瀬戸「招き猫ミュージアム」で知る、招き猫の意味と楽しみ方。お金招きはなぜ右手?
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焼きもので有名な愛知県瀬戸に、日本最大の招き猫専門博物館があると耳にしました。その名も「招き猫ミュージアム」。
そもそも身近にありすぎて、その由来や付き合い方を意外と知らない招き猫。ミュージアムを訪ねて、その魅力を探ってきました。
器だけじゃない。招き猫の街・瀬戸へ
名古屋から私鉄で1時間ほどのところにある愛知県、瀬戸市。言わずと知れた焼きものの街ですが、ミュージアムの存在を知るまで招き猫のイメージは持っていませんでした。
実は瀬戸はかつて人形や鳥などを゙精密に表現したセト・ノベルティと呼ばれる海外輸出向けの置物を多く生産していた街。その元祖が招き猫だったそうです。
歴史は明治30年代から始まりおよそ100年。2005年にオープンしたというミュージアムは、洋風文化が入ってきた当時をイメージしたという和洋折衷の外観でした。
案内いただく井上さん、鈴木さんに続いて展示フロアの2階へ向かうと、様々な出で立ちの招き猫たちが、右手をあげ左手をあげ、お出迎え。‥‥すごい数です。
「ここには日本中から集めてきた招き猫がおよそ5000点、収蔵されています。日本で最大規模の招き猫専門博物館なんですよ」
5000点!一体どうやってこれだけの数を集めたのでしょう?
「実は全て、板東寛司さん、荒川千尋さんというご夫妻が個人で集められたコレクションなんです。元は群馬県の嬬恋にコレクションを展示するミュージアムがあったのですが、冬は豪雪地帯で、来られる方も限られていたのですね。
すると来たお客さんがみなさん、『もっとたくさんの人に見てもらった方が良い』と仰られて。それで元々招き猫づくり発祥の地であったわが町にぜひ、と移転先として手を上げました。運営している私たちは中外陶園という地元の焼きものメーカーです。日本で一番多く招き猫を作っているんですよ」
メーカーさんが運営している博物館というのも珍しいですね。ただ、正直に言うと、あまり瀬戸に「招き猫」のイメージがなかったのですが‥‥
「そうですよね。実は招き猫にも様々な変遷があって、時代や土地によってとっても表情豊かなんです。ひとつずつご紹介していきますね」
招き猫、お金招きはなぜ右手?
「招き猫は日本発祥の縁起物。江戸の町人文化の中から生まれました。浮世絵にも露天商が招き猫を売っている姿が描かれています。まず、右手、左手の違いはご存知ですか?右手がお金招き、左手が人招きの手ですね」
「元々の招き猫は左手を上げていたそうです。そのうち右手上げも作られるようになり、当時人々は着物の左のたもとにお金を入れていたので、お金を出し入れをする右手を上げた招き猫をお金招きと呼ぶようになったようです」
なるほど。左右による意味の違いは後からできたんですね。
「発祥は諸説あるのですが、豪徳寺の白猫伝説は有名な話です。他にも浮雲伝説や金猫・銀猫など遊郭が舞台の話も多く、遊女がお客を手招きする姿を真似た、花街のお土産だったとも。
江戸の花街で遊んだ旦那衆が郷里の奥さんに申し訳ないからと、お土産に買って帰るのが流行り、それが全国に伝わるきっかけになったという説です」
招き猫発祥にまつわる逸話は様々あるそうですが、どれも「猫の恩返し」の話だと言います。そちらも調べてみると面白そうですね。
「縁起物のひとつとして京都伏見稲荷の門前で売られるようになると、全国から参拝に来た人々が郷里へのお土産に持ち帰り、次第に全国各地でも様々な招き猫が作られるようになったと言われています。北の方は、色彩が鮮やかなんですね。伏見の招き猫は、やはりきつね顔です」
「黒猫の招き猫は、黒が魔除けや厄除けの意味を持ったためです。羽織りを着ているものもあります。これは、猫を格上げさせるため」
「この三河系土人形は、背中が塗られていないでしょう。なぜだかわかりますか?これは『質素倹約、無駄なことはしない』という三河の人間の気質なんですね。わざわざ裏まで見る人は少ないですからね」
「これは養蚕の盛んな地域で作られた招き猫です」
「お蚕の繭をネズミが食べてしまうので、本当は養蚕農家さんは猫を飼いたいけれど、すべての家が飼えるわけではありません。
そこで張子の招き猫や猫の描かれた掛け軸を家に飾ることが、さかんに奨励されたそうです。養蚕で有名な群馬はだるまの産地でもありますから、だるまさんを抱えた招き猫もいますね」
地域ごとに、なんて個性豊かなのでしょう。ミュージアムには、何時間でも滞在して棚の前から離れない方もいらっしゃるそうですが、その気持ちもわかる気がします。
瀬戸の招き猫、一味違う表情は手探りの証
次はいよいよ瀬戸の招き猫のゾーン。ちょっと、よく見かける招き猫と雰囲気が違います。
「伏見稲荷の門前で売られていた招き猫は、はじめひとつ一つ手作りでしたが、買い求める人が多くなると大量につくる必要から、石膏の型を使って焼きものを量産している瀬戸に白羽の矢が当たったそうです。
明治30年代頃でした。初めて作るものですから、一体どんなものか、はじめは手探りでのスタートです。
瀬戸の招き猫はスリムで猫背、より本物の猫に近い姿ですね。当時伏見稲荷の門前の商人から注文を受けたこともあってか、ちょっときつね顔で、伏見の招き猫に似ているでしょう」
確かに先ほど見た伏見のものに、面影が重なります。
