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南部鉄器とは

岩手が世界に誇る、鉄鋳物の伝統

南部鉄器

岩手県の盛岡市と奥州市でつくられる伝統工芸品「南部鉄器」。

江戸時代、大名たちの間で流行していた「茶の湯」をきっかけに生まれました。

黒々としたいかにも「鉄」らしい風合いのものをはじめ、今日では赤や青などカラフルなものもあります。

南部鉄器 OIGEN

また、南部鉄器の鉄瓶で沸かしたお湯はまろかなか味になる、と国内のみならず、海外のお茶愛好家からも人気です。

今回は、世界に誇る南部鉄器の歴史と特徴、豆知識をご紹介します。

南部鉄器とは。沸かすだけでお湯が美味しく、鉄分豊富になる

南部鉄器 OIGEN

南部鉄器とは、17世紀ごろから岩手県の盛岡市や奥州市でつくられてきた鉄鋳物の総称である。鉄鋳物とは溶かした鉄を、鋳型に流して形をつくる技法。主に茶釜や急須、鉄瓶や鍋のなどの生活雑器がつくられている。

「南部鉄瓶に金気なし(金気とは水に溶け出た鉄分、そのにおいや味)」と称されるほど鉄臭さがなく、沸かしたお湯でお茶を淹れるとまろやかな味わいに。サビが出にくく、丈夫なため手入れをすればまさに「一生モノ」として使える。

南部鉄瓶 白湯

最近では伝統的な黒のほかに、赤や青、緑など様々な色合いのもの、そして多様な紋様や造形のものが登場。アメリカやヨーロッパ、アジア諸国などにも輸出されており、南部鉄器はお茶愛好家を始め海外でも人気を集めている。

ここに注目 南部鉄器といえばやはり「南部鉄瓶」

南部鉄器には茶釜や急須、鍋など様々な製品がある。その中でもとくに有名なのが「南部鉄瓶」で、丸型、平丸型、なつめ丸型、南部型など様々な造形のもの、桜、菊、牡丹、松、竹、馬や亀など多様な紋様のものがある。

南部鉄瓶で代表的な紋様といえば、表面に丸いつぶつぶの突起「あられ」。球状の鉄瓶に紋様が美しく並ぶよう、あえて上にいくにしがたい突起は小さくなるよう打たれる。あられの形、深さ、間隔などは職人によってそれぞれ違う。

南部鉄器 あられ

なお、「鉄急須」と同じものだと勘違いされがちだが、用途そのものが異なる。

鉄急須は内側が「ホーロー(金属にガラス質の釉薬を高温で密着させたもの)」になっておりガラスのような輝きがある。しかし、ホーローは割れやすいため、直接火にはかけられない。大抵の製品にはステンレスの茶こしがついており、茶葉を入れてお湯を注ぎこみ、お茶をいれる道具として使われる。

一方で、南部鉄瓶の内部は「釜焼き(高温で焼いて、サビにくくしたもの)」されているだけで、直接火にかけても問題がない。ステンレスの茶こしもついていないため、火にかけてお湯を沸かすための道具として使う。

さらに、南部鉄瓶は内側の鉄がむき出しのため、お湯を沸かすと鉄分が溶けだす。お湯に含まれる鉄分の量は、アルミやステンレスと比べて約15〜19倍にもなり、お湯を沸かして飲めば鉄分補給ができる、としても注目されている。

<関連の読みもの>

南部鉄器の鉄瓶で沸かす「完璧な白湯」

南部鉄瓶の日々のお手入れ・使い方。サビ取りは「煎茶の茶がら」でできる

南部鉄器 OIGEN

南部鉄器にはいくつもの製品があり、それぞれにお手入れの方法が異なる。ここではとくに有名な「南部鉄瓶」のお手入れについて以下にまとめる。

○使い始め

南部鉄瓶の蓋をとり、内部を水で軽くすすぐ。このとき、スポンジやたわしでこすってはいけない。その後、鉄瓶の8分目くらいまで水をそそいで、沸騰させる。使い始めにはこの作業を2〜3回ほど繰り返すのがいい。

なお、鉄臭さが残ってしまうときには、1〜2回ほど水ですすいだら、湯のみ1杯分くらいの「煎茶の茶がら」をダシ取り用などパックに入れて、お湯と一緒に半日ほど煮込む。この作業を2〜3回ほど繰り返すとおおよそ鉄臭さは取れる。

