暮らしの道具「蚊帳」が、空気のようにやわらかい夏のショールになるまで
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こんにちは。さんち編集部の尾島可奈子です。
気に入って使っていた日用品が、実はどこかの伝統的なものづくりを受け継ぐものだったー。そういう出会いがあると、嬉しくなってその道具がちょっと特別な存在になります。今日は昔なら誰もが知っていて、最近はあまり見かけなくなったあるモノから生まれた、夏のショールのお話です。
「おはようございまーす」
とさわやかに女性たちが出勤。取材に伺った日はまだ5月下旬だというのに、季節をスキップしたかのような夏日でした。クーラーがあったらスイッチを入れたくなる暑さ。それでも、これから女性たちが仕事に取り掛かる作業場に冷房設備はないそうです。なぜなら元々は、春が来る前に納品が済んでしまう仕事だったから。それが毎年注文数が増え続け、今や5月末にようやく注文数が作り終わるというその商品は、涼しげな夏のショール。今日のお話の主役です。
「ここの大家さんは、先先代が蚊帳の販売をされていたそうです。だからうちの仕事にもご理解があって」
その日訪ねたのは奈良の丸永商事さん。元々衣服につける刺繍の仕事をされていたのが、「ある素材」を使ったショールを作るようになって、今は刺繍と縫製を半々で作る日々だそうです。ある素材とは「蚊帳」。昔は各家庭で夏の夜、寝るときの虫除けに使っていた、あの蚊帳です。
実は、蚊帳は奈良の特産品。今では中々見かけなくなりましたが、たまたま蚊帳生地のショールを縫うために縫製工場を開いた場所が蚊帳に所縁のあるところだったというのも、また産地らしいお話です。
蚊帳生地は、そのままではショールにするのに目が粗すぎるので、洗い加工をして目を詰めてあるそうです。ほどよく風を通して肌あたりは柔らかく。肌に触れることを考えて新たに開発された蚊帳生地は、元の蚊帳の姿がちょっとイメージできないような、ふんわりとした風合いでした。
ショールのサイズに生地をカットするところからが丸永さんの仕事。裁断のあとは裾の房作り、生地の両端の縫製、仕上げのアイロンかけと工程が進みますが、実はカットが最初にして最大の難関だそうです。
まっすぐに切れない生地
目を詰めてあるとはいえ、よく風を通すということは普通の衣服に比べれば生地の密度が粗いということ。そのため生地が歪みやすく、とにかくまっすぐに切るのが難しい。生地の上から線を引いてカットしただけでは、くねくねとした糸のラインとずれて、歪んだ形に切れてしまいます。もちろん生地を何枚も重ねてまとめてカットすることもできない。
「だから、ハサミを入れる位置の糸を1本抜いて、それを目印に1枚ずつ、全て手切りしています」
これは実際に見てみるとわかりやすいです。
「これは、私もできないです」
と笑う永井さんの横で、最難関の工程を任された女性は黙々と着実に糸を抜き、それを目印に生地をカットしていました。
生地からショールへの変身
次はショールの房作り。どう作るのだろうと思っていたら、なんとカットされた生地の端から1本ずつ糸を抜いていました。
房ができると、だんだん「生地」が「ショール」らしくなってきます。続いて生地の両端を三巻き縫製する工程へ。ちょうど色違いの紫色を縫製中でした。
この後さらに風合いを出すために房が洗いにかけられ、アイロン、検品を経て完成です。
蚊帳生地ならではの風合いを生かしたショールは、蚊帳生地ならではの難しさをなんとか乗り越えて、今や10年続くロングセラー商品に。「あ、かわいい」と手に取る瞬間に理屈はないですが、ふんわりとした風合いは蚊帳生地だからこそ出ていること、その風合いを生かすために無数の工夫が人の手でされていること、わざわざ言わなくても全部そのものの姿に現れて、「あ、かわいい」の瞬間につながっているように思えました。
<取材協力>
丸永商事
<掲載商品>
やわらかリネンショール(中川政七商店)
文・写真:尾島可奈子