「一方で、三河の土人形と古瀬戸招き猫の流れを組んでいるのがこちら。見覚えありませんか?」
招き猫3大産地
あっ
これだ!いつも見慣れている招き猫。
「こちらは同じ愛知県、常滑の招き猫です。愛知県は招き猫の一大産地なんですよ。
常滑は、瀬戸の50年ほど後に招き猫づくりが広まりました。昭和20年代、常滑の主要産業だった土管が不況になってきた中で招き猫の新デザインを考案し量産したところ、そのデフォルメされた姿が人気になったのです。
それまで願掛けやお守りとしての縁起物だった招き猫が、高度経済成長とともに商売繁盛を願うアイテムとして日本中に広まり、現代まで招き猫の定番スタイルになりました。瀬戸型と常滑型、何が違うのかちょっと見比べてみましょう」
・瀬戸型
「瀬戸の招き猫の多くは磁器です。招き猫に欠かせない赤や金色の絵の具は一般的な1200℃の窯だと燃えて無くなってしまうので、750℃でもう一回焼いています。他にも色数が多いほど、焼く回数が増えていきます。
鈴は複数ありますね。前掛けにはひだがあります。手の上げ方が控えめなのも特徴です。焼く工程に手間がかかる分、価格も高くなります」
・常滑型
「対して常滑の招き猫は陶器です。常滑の土は赤いので、まず最初に全体を白く塗って、その上から絵付けをしていきます。もうひとつ、それまで首についていた鈴が、小判に変化しました。今では招き猫の定番スタイルですね」
見れば見るほど違いが浮かび上がってきます。時と場所が変わると、こんなに違うのですね。
両者を見比べていくと、常滑は「ザ・招き猫」なスタイルで一貫しているのに対して、瀬戸の方はちょっとずつ表情やポーズが違います。
「瀬戸の土は粘り気があるのが特徴です。海外に輸出された『セトノベルティ』は、人形の服のひだや指先など、細かな表現に瀬戸の土が向いていたからこそ生まれました。いろいろな形を作れる分、招き猫にもこれ、という定型がないんです」
なるほど。ふたつの産地をじいっと見比べていると、「もうひとつ、招き猫の三大産地と言われる産地があるんですよ」と教えていただきました。
・九谷型
「あまり見たことがない姿でしょう。九谷焼の招き猫です。顔にまで模様が入っていてユニークですよね。オリエンタルな雰囲気が受けて、作られたものはほとんど輸出されたために、あまり国内で出回らなかったのですね。他と違って耳は横向きで鈴も横についています。
また、ちょっと変わった座り方をしていますね。九谷焼の土は焼く前と焼いた後では収縮率が大きいので、安定するようにこういう座り方をしているとか、テーブルスタンドにも使われていたようなので、土台になるようこういう格好になったなど、諸説あります。以前九谷の方に聞いてみたのですが、今となってはもうわからないとのことでした」
他にも展示室にはコレクター垂涎の珍しい招き猫を集めたコーナーや、毎年のように増えていくコレクションを少しでも多く見てもらえるようにと設けられた企画展コーナー、ゆかりのある神社などを紹介したスペースなど、日本全国で育まれてきた「招き猫」文化がギュギュッとワンフロアに濃縮されています。
「2Fが、これまでの『過去』の招き猫を集めたフロアだとしたら、1Fは『現在』と『未来』の招き猫のフロアです。
現代のねこもの作家さんの作品を展示、販売しています。その横で、招き猫の染付体験もできますから、ぜひ後でやってみてください」
未来とは、自分がこれから作る招き猫、の意味だったのですね。体験は後の楽しみにとっておいて、せっかく興味と理解の深まった招き猫、最後に暮らしの中での付き合い方を伺いました。
招き猫おすすめの飾り方とは
「飾るのは、テレビの上でも、玄関でもどこでもいいんです。大事なのは、目につくところに置くこと」
あ、そんなお話を、以前取材に伺った高崎だるまの職人さんのところでも伺いました。家に迎え入れた時の自分の決意や願いを忘れないように、いつでもそばに置くのが大切、と。
「招き猫が好きで、ご自分のコレクションを写真に撮って手製したカレンダーを、送ってくださった方もいらっしゃます。『本物の猫のように大切にしている』とのお話でした。
今は大変な猫人気ですが、お家の事情で飼えない方もいますよね。そういう方のために、最近はペットショップで招き猫が置かれることもあるようです」
確かに、飼いたいペットの代わりになって、さらに福も招き寄せてくれるなら、これほど良い相棒はないかもしれません。
「目が合っちゃったから連れて帰る、という人も多いですね。このコレクションを蒐集されてきたご夫妻も『目の合った子を連れて帰ったら、その子がまた次の子を連れて来てくれて、今ではこんなことに』と笑って話されていました。願いがかなったら、また違う子を家族に迎え入れてくださいね」
時代によりところにより、こんなにも個性豊かな招き猫たち。
自分からお気に入りを探しに行くもよし、ある時はたと目があう運命を待つもよし。みなさんお一人おひとりにぴったりの招き猫との出会いがありますように。
<取材協力>
招き猫ミュージアム
愛知県瀬戸市薬師町2番地
0561-21-0345
http://www.luckycat.ne.jp/
文・写真:尾島可奈子
【おまけ】招き猫の染付体験をやってみました
*こちらは、2017年2月26日の記事を再編集して公開いたしました。
<関連商品>
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