○使用後の取り扱い

南部鉄器の内側はとくに釉薬などでコーティングされていないため、水気が残ったままにしていると、サビの原因になる。そこで、鉄瓶でお湯を沸かしたら、残った湯はすべてだす。蓋を外し、そのままにしておけば余熱で乾燥される。

もし、余熱で乾燥しないときには、蓋を外し、15〜30秒ほど加熱する。なお、使い始めと同様に、内部をたわしでこすったり、洗ったりしてはいけない。

○内部に出たサビでお湯が濁る時

水を捨て忘れたり、湿気の多いところで保管していたりして南部鉄瓶にサビがついたときは、「煎茶の茶がら」でサビ取りができる。鉄瓶の8分目くらいまで水をそそぎ、茶がらをダシ取り用などのパックに入れて、湯が黒くなるまで20分ほど煮出す。茶ガラはそのままにして、溢れない程度に水を継ぎ足したら半日ほど放置する。

もし、これをしてもまだサビが残っているのなら、同じ工程を2〜3回ほど繰り返すといい。ただし、鉄瓶は使い始めてから1週間ほどで赤いサビのようなものができ、さらに使い込むと「白い湯垢」がつく。これはサビではないので煎茶でのサビ取りはもちろん、洗ったり、たわしでこすったりする必要はない。

○長く使うためのコツ

・洗うときはこすらずに、水ですすぐだけでいい

・空焚きはしないように注意する

・鉄瓶の中に湯や水を入れたままにしない

・鉄瓶の中、外が水で濡れたままにしない

・しまい込むのではなく、使い込むようにする

・湿気のない、風通しのよいところに保管する

南部鉄器の豆知識

○ひとつずつ異なる音色を楽しもう

南部鉄瓶には職人それぞれの技術、アイディアが詰まっている。そのひとつが、お湯を沸かしたときの「音」だ。注ぎ口の取り付け位置、蓋の重みなどが微妙な加減で調節されており、鉄瓶それぞれにお湯を沸かしたときの音が違う。南部鉄瓶を手にしたら、ぜひお湯を沸かすときの音に耳を傾けてほしい。

○実は鉄瓶には裏表がある

及源 鉄瓶

意外と知られていないことだが、南部鉄瓶には「裏」と「表」がある。鉄瓶の注ぎ口を向かって右側に置いたときに、見えている正面側が「表」、見えていない反対側が「裏」だ。これが鉄瓶の正しい置き方とされ、岩手県立博物館などで陳列されている南部鉄瓶はどれも同様に注ぎ口が右側を向いている。

南部鉄器の歴史

南部鉄器 OIGEN

○金工品の始まりは弥生時代

日本で金工品(金、銀、銅、錫、鉄などの金属を加工してつくられる工芸品)の製造が始まったのは弥生時代。大陸から日本に鉄器や青銅器などが伝えられたとされており、実際にこの頃の古墳などの遺跡からは銅剣や銅鏡が出土している。

○鋳物は戦国の世が広めた

室町時代以前、鋳物職人の多くは京都に集中していた。それが戦国時代に入ると、戦支度のために武具が求められ、大名たちはこぞって鋳物職人を抱えこむようになる。

1600年ごろ、山形城主の最上義光が鋳物職人の人足役(労役のこと)を免除したことからも、当時の鋳物職人が優遇されていたと分かる。こうした背景から鋳物職人は京都から各地へと移り、高度な鋳物技術は全国に広まっていく。

○南部鉄器と茶の湯文化の関係

南部鉄器の始まりは江戸時代初期で17世紀中頃。大名のあいだで茶道が流行しており、南部藩(現在の岩手県中部)の藩主が1659年(万治2年)に京都から御釜師・小泉五郎七清行 (読み方がわかればご教示ください) を招いて、茶の湯釜をつくらせたのがきっかけとされる。

一方で、臨済宗の僧侶・規伯玄方(きはくげんぽう)が、芦屋釜(福岡県遠賀群芦屋町付近でつくらる茶の湯釜)を伝えたのが始まりともされる。規伯は対馬藩の外交僧であった景轍玄蘇(けいてつげんそ)の弟子で、盛岡には国書改竄の罪で流刑とされていた。規伯は上方文化(京都や大阪周辺の文化)や茶道に深い知識をもっており、また筑前(現在の福岡県)の出身であったことから、芦屋釜の製法が伝えられ、南部鉄器がつくられるに至ったというわけだ。

