「この漆器がつくれるなら、どこへでも。」移住して1年。職人の世界と、産地での暮らしを聞きました。
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出会いは東京のセレクトショップ。「人、募集してませんか?」数日後には正座して電話をかけていた。
越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田地区にある「漆琳堂」。
「暮らしの中で気軽に使い続けてもらえるものをつくりたい」と、2013年にスタートした「お椀や うちだ」には、漆器のイメージをくつがえすカラフルでかわいらしいお椀が並びます。
その佇まいにひと目惚れして、いまここで「塗師(ぬし)」として経験を積んでいるのが、嶋田さんです。「幼いころから、ものづくりにしか興味がなかった」という嶋田さんに、えいっと飛び込んだ職人の世界、産地での生活について聞いてみました。
漆の「う」の字も知らなかった、ふつうの高校生。
「外で遊ぶより家にいるほうが好き。友達や家族のためにと理由をこじつけて、クリスマスカードや小物をつくっていた。そんな子どもでした」。
とにかく手を動かしたいと工芸高校で金属工芸を専攻。楽しかったけど、将来の仕事にしようとまではのめり込めなかった。そんなとき、「未知の物体」と出会う。高校の研修で行った美術館。大きな黒いパネルに、金銀の絵が描かれた現代作家の作品。
「きれい。でも、これなんだろうって」。材料には「漆」の文字。東京に暮らすふつうの高校生は、お椀が漆器だということも知らなかった。
「ウルシ?何それ?知らないものを知りたい。ついでにひとり暮らしもしてみたい」。好奇心と冒険心。そのふたつに背中を押され、翌年には京都伝統工芸大学校に入学した。
「漆を仕事にできるかも」とやっと実感が湧いたのは、卒業制作にとりかかったころ。ところが、理想の仕事などなかなか見つからない。
「京都や輪島の職人に弟子入りするのも、なんかしっくりこなかったんです」。嶋田さんは、いったん東京に帰ることにした。
この漆器がつくれるなら、どこへでも行く。
書店でバイトしながら仕事を探す、悶々とした日々が2年間続いた。ある日、たまたま入ったセレクトショップで嶋田さんに衝撃が走る。見たことのない色とりどりの漆器が並んでいたのだ。
「塗料としての漆の可能性に魅了されていて、卒業制作でつくった漆器も青やピンク。だから、もっとカラフルな漆で生活を楽しくしたいとずっと思っていたんです」。それが目の前にあった。つくっているのは福井県の漆琳堂という会社。ここで絶対働きたい。
「人、募集してますか?」と数日後には正座して電話をかけた。「断られたら漆の道は諦めて、いっそ社会の歯車になっちゃおうと決めていました」。電話に出た専務には驚かれた。求人広告など出していなかったから。「タイミングよく会社も新しい風を求めていて、そこにわたしがまんまと飛び込んできた」と笑う。
3カ月後の8月に採用が決まり、9月には住む場所を決めて、10月に入社した。「移住にはまったく抵抗なし。漆琳堂があれば、どこへでも行く。そんな勢いでしたから」。嶋田さんの職人生活は、突然始まった。
職人だけど会社員。それがなんだか心地いい。
「下地3年、塗り10年…なんて漆の世界ではよく言われるけど、わたしは数ヵ月で刷毛を持たせてもらいました」。最近では、仕上げの「上塗り」のベースとなる「中塗り」を任せてもらえるまでに。もちろん、生産が追い付かないほど忙しいという事情もあるが、伝統工芸の見習いとしては「スピード出世」だ。
ひたすら塗るのが楽しい。全然イヤにならない。それでも、落ち込むことはある。「微妙な力の入れ具合や筋肉の動かし方はまだまだ未熟」と自身を戒める。「今のはイマイチだった。次はこうしてみよう。同じ作業に見えて、同じ作業じゃない。1個塗るごとに発見がある。それが難しくておもしろいところ」だと言う。
この道の大先輩、社長や専務はあくまでも優しく丁寧に教えてくれる。怒鳴られたことなど一度もない。昔ながらの「弟子」というより、見習いの「会社員」という感じ。雇用制度もしっかり整っている。「本当にいい環境で、好きな仕事をやらせてもらっている。感謝しかないですね」。
ゆっくり、だんだん、この土地の人になっていく。
「会社というより、内田家の一員になったみたい」。住む家は専務が探してくれたし、社長の奥さんは野菜やおかずを持たせてくれる。ここではみんなが周囲に気を配り、困っている人がいれば迷わず手を貸す。「それがあたりまえ。わたしもいつの間にかお隣さんに声をかけるようになりました」。
東京生まれの東京育ち。そういうの、面倒じゃなかったのか。「なるべく構わないようにするからね」。先に気を遣ってくれたのは田舎の人のほうだった。「わたしたちが思うより、田舎の人は都会の人をわかってくれている。だから、いい関係が築けていけたんです」。
朝8時に出社して、夕方には仕事が終わる。帰宅して夕飯をつくり、DVDを観てゆっくり過ごす。河和田には移住者の若者もけっこういて、集まってごはんを食べたり、休みの日には福井までドライブに出かけたりもする。「東京では歩くのが好きだったけど、いまは徒歩10分の距離も車で通勤します。3分で着いちゃうんですけどね」という笑顔は、すっかりこの土地の人の表情だ。
ガシガシと使われて、風合いを増す漆器のように。
日用品としての漆器に愛着を感じるという嶋田さん。「もともと漆器は最後の仕上げに手のひらで磨いて艶を出すんです。手あかがつくほど、風合いも増していく。だから、芸術品として眺めるんじゃなく、毎日ガシガシ使ってもらえるものをつくっていきたい」。ガシガシという言葉を繰り返す。漆のイメージを変えたいという思いが伝わってくる。
アクセサリーの企画も出して、いまは試作中。つくりたいものと、手間、コストなどを擦り合わせるのが難しい。「趣味とは違う。プロダクトを商品にする。そのプロセスを専務から学んでいます」。
「職人として生きていくの?」。最後に質問をぶつけてみた。「うーん」。数秒の沈黙のあと、答えてくれた。「まだ、目の前のことで精いっぱい。将来を決めるのは、もうちょっと時間がかかるかも。覚悟がいるし、難しい職業だから。でも、いつか独り立ちできたらかっこいいな」。平成生まれの職人は正直だ。きっとこれからもガシガシ経験を積んで、強くなっていくのだろう。嶋田さんがつくりたかった漆器のように。
嶋田 希望(しまだ のぞみ)さん / 1992年生まれ。24歳。東京都出身
ゆっくりなテンポの音楽が好き。好きな食べものはイチジク。
2015年10月に漆琳堂に入社。現在、塗師(ぬし)として見習い中。
「こだわり過ぎてめんどくさい性格。ほんの細かいところもうまくいかないと、気になって次に進めない。専務に『いつまでやってるん?』と呆れられます」と笑う。
<関連商品>
お椀や うちだ
文:ヤスダユミカ
写真:林直美
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