ぎ目を隠すために付けたりされてきました。ただのアラ隠しだと言う人もいる。ですが、一つの技術として自信を持って継承したい。だから僕は自社の商品に加飾挽きを取り入れているんです」と正幸さん。
久津見木工では「KARMI」シリーズなどを一手に引き受けています。
「我戸さんところは面倒なもんばっかり、ウチに持って来よるんですよ」
「いや、久津見さんは単純なお椀とか作らしとったらもったいない」
そんな二人のやりとりを見ていると、作り手に対する尊敬と信頼があってこそ良い商品が生まれるということを実感させられます。
『我戸幹男商店』の商品はインターネットでも購入できますが、お店で実際に触れて、質感を確かめてみてください。一つひとつ手作業でつくられたやわらかな手触りは、しっくりと肌になじむはずです。
山中温泉にある直営店『GATO MIKIO/1』について紹介している記事は、こちらをどうぞ!
<取材協力>
GATO MIKIO/1
石川県加賀市山中温泉こおろぎ町ニ-3-7
0761-75-7244
http://www.gatomikio.jp/1/
文:猫田しげる
写真:長谷川賢人
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