当時の南部藩は産業や文化について関心が高く、全国各地から鋳物師や茶釜職人を招いて手厚く保護していた。また、領内では鉄や粘土、漆などの原材料が豊富に産出していたこともあり、南部鉄器はしだいに発展していく。

○南部鉄器の代表作「南部鉄瓶」

南部鉄器でもっとも有名な製品「南部鉄瓶」が誕生したのは江戸時代中期の18世紀ごろ。南部藩に仕えていた3代目御釜師・小泉仁右衛門清尊(こいずみにんざえもんきよたか)が考案したとされる。片手でもお湯を注げるように、と当時からあった茶釜を小ぶりにし、注ぎ口とつる(取っ手)をつけたのが始まり。その後、南部鉄瓶は茶釜に代わって普及していくこととなる。

○勧業博覧会で受賞から全盛期

明治時代になると、当時の皇太子(のちの大正天皇)が南部鉄瓶の製作現場を見学され、そのことが全国の新聞で取り上げられる。また、「第一回 内国勧業博覧会(殖産産業の推進を目的とした博覧会)」にて高く評価され花紋賞牌を受賞した。

こうしたことから南部鉄器の名は全国に知られることとなり、大正時代には東北から全国にその販路を広げていく。この頃がまさに南部鉄器は全盛期であった。

○第二次世界大戦、そして衰退

昭和時代、第二次世界大戦が開戦されると職人は徴兵され、鉄は供出されたために南部鉄器の生産は一時的に制限される。さらに、大戦後には人々の生活そのものが様変わりし、南部鉄器は生活必需品ではなくなってしまう。

○「南部鉄器」ブランドの確立

1959年、盛岡市と奥州市の組合が連合会を発足し、2つの産地でつくられてきた鉄器が「南部鉄器」という統一名称となる。奥州市はかつて伊達藩(現在の岩手県南部)が治めており、南部藩と同様に鋳物師は保護され、鋳物文化を発展させてきた。

また、1975年(昭和50年)には南部鉄器は国の伝統的工芸品として第一号認定を受ける。こうしたこともあり、南部鉄器はブランドとしての地位を確立した。

<関連の読みもの>
「『金工品』とは。食器から日本刀まで、金属加工の歴史と現在」
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/117540

ここで買えます、見学できます

○OIGEN ファクトリーショップ

南部鉄器 OIGEN

1852年創業、160年以上の歴史をもつ南部鉄器の鋳造工場「及源鋳造株式会社」が手がける直売店。古くからある南部鉄瓶や鉄鍋のほかに、現代のライフスタイルに合わせたフライパンや鍋などの調理器具、ここでしか買えない製品が販売されている。また、店舗はかつて会社の集会所だった建物を生かして改装されており、職人が使っていた作業台は当時のままで、工場の雰囲気を肌で感じながら買い物を楽しめる。

OIGEN ファクトリーショップ

○奥州市伝統産業会館

東北新幹線「水沢江刺」駅の前にある「奥州伝統産業会館」は、南部鉄器の歴史や技術を伝える施設。館内には南部鉄器の資料や作品が展示されているほか、かつての鉄器工房が再現され鉄器づくりの工程を知ることができる。また、併設された売店では鉄瓶や花器、風鈴などの製品、工芸士による作品を販売している。

奥州市伝統産業会館

○盛岡手づくり村

「盛岡地域地場産業振興センター」と「南部曲り家(江戸時代後期の建物)」、そして「手作りゾーン」の3つのエリアからなる「盛岡手づくり村」。手づくりゾーンでは薫山工房や虎山工房、藤江工房など南部鉄器の工房が立ち並び、各工房の製作現場を見学できる。また、施設内には「展示即売室」があり、南部鉄器や南部せんべい、盛岡そばなど岩手県内の特産品がおよそ4,000種類も販売されている。

