佐賀には人々に愛される鬼がいる?!鹿島の「浮立面」づくりの工房を訪ねて
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日本人は古くから、ふだんの生活を「ケ」、おまつりや伝統行事をおこなう特別な日を「ハレ」と呼んで、日常と非日常を意識してきました。晴れ晴れ、晴れ姿、晴れの舞台‥‥清々しくておめでたい節目が「ハレ」なのです。
こちらでは、そんな「ハレの日」を祝い彩る日本の工芸品や食べものなどを紹介します。
佐賀県鹿島市で親しまれる鬼の面
「鬼」というと、節分や昔話の鬼退治など「追い払うもの」「悪者」というイメージが付いて回りますが、鬼に親しみを持って大切に扱う地域があります。
佐賀県鹿島市。この地には、鬼面をつけて集団で舞う「面浮立 (めんぶりゅう) 」が多く残っており、重要無形民族文化財に指定されています。現代では、秋に五穀豊穣を祈り奉納されています。
そう、神さまや天に向かって鬼が舞うのです。
面浮立は、戦で鬼面を被って奇襲をかけ、敵方を翻弄し勝利を収めたことが始まりとの言い伝えがあります。鬼が敵を追い払ったのですね。
この鬼は決して人に害を及ぼすことはなく、人々の生活を守り、悪霊を退治する存在として親しまれ、大切に扱われてきました。
「浮立」は「風流」が語源とも言われ、美しく勇壮な舞が表現された言葉なのだそう。このときに踊り手がつける鬼面を「浮立面 (ふりゅうめん) 」と言います。
行事で使う浮立面は地域ごとに保管されていますが、「魔除け」として家に浮立面を飾る習慣も根付いています。現代では、結婚祝いや新築祝いの贈り物として用いられることも多いのだそう。
この浮立面を4代にわたって作り続けている、杉彫工房を訪ねました。
面と向き合いながら形を掘り出していく
浮立面を間近に見ると、その立体感、厚みに驚きます。
「浮立面は伝統工芸品なので、自己流の創作ではなく、元の姿を忠実に受け継いで作る必要があります。地域ごとのデザインを次世代につないでいくことが私の役割です。
立体感があるので、彫るには面をよく観察することが重要になります。左右のバランスを取るにも、定規で測っただけではその通りになりません。数字だけに頼ると位置がずれてしまう。
正面からだけでなく、上から、後ろから眺める。そうしてバランスを確認して彫っていく。木目によっても印象が変わるので、それも考慮します。
長年掘り続けることで、この勘所を磨いていきます」と当主の小森惠雲さん。
地域ごとに顔の幅や表情が異なる浮立面。少しの削り角度や削り位置の違いで全く異なるものになってしまうのだそう。実際に彫る様子も見せていただきました。
「鬼」は自分の中にあるもの
「鬼ってなんだと思いますか?」
小森さんに問いかけられました。小学校で浮立面の指導をするときに、子どもたちにもまずこの言葉を投げかけるのだそう。
「鬼は、一説には『隠 (おぬ) 』や『隠形 (おんぎょう) 』を語源として『おんに』になり、『鬼 (おに) 』となったといわれています。目に見えない、この世ならざるものや恐怖などを具現化したものが鬼なんですね。
天災や疫病などの思い通りにならないもの、自分の都合の悪いこと、己の中にある悪の気持ち、その全てが鬼と言えます。言い換えると、その姿を通してその存在に気づかせてくれるものでもあります。
例えば節分では『鬼は外、福は内』と言いますが、鬼は追い出されてそのままではかわいそうでしょう。自分の中の鬼を一度外に出して、その存在に気づいて、良い鬼 (福) に変えて心の内に返す。
恵方巻きを食べて、ただ待っていても物事は良くはならないですよね。自分の心を改めることが大切なのだと思うのです。
人間には煩悩がたくさんあるから、自分さえ良かったらいいという人もいるかもしれない。でもこうやって考えて、少しずつ自分の心を変えていったら、もっと世界は良くなると思うのです。
それに気づかせてくれるのが鬼なんだと私は考えています」
「お面は、顔の印象や表情をデフォルメしたものです。恐怖の表現から鬼は生まれていますが、浮立面も元は人間かもしれないと思うことがあります。鬼の顔から、ツノとキバを取ってみてください。可愛らしい顔なんですよ。
人間と変わらない。笑顔にすら見えるものもあります。地域によって色々な表情があるので、向き合っていると、怖い顔もあれば、寂しそうな顔の面にも出会います」
「自分の内なる鬼を見つけて取り出し、良いものにして己の中に戻す」
鬼面と向き合い続ける小森さんの言葉が印象的でした。
鬼は私たちが自分を省みる機会を作ってくれているのかもしれない、佐賀の人々の鬼との向き合い方に触れて鬼へのイメージが少し変わりました。
今度は秋に、面浮立を見にまたこの地を訪れてみようと思います。
<取材協力>
杉彫
佐賀県鹿島市古枝甲1221-1
0954-62-9574
文・写真:小俣荘子
面浮立・浮立面 画像提供:鹿島市