四国唯一の菓子木型職人を訪ねて、高松へ。

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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
ここのところ和食と並んでその美味しさ、美しさが見直されてきている和菓子。あわせてお干菓子や練り切りの型抜きに使う菓子木型も、その造形の美しさから人気を集めています。今、菓子木型を作る職人さんは全国でも数人。聞けばそのうちの一人、四国・九州では唯一の職人さんが香川県高松市にいるとのこと。しかも、その娘さんが木型を使った和三盆づくりの教室を開いているそうです。これは行かないわけにいきません。美しい菓子木型作りの現場を訪ねる前編と、実際に菓子木型を使って和三盆作りを体験する後編と、2回に分けてお届けします。

讃岐三白の地で花開いた和菓子文化

香川県民の足・琴平電鉄(通称ことでん)を花園駅で下車。高松市内随一の繁華街、瓦町からもほど近いこの花園町に、四国・九州で唯一、菓子木型を作り続ける市原吉博さんの工房があります。

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一見普通のお家のような玄関を入ると、窓辺の机に並んだたくさんの菓子木型と彫の道具。奥には電動糸のこの機械。静かに彫刻刀を動かしながら、「どうぞ」と市原さんが迎えてくれました。

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お邪魔した日に制作されていたのは、個人の方から依頼のあった別注の菓子木型。最近は和菓子やさんに限らず、こうした一般の方から制作の依頼が増えているそうです。華やかなこの木型は、横浜にお住まいの方が古本屋で和菓子の古本を見つけ、そこから起こした図案とのこと。

右の絵が古本から起こした実際の図案。こちらを元に彫られたのが左の菓子木型。
右の絵が古本から起こした実際の図案。こちらを元に彫られたのが左の菓子木型。

「その和菓子を何に使ってどう見せたいのか、向こうから意見を聞いたらこちらが完成まで組み上げる。普通の練り切りは40グラムぐらいなんやけど、この木型の場合は150~200グラムで作りたいという依頼。木がこうだからバランスはこれくらいやな、厚みはこれくらいやな、と見当をつけて、作ってみたらこれは175グラムでどんぴしゃりやった」

実際に和菓子を作る際には、意匠の彫られた木型に、同じサイズにくりぬかれた上板(右手)を合わせて中身を詰め、厚みを持たせる。
実際に和菓子を作る際には、意匠の彫られた木型に、同じサイズにくりぬかれた上板(右手)を合わせて中身を詰め、厚みを持たせる。

和菓子の姿かたちに直径などの決まりはなく、大きさよりも重さを念頭に型を起こすのだそうです。平面的な図案から、いかに立体の姿を想像して依頼者のイメージを叶えるかに、菓子木型職人の腕が問われます。

常時50種類はあるという彫刻刀。持ち手は全て自分で削ってカスタマイズしているそう。
常時50種類はあるという彫刻刀。持ち手は全て自分で削ってカスタマイズしているそう。

四季折々の草花やおめでたいモチーフなど、色かたちの美しい和菓子が多様に作られるようになったのは、実は江戸時代になってから。菓子木型の登場もこの頃です。それまで中国からの輸入に頼りきりだった砂糖づくりを、8代将軍徳川吉宗(よしむね)が各藩に奨励します。そこで全国に先駆けて量産を成功させたのが、松平氏の治める高松藩。今に続く高級砂糖、和三盆の誕生です。砂糖は塩・綿と並んで讃岐三白(さぬきさんぱく)と呼ばれ、産業として大きく発展し、藩の重要な財源になったそうです。

「当時の砂糖は最高級の贅沢品。砂糖をふんだんに使う和菓子は富と権力の象徴のように使われていました。お城のあるところには和菓子屋さんがいて、木型職人もいて」

後にお話を伺った市原さんの娘さん、上原あゆみさんがそう教えてくれました。砂糖の製造販売で繁栄した高松城下も、もちろん和菓子文化が花開いた土地の一つ。市原さんは高松の地で木型の卸売をする家業に携わるうち、自ら菓子木型を彫るようになっていったそうです。

工房に併設されたショールームには、様々な意匠の菓子木型が所狭しと並ぶ。
工房に併設されたショールームには、様々な意匠の菓子木型が所狭しと並ぶ。
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菓子木型の職人はいまや全国でも数人を数えるほどに減少し、四国・九州では市原さんお一人のみ。1999年には香川県の伝統工芸品に菓子木型が指定され、市原さんは県の伝統工芸士認定を受けました。2004年には厚生労働大臣から授与される卓越技能章「現代の名工」に。2006年には黄綬褒章を受章。評判を耳にした人からの依頼は、全国、ときには海外からも入ってきます。

「大切にしているのは5J。『人脈』、『情報』、『情熱』。否定せんと、明るく元気に。それを言葉に表わすために『饒舌に』。それにはユーモアも無いといかんけん、『ジョーク』も。全ておもてなしや」

そう。市原さん、お話が面白いのです。インタビューをしていると、市原さんは「はい」や「そうです」と答えるかわりに「オーイエス、ウエルカム」と答え、「いいえ」や「違う」という時には「ワイパーや」と被りをふります。

LINEで図案が届く時代の職人流儀

「ワイパーいうのは僕のオリジナルの言葉なんやけど、決して『いや』という否定語を使わんのですわ。頼まれごとも基本、全部受ける。だからどうしても否定や断りが要る時には『ワイパーや』って被りをふる。これがウケるんや」

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つられて笑っていると、

「頼まれごとは試されごとで、受けてからもがく時間。相手の顔に答えは出るんや」

ドキリとする言葉です。市原さんが彫刻刀を握る作業机は、右側に電話、左側にはパソコン。手の届く範囲に、いつでも注文を受ける体制を整えています。取材時、市原さんの携帯にはLINEで次の木型の図案にする花の写真が送られてきていました。

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「安請け合いしてから、僕の戦いが始まるんや」

ユーモアたっぷりに話してくださる中に、それだけではない空気感が時々漂います。これは一体、と気になりつつも、そろそろ和三盆体験の時間です。

「菓子木型がどんなふうに使われているか、ぜひ見て来て下さい」

体験の場に何かヒントがあるかもしれない。そう思って工房から徒歩数分の、和三盆体験教室に向かいます。

(明日の後編に続きます。)

木型工房 有限会社市原
香川県高松市花園町1-7-30
087-831-3712
https://www.kashikigata.com/
*事前に申し込めばショールームの見学が可能

文・写真:尾島可奈子

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