盛岡手づくり村

南部鉄器の基本データ

○主な産地

南部鉄器の主な産地は、岩手県の盛岡市と奥州市の2地域である。

○主な素材

南部鉄器の主な素材としては以下のものがある。

・銑鉄(せんてつ):かつては山砂鉄が使われたが、現在ではほとんど採れない

・川砂/粘土:鋳型をつくるときに使われる

・埴汁(にじる):粘土を水に溶かした汁。鋳型をつくるときに使われる

・木炭:鋳型を乾燥させたり、溶鉱炉で鉄を溶かしたり、鉄瓶に着色したりと様々な場面で使われる

・おはぐろ:鉄くずに酢酸を加えてできる酢酸鉄溶液。漆を塗った後の鉄瓶に塗ることで、漆を定着させ、表面に重厚な光沢が生まれる

・くご(植物):古くから産地に群生していた植物。「くご刷毛」をつくるのに使われる

・漆:熱や酸に強いことから、鉄器の表面に色をつけるのに使われる

○主な道具

また、主な道具としては以下のようなものがある。

・木型:鋳型の形をつくるための型。かつては木製であったが、今日では変形しにくい鉄板でつくられる

・実(さね)型:鋳型のベースになる型

・鋳型:溶けた鉄を流しこみ、製品の形をつくる型。上の部分の胴型、下の部分の尻型を合わせてできている

・中子(なかご):鋳型の中に空洞をつくり、製品の厚みをつくるための型

・くご刷毛:くごを束ねてつくられる筆のようなもの。漆などを塗るのに使われる

・タガネ/ヤスリ:木型(鉄板)を図面に合わせて削るのに使われる

・ヤスリ:木型(鉄板)を図面に合わせて削るのに使われる

・ヘラ:鋳型の内側に線をひき、絵柄を描くのに使われる

・あられ棒:真鍮の棒で、先が尖っている。「あられ」模様をつけるのに使われる

○代表的なアイテム

・南部鉄瓶

・茶釜

・急須

・フライパン

・風鈴

・灰皿

・花器

○主代表的な工程

・作図と木型:デザインにもとづいて木型をつくる

・鋳型(いがた)づくり:木型を回しながら、砂と粘土で鋳型をつくる

・文様捺し(おし):鋳型の内側に紋様を押したり、肌打ち(凹凸をつける技法)をする

・中子(なかご)つくり:砂に埴汁を混ぜて、中子型に入れて中子をつくる

・鋳型の組み立て:胴型と尻型、中子を合わせて鋳型を組み立てる

・鋳込み:溶けた鉄を柄杓(ひしゃく)で鋳型に流し込む

・型出し:鋳型が冷えたら固まった製品を取り出す

・金気止め:900度前後の木炭炉の中で製品を焼く

↓※燃えている木炭で鉄器を焼くことで、表面に四三酸化鉄の酸化被膜ができてサビを防ぐ。明治時代からつづく南部鉄器ならではの伝統技法

・研磨と着色:外面の酸化被膜を針金ブラシなどで擦り、ぐこ刷毛を使って表面に漆などを塗っていく

○数字で見る南部鉄器

・誕生:1659年ごろ

・伝統的工芸品指定:1975年(昭和50年)に国から指定を受ける

・輸出額:6億円(2014年時点)

関連する工芸品

金工品:「『金工品』とは。食器から日本刀まで、金属加工の歴史と現在」
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/117540

<参考>

・『岩手県立博物館だより No.101』岩手県立博物館(2004年)

・『都道府県別 日本の伝統文化 ❶北海道・東北』株式会社国土社(2014年)

・佐賀大学名誉教授 長野 暹『研究ノート 南部鉄器の技術伝承に関する一考察』(2013年)

・こどもくらぶ 編『企業内「職人」図鑑 私たちがつくっています。⑩伝統工芸の三』株式会社同友館(2016年)

・こどもくらぶ 編『ポプラディア情報館 伝統工芸』株式会社ポプラ社(2006年)

・萌樹舎 編『シリーズ「日本の伝統工芸」第3巻 金工品<南部鉄器>』株式会社リブリオ出版(1988年)

・OIGEN 南部鉄瓶と鉄急須の違い

https://oigen.jp/enjoy/firsttouch/12629
・OIGEN 鉄瓶の使い始めとお手入れ方法

https://oigen.jp/care/tetsubin
・芦屋釜の里 芦屋釜とは

https://ashiyakankou.com/ashiyagama/about/
・盛岡バーチャル博物館

http://www.odette.or.jp/virtual/
・Takara standard ホーローが愛される理由

https://www.takara-standard.co.jp/reform/contents/holo.html
・工芸クロニクル 山形鋳物

http://kogei-chronicle.jp/item/yamagataimono/index.html
・いわての伝統工芸 匠の技

https://www.pref.iwate.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/008/996/kouichiban.pdf
・岩手県 南部鉄器(いわてお国自慢)

https://www.pref.iwate.jp/kensei/profile/1000655/1021500.html
(以上サイト最終アクセス日:2020年6月8日)

<協力>
及源鋳造株式会社
https://oigen.jp/
南部鉄器協同組合
https://www.ginga.or.jp/nanbu/

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