「本って、いいよね。」を増やしたい。本をめぐる環境を整えるため、悩み続けるバリューブックス
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“値段はつけられませんが、それでもいいですか?“
読み終えた本を古本屋に持ち込んだとき、こんな風に言われることがある。
大事に読んできて保管状態は良く、思い入れもあったけれど、悩んだ末にスペースの関係で手放すことを決めた。そんな本に対してこう言われると、少し悲しい気持ちになる。
一方、引き取る側はタダで本を仕入れることができて嬉しいのかというと、実はそれも違う。
そもそも値段がつけられないのは、なんらかの理由でその本の販売が難しいから。引き取ったところで、そのまま古紙リサイクルに出さざるを得ないケースが大半だ。手間が増えこそすれ、利益になるということはない。
双方にとって嬉しいことはなにもなく、その本が再び別の誰かの手に渡ることもない。本が本として循環する道はそこで途絶えてしまう。
こう書くと少し大げさに聞こえるかもしれない。しかし、実際に捨てられていく大量の本を目の当たりにすると、きっと見方は変わる。
古本屋が目の当たりにした、捨てられる本の現実
「本の最後を見届ける、古本屋だからこそ気づくことがあります」
そう話すのは、長野県上田市に拠点を置く「VALUE BOOKS(バリューブックス)」で取締役副社長を務める、中村和義さん。
オンラインでの本の買い取り・販売を中心に事業を展開する同社の倉庫には、日々多くの本が届く。しかし、そのおよそ半数に値段がつけられないのだという。
値段がつけられない一番の理由は、需要と供給のバランスが崩れてしまっていること。発売時にたくさん印刷された本ほど、数年後に中古市場に出回る数も多くなる。そのタイミングでは発売時ほどの需要はなく、供給過多で販売が難しくなってしまう。
「本そのものの価値は変わらないんです。今でも読みたい、手に取れば面白い本がたくさんある。それを何もしないままリサイクルに回すのはしのびない。何かできないかという想いが強くあります」
保育園や小学校等に本を寄贈する「ブックギフト」、運営する実店舗での取り扱い、パートナー企業のチャネルを介しての販売。同社では、送られてきた本をできる限り本として活用するために様々な取り組みをおこなってきた。
「“従業員の子どもが通う保育園に持っていこうよ!”と、最初にはじめたのが『ブックギフト』です。
ありがとうと言ってもらえればやりがいにもなりますし、最初に本を送ってくれた人たちも、本が必要とする誰かの手に渡ることを喜んでくれる。
コストは発生しますが、それでも“みんなにとってそっちの方がいいよね”と決めて、今も続けています」
適切な価格で本を買い取るためにはじめた「送料“有料”化」
送られてきた本をできる限り捨てないというアプローチに加えて、本の買い取り率を向上させる施策にも取り組んでいる。買い取り希望の本を送ってもらう際に、送料無料をやめたこともその一環だ。
送料無料であれば、“値段がつくかどうか分からないけど、とりあえず送ってみよう”と、気楽に本を送ることができる。しかし、実際のところ無料となった送料は引き取る側が負担している。
その状態で販売できない本がたくさん届いてしまうとコストだけがかかり、その他の本の買い取り金額を圧迫してしまう。
販売できない本が負担となり、適切な価格で本が買い取れない。そんな悪循環を改善するために、 バリューブックス は業界の中では異例の“送料有料”に踏み切った。
「きちんと送料をいただく代わりに査定の基準を分かりやすく提示し、簡単に概算金額を算出できるスキャンシステムなども導入しました。
送料がかかってしまう分、きちんと選別した本を送っていただく。その前提で、買い取り金額自体を従来の1.5倍程度に引き上げました」
結果、送る側の意識も変わり、買い取れる本の割合が10%以上増えたそう。それでも、まだまだ多くの本を捨てるしかない現状はある。
「できる限り、 バリューブックス が活用できる本を送ってもらえるとありがたいです。とはいえ、本自体に罪はなく、どの本も送ってくれた皆さんにとっては思い入れのあるものだと思っています。
極力、本は本のままで次の読み手に渡った方が幸せだと思うので、そのために色々な方法を考えてあがいている最中です」
古本屋の枠組みを超えて動き続ける理由
古本屋として目の当たりにしてきた現実を、少しでもよくしようと模索する バリューブックス 。今年15周年を迎えた同社ではこれまで、上記で触れたこと以外にも実に様々な活動をおこなってきた。
中古バスを改造した移動式書店「ブックバス」、古紙回収に回った本を再生した商品開発、最近では自社での出版・流通事業まで。古本屋としての枠組みを超えた多岐に渡る取り組みの先に、どんな未来を描いているのだろうか。
