空気のように軽い「000」のアクセサリーを生み出す刺繍工房の内部を見学
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「刺繍糸で作られたアクセサリー」がある。
人の手で丁寧に巻かれたような玉状のネックレスや、かぎ針編みのように複雑に編み込まれたブローチなど、「一体、どうやって作っているんだろう‥‥」と思うものばかり。
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引き寄せられるように手に持ってみると「これは糸でできている」と実感するほどに軽い。着けているのを忘れてしまう軽さは、身軽に、しかしおしゃれを楽しみたい多くの人たちの心を掴んでいる。

手作り感のある繊細な商品の数々に、作っているのは器用なハンドメイド作家さんだろうかと想像していた。しかし、作り手を知ってびっくり。これらを作っているのは140年の歴史を持つ刺繍屋なのだ。大きなミシンが絶え間なく動く老舗工場だった。
「ミシンで、どうやって立体の刺繍を? 」
洋服などに施される平面の刺繍のイメージから、立体のアクセサリーがどうやって作られているのか、ますます不思議に思えてくる。
美しい糸のアクセサリーが生まれる場所を訪ねて、群馬県桐生市に向かった。
ブランド誕生秘話を伺ったインタビューはこちら:「素材は糸だけ。常識破りのアクセサリー『000 (トリプル・オゥ) 』を老舗の刺繍屋が作れた理由」
刺繍工房の心臓部へ
1877年 (明治10年) 、機屋として創業した株式会社 笠盛。時代の変化に合わせて刺繍業を始め、靴下のワンポイント刺繍や和服、アパレルブランドの生地まで多くの刺繍を手掛けてきた。
アクセサリーブランド「000 (トリプル・オゥ) 」を立ち上げたのは、2010年のこと。「笠盛レース」と名付けた装飾品を作るなかで、アクセサリーに活路を見出した。
早速、製造工程を見せてもらうため、工場の中へ。最初に通されたのはパソコン作業をしている事務所だ。ここが、トリプル・オゥの心臓部に当たるという。
「パソコンで、ミシンの針がどのように動くのかを指示したデータを作ります。同じプログラムでも素材によってできあがりが変わってくるので、いくつも試作をしながら最適なデータを作り、それを元にミシンで量産するんです」
素材とデザインができあがったものを、最終的に数値化し、図面にする。洋服でいうところの、パタンナーに近い業務だ。
デザインを勉強する前は工学的なバックグラウンドを持つ片倉さんが描くデザインは建築的な物が多く、エンジニアの側面が強い刺繍の商品と相性が良い。
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「カーブする部分は気をつけなきゃいけないとか、どちらの方向にミシンが進むかによっても条件が変わったりします。刺繍ならではの縮みや、個々のミシンや糸の調子まで考えてプログラムしなければならない。忍耐力がいる仕事です」
この仕事を、25年以上担当してきた岡田さん。トリプル・オゥが立ち上がってからは、片倉さんと二人三脚で試作を続けてきた。
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「試作してイメージと違ったり崩れたりするたびに『こうしたらできるんじゃないか』ってふたりで話して。プログラムを改良して、また縫ってみて、の繰り返しです」
ブランド立ち上げから10年が経とうとしている今でも、片倉さんが新しいデザインや素材を持ってくるたびに「縫ってみたら全部切れちゃったよ」「どうすればいいんだろう」というやりとりをしているという。
「片倉の発想がなければ、今まではできないと思っていたものばかり。『これ、やってください!』って持ってくるから、少しずつできることが増えていきました。今はできない形も、作れるようになりたいですね」
機械、だけど手仕事
トリプル・オゥの商品は、「多頭機」と呼ばれるミシン3台を用いて製造されている。1台につき10の刺繍機がついた機械で、同じ刺繍を10個同時に量産できる。
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アクセサリーを縫い付けている布を見せてもらった。レースなどにも使われる「水溶性の不織布」という特殊な布は、その名のとおり水に溶ける。
これが、刺繍で作られたアクセサリーの秘密だ。
「薬品なども使わず、お湯だけできれいに溶かすことができます。最終的にすべて溶けてしまうので、玉の中にも何も残りません」
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同時に、これがミシン担当者の苦労するところでもある。
「この水溶性、とにかく水分に弱いんです。空気中の湿気にまで影響されて、伸びてしまいます。たるんでしまうと、きれいに縫えないので、全部貼り直すこともありますね。雨の日や梅雨の時期など、周りの条件によって変わるのが大変なところです」
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3台のミシンには、それぞれオペレーション担当がつく。同じデータを使っても、ミシンの癖によってズレが生じたり、できあがりが変わってくるため、ミシンの担当者からデータを作る岡田さんに提案に行くこともあるそうだ。
一番新しいミシンを担当する大井さんに話を聞いた。
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「素材や糸の太さによっても、縫い上がりが全然違うのでミシンを調整します。針の太さも重要で、頭によって変えることもあるんです。『こっちの頭は10番の針で縫えたけど、こっちは11番の針じゃないと縫えない』ということもあります」
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その日の天気、ミシンの個性、糸の素材や太さ、作るアクセサリーの種類。考えなければならないことが、本当にたくさんある。
機械、だけど手仕事なのだ。
地道な手作業で、アクセサリーを送り出す
水溶性の不織布に縫われた刺繍は、いよいよ溶かしの工程へ。洗浄の機械があるのかと思いきや、ひとつひとつが手洗い。社外秘の洗いレシピに基づいて時間や温度が厳密に管理されているという。
「お湯に入れた瞬間に、不織布は溶け始めます。でも、それだけでは糊っぽさが残ってしまうので、しっかりと手で洗います」
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洗うところを見せてくれた須藤さんの手は、真っ赤だった。手袋をしてはいけないのか聞くと「糊のヌルヌルがなくなっているか確認しなければいけないから」とのこと。
