「食洗機が使える漆器」が漆の常識を変えた。開発秘話を職人が語る
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漆は食洗機では洗えない。
数年前までそれは、世間の常識だったと思います。
だけど、本当にそれでいいのか? —— 食洗機が普及しはじめた頃、その常識を疑った職人さんがいます。
「漆器は“日用品”であり、毎日の生活に使われるべき」。
そうして開発されたのが、“食洗機に耐えられる漆”です。
3年がかりで開発したその漆の誕生秘話を、職人さんが語ります。
「食洗機で洗える漆椀」
漆琳堂 内田徹
実家の家業を継いで10年が過ぎようとしていた。
福井で200年続く越前漆器の塗師屋に生まれ、後を継いで8代目。
父、祖父に漆塗りに必要な技術や理屈を教わり、おおよそ一人前の技術を身に着け、なんでも漆が塗れる。塗る速さなら誰にも負けないという意気込みもあったし、深夜12時を過ぎて塗り続けることができた。
若さゆえのエネルギーに溢れるころ、食洗機椀の開発はスタートする。
「漆器はなぜ食洗機にいれられないのか?」冷ややかに受け流したクレーム
ある時、福井商工会議所が行っていた「クレーム博覧会」に、若手メンバーの一人として参加することになった。
物やサービスに対して全国からたくさんのクレームが集積され、その意見を基に改善し新たな商品を生み出そうといった事業だったと記憶している。
はっきりとした記憶ではないが、「雨傘が強風時に反り返るのはなぜだ、何とかしてほしい」とか、「老眼鏡をかける年になったがコンパクトでセンスのいいものが市場にはない」とか、さまざまな要望が記されていたと思う。
そんなクレームの1つに、「漆器はなぜ食洗機にいれられないのか?」というものがあった。
ちょうど世の中に食洗機が普及し始めたころだったかもしれない。
そのストレートな漆器に対してのクレームを見て、「いやいや漆器とは元来そういうものだ、食洗機を使いたかったらプラスチックの器を使えばいいのに」など冷ややかな意見もあり、すぐに開発という機運にはならなかった。
“漆器は食洗機では使用できない。”
業界内では周知の事実であった。なんせ天然塗料である。
また、漆器は英語で「JAPAN」と呼ばれ、日本を代表する工芸品でもある。海外にはない日本固有の技術であるという自負があったし、他の伝統工芸と比べても特別な工芸品とも考えていた。
—— 果たしてそうだろうか?
漆器は工芸品であって日用品である。
毎日の生活に使われて始めて日用品になることを私たちは忘れていたのかもしれない。
伝統工芸×化学
ちょうど同じころ全国の国立大学では、より地域に根ざすことが問われていた。福井大学も同じ状況で、私は「福井大学 産学官連携本部」にプロジェクトメンバーとして入会することが決まった。
「越前漆器」の産地の中で、漆が塗ることができる、大卒の若手後継者という観点からの選出だ。
そもそもこの産学官連携本部のメンバーは、上場している大企業や福井県の名立たる企業が多い。そんな中で「伝統工芸」の会社、しかも若手職人の入会は異例であった。
「何か困っていることはないか。」
直ぐに大学側から直球の質問がきた。
「‥‥別にありません」。
1500年続く越前漆器だ。伝統工芸に化学で研究することなどないと思い込んでいた。
また、あったとしても商売ベースになることはない、と全く期待もしていなかった。
何度も連絡があったが、その後も「別に」は続いた。今思えば定期的に連絡をくれていたのかもしれない。
何度目かの連絡の時、ふとクレーム博覧会を思い出した。
「あ、そうだ。漆って食洗機にかけれないのですが、何とかなりませんかね?」
「おーーー。内田さん!それは課題を見つけましたね」。
課題を見つけてうれしそうな担当の准教授のあの声を今でも覚えている。
諦めも感じた、無謀な挑戦
複数の偶然が重なり、食洗機で洗える漆椀の開発がスタート。
大学では漆の酵素であるラッカーゼの研究や、電子線との併合した研究、漆に特質基材を混合する研究、などたくさん行った。
その度に、本業の漆塗りができず作業がストップするため、大学に行きたくないことも多々あった。それでも先生が待っていると思うと休めなかった。
また、「産学官」というからには福井県にも協力を得ることができた。
福井県には他県にあまりない“福井県工業技術センター(工技センター)”という、県内産業の諸所研究を扱う出先機関が存在する。
「研究とは課題における実験を一つずつ卒なくこなす」という教えも、工技センターの漆担当・研究者の渡邊さんに教わった。
だけど研究は答えが明確に出ているものではないので、まるで霧の中にいるようにも感じた。
研究はいろんな可能性を見出そうと思いもよらない方向に向き、無謀なことだったのかと諦めを感じたこともあったが、軌道修正してくれたのも工技センターの渡邊さんだった。
どこまでのスペックを求め、どれくらいの費用で出来るのがベストなのか、など具体的に指標を示してくれたのだ。
多少の回り道もしたが、3年ほどの歳月を費やし、産学官(漆琳堂×福井大学×福井県)で食洗機に耐えうる漆器を開発することができた。
前段で記した通り、当初は商品化しても格安で耐熱プラスチックの器や陶磁器があるのですぐに広がるとは思っていなかったが‥‥
漆器を日常食器で使ってほしい。普段の生活に何気なく存在する器であってほしい。
そんな想いで開発した「食洗機で洗える漆椀」は、人気商品になった。社会で活躍する女性が増え、家事をささえる男性が増えているのも要因かもしれない。
私は、今後も家庭にふつうに漆器が存在するように、頑張って漆を塗っていきたいと思っている。
株式会社 漆琳堂
代表取締役 塗師 内田徹
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