「弊社は“日本および世界中の人々が本を自由に読み、学び、楽しむ環境を整える”というミッションを掲げていますが、もっとシンプルに言えば、“本っていいよね”ということ。
そんな本をより多くの人が読んだり、楽しんだり、それが学びになったり、そんな世界になったらいいなと思っています」
ミッションの“環境を整える”という部分には、自分たちだけではやれないという想いも込められている。
「本は多くの人が手に取るものだし、どんな分野に対しても接続できるものです。とても多くのプレーヤーが関わって、本をめぐる環境というものが出来上がっています。
成熟した業界だけどまだまだ歪な部分も多く残っていて、そこにはよりよい最適解がきっとあるはず。多くの人と協力して少しずつ整えていきたいですね」
新刊市場と中古市場のよりよい関係を目指して
たとえば、一次流通と二次流通の分断は大きな課題のひとつ。出版社や著者の立場からすれば本は新刊で買ってもらうことが重要で、いかに発行部数を伸ばせるかが肝になる。中古市場でいくら本が流通しようとも、彼らには何の収益も発生しないのだから当然だ。
もし、この新刊と中古本のビジネスをうまくつなげることができれば、需要と供給のバランスが大きく崩れて捨てられてしまう本を減らせるかもしれない。ここ数年はそんな取り組みもはじまっている。
「たくさんの中古本を取り扱う中で、特定の出版社さんの本はいつも安定して買い取れるということに気づきました。
こういった本が増えれば、よりよい循環が生まれるのでは、と思って始めたのが『VALUE BOOKSエコシステム』です。
今のところ4社だけのトライアルにはなりますが、その出版社さんの本が バリューブックス で売れた場合に、売上の33%を還元しています」
中古本市場での売上が、新刊業界にも還元される。今はまだ試験段階だが、この関係性が浸透していけば、最初から二次流通のことも考えた出版がおこなわれるようになるかもしれない。そんな可能性も感じられる。
「そうなれば理想ですが、実際はまだまだ。これが正解の形なのかもわかっていません。この取り組みで出版社さん側のビジネスがうまく回る、というところまではいけていないので。
最初に本をつくっている人たちがいるからこそ、僕たちも存在できている。そこに対して何かよりよい形はないだろうかというのはずっと考えています」
“本っていいよね。”を増やすために
自社で出版事業をはじめたのには、自ら一度モデルケースを体感することで、二次流通まで含めた本の売り方を模索する狙いもある。
「実店舗のNABOやLABもそうですが、まず自分たちでやってみる。それが成り立つことではじめてほかの人を巻き込んで次の段階にいけるというか。
出版から二次流通、そしてその先まで考えてやってみて、それで成り立つのであれば、今よりもっと持続可能な社会に近づいていけると思うんです」
人によって本に触れる場所はさまざまで、その環境が多種多様であれば、より多くの人が本と出合えるはずだ。
中古書店だからこそ見つけられた本をきっかけに、次はその作者の新刊を買う人もいる。保育園や学校の図書室で出会った本がきっかけで、読書の楽しみに目覚める子どもたちもいる。
本が社会をうまく循環することで、本との出会いが増え、本を必要とする人が増えていく。
「一気には変わらないので、ちょっとずつ、ちょっとずつ。いろいろな人たちと関わって模索しながら、いい循環をつくっていけると理想的です。
これまでお話しした取り組みも、すべてうまくいっているわけではなくて、むしろできていないことがたくさんあります。そんなギャップを抱えながら、それでもよりよい未来のために、腐らずにやっていくしかない。
本当に少しずつですが、チャレンジは続けられているのかなと思います」
日頃から本を読み、楽しんでいる私たち自身も、本を取り巻く環境の一部。本がどうやってつくられて、どんな最後を迎えているのか。改めてイメージしてみると、どこで買うのか、どこで読むのか、誰に譲るのか、一つ一つの選択もきっと変わってくる。
古紙になってしまう本を減らしたい。そして、“本っていいよね。”を増やしていきたい。そんな未来に向かって、 バリューブックス は今日もブレずに悩み続けている。
<取材協力>
「VALUE BOOKS」:https://www.valuebooks.jp/
※VALUE BOOKS×中川政七商店コラボキャンペーン実施中※
中川政七商店では、本の循環する社会を目指すVALUE BOOKSの取り組みに共感し、応援したいと思いました。読み終えた本をVALUE BOOKSにお送りいただくと、中川政七商店で使用できるクーポンが付与されるキャンペーンを実施中です。ぜひこの機会にご利用ください。
キャンペーン詳細はこちら
文:白石 雄太
写真:中村ナリコ