しっかりと洗ったら、脱水、乾燥、そして仕上げへ。
検品も兼ねた最後の仕上げは、ひとつずつ丁寧に手作業で行われる。糸が何らかの要因ではみ出していたり、形が崩れてしまっていたりするものを全部、手作業で直していくのだ。
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トリプル・オゥが始まった10年前から仕上げ作業をしている大川さんの手元を見せてもらうと、あまりに細かい作業に驚いた。最後に少しだけ飛び出た糸先を針に通し、1本ずつ玉の中に入れ込んでいくのだ。
「切ると解けてしまうので、しっかり中に入れます。せっかく縫ったのに商品として出せないのはもったいないですからね」
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糸だからできた「優しいアクセサリー」
どうやって作られているのか不思議だった刺繍のアクセサリー。その工程はシンプルでありながら、そのひとつひとつが奥深く職人技だ。
「自分たちが持っている技術と、お客様に喜んでもらえるものの結びつきの部分がアクセサリーなのかもしれない。そのような思いから、ブランドを立ち上げました」
トリプル・オゥを立ち上げ、デザインを担当する片倉 洋一さんは語る。
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片倉さんの考えは正しかった。刺繍技術を駆使した糸で作られたアクセサリーには、多くのお客様から喜びの声が届いたのだ。
誰もが驚く、その軽さ。今まで手に取ったアクセサリーの中で、一番軽いのではないかと思う。ここまで軽ければ、肩こりの心配もない。
また糸で作られているため、金属アレルギーの人でも問題なく着けることができる。実際にお客様からも「私でも着けられた!」と嬉しい報告があったそうだ。
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「立ち上げ当初から、糸の強みを活かした『使い手に優しい商品』が作りたいと考えていました。これまでのアクセサリーにはなかった部分で、喜んでもらえるのは嬉しいですね」
使い手に優しいと言えば、トリプル・オゥのアクセサリーは水に濡れても大丈夫。着けているのを忘れて、そのまま顔を洗ってしまったお客様もいるそう。
どのくらい濡れても大丈夫かと言えば、自分で水洗いができるほどだ。以前は「洗えます」と口頭で伝えるだけだったが、1年ほど前から簡単な手洗い手順を書いた紙を商品に同封し始めた。
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「濡れてもいいということが、作り手の私たちにとっては当たり前すぎて、伝えられていなかったですね」
この他にも、作り手すらも気が付いていない良さが、トリプル・オゥのアクセサリーにはまだ隠されていそうだ。
糸からつくる素材へのこだわり
トリプル・オゥが大切にしている要素のひとつが「“らしさ”があること」。
笠盛で働く今のメンバーだからこそ作れる「笠盛らしさ」。そして笠盛が拠点とする群馬県桐生市でしか作ることができない「桐生らしさ」だ。
「特に素材はこだわっていますね。もしかしたらお客様にとっては一番重要なところかもしれないなと思っていて」
素材で“らしさ”を表現するために、トリプル・オゥが取り組んだのは「糸から作る」という挑戦だった。刺繍メーカーが自分たちで糸から作ることは、これまでほとんどなかったという。
「クライアントさんの刺繍の仕事は、メーカーの糸を選んで仕入れるのが基本です。でもアクセサリーを作り始めたら、イメージしている糸がないこともあって」
例えば、アクセサリーとして輝きを求めるお客様のために、純銀を混ぜ込んだ金属のような糸を作った。キラキラとして光沢はありつつも、糸ならではの良さはそのままだ。
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また、片倉さんが見せてくれたのは「シルクリネン」と呼ばれる糸。シルク6割、リネン4割を撚 (よ) り合わせたオリジナルだ。
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糸は、素材や染め方、撚りの強さによって、その印象が大きく変わる。
「撚糸の職人さんと『撚りを入れすぎると、固くて着け心地が悪くなっちゃうね』とか『輝きが減っちゃったから今度はこうしてみよう』とか、相談しながら。
撚りがたくさん入っているほうが製造の現場としては刺繍しやすい糸になるんですが、見え方や着け心地などを考えて試行錯誤しています」
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糸作りで意識しているのは、「織物の町」として栄えてきた桐生だからできること。染めや撚糸など桐生の職人さんたちと一緒に素材を作ることで、新たな「桐生らしさ」を生み出そうとしている。
桐生で、トリプル・オゥの世界観に触れられる場所を作りたい
素材を作る桐生の人々、各工程に携わる笠盛の社員。多くの人の手を渡ってこのアクセサリーは作られている。話を聞きながら工場を回ることで、そのことを実感した。
「来年で、トリプル・オゥはちょうど10周年。お客様が工場を見学できたり、作り手と交流できるイベントを企画したいですね」
ひとつずつ丁寧に作られたアクセサリーは、全国の取扱店やオンラインだけでなく、笠盛の本社に併設された唯一の直営ショップでも購入することができる。お客様のなかには、ショップに来るためだけに桐生にやってくる人もいるそうだ。
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「せっかくここに来てくれる方には、桐生という地域も紹介できたらいいなと考えています」
10周年に向けて、ショップのリニューアルを企画するなどさまざまな仕掛けを計画しているという。
片倉さんを始め、笠盛のみなさん自身がそれを楽しみにしている姿が印象的だった。刺繍屋の作るアクセサリーと笠盛を取り巻く環境が、これからどのように進化していくのか楽しみだ。
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00(トリプル・オゥ)
<取材協力>
株式会社 笠盛
群馬県桐生市三吉町1丁目3番3号
0277-44-3358
https://www.000-triple.com/ja/
文:ウィルソン麻菜
写真:田村靜絵