ひと針が紡ぐ100年先の町の歴史。「大槌刺し子」のものづくり。

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遠くから見ると無地のようにも見えるけれど、近づくほどに模様の精緻さに圧倒される。「くらしの工藝布」のお披露目会に飾られた「手刺しのタペストリー」に、近づいたり離れたりしながらじっと見入る人を何人も見かけました。

手の痕跡が感じられる刺し子の布には、人の目を惹き付けてやまない引力があります。

人を想う心から生まれた「刺し子」の機能美

刺し子は、布が貴重な時代、寒さの厳しい地方を中心に、全国の家庭で暮らしの知恵として育まれた針仕事です。布地にひと針ひと針刺すことで、布の補強や補修することを目的として、主に女性たちが家仕事の中で受け継いできました。

もともと必要にかられて生み出した技ですが、時代が下るにつれて、機能性だけでなく装飾的な刺し子も登場するようになります。使う家族のためを思えばこそ、美しい装飾性をもつようになったのかもしれません。いずれにせよ刺し子は、「”誰か”のためを想う」そんな心から生まれ育まれた技なのだと感じます。

震災から立ち上がった「大槌刺し子」の手仕事

お話を伺った、大槌刺し子の佐々木かなこさん。「手刺しのタペストリー」をともに作っています

「“どんな人が使ってくれるんだろうねぇ”が刺し子さんの口ぐせになっています」

岩手県の海沿いの町、大槌町に暮らす佐々木かなこさんは、そう話します。「大槌刺し子」で12年刺し子を続けてきたベテランの刺し子さんです。大槌刺し子は、2011年の震災をきっかけに立ち上がった刺し子ブランド。避難生活を送る女性たちに、針仕事を通じて、もう一度生きる喜びや希望を見つけてほしいという想いから「大槌復興刺し子プロジェクト」として始まりました。

大槌町の刺し子さんとして活動する皆さん

数名のボランティアから始まった取り組みは、一人、また一人と仲間が増え、今では10~15人ほどが常に出入りする大所帯に。はじめはふきんやコースターなど小さなものから、次第にランチョンマット、Tシャツなど大きなものも手掛けていくようになりました。

「くらしの工藝布」での、新たなチャレンジ

手刺しのタペストリーのLサイズは、約90×135cm

「こんなに大きいものを刺したのは、初めてでした」

数々のアイテムを手掛けてきた佐々木さんによると、「大きいものと直線が続くものが一番難しい」とのこと。実は今回「くらしの工藝布」でお願いしたタペストリーが、まさにどちらにも当てはまるものでした。これほど大きいサイズの仕事は初めてだったと言います。

模様の角に印をつける作業

工程で最も大事なのが、実は下描き。模様が印刷されたパターンを生地に留め、模様の角となるポイントに穴を開け、印をつけていきます。消えるペンで印同士を線でつないだら下描きの完成。このとき生地がずれてしまったり印の場所を間違えたりすると、せっかくの模様が美しく仕上がりません。刺し子の良し悪しを決める、気の抜けない作業です。

消えるペンで印同士を線でつないだら、下描きの完成

ここからいよいよ針をさしていく工程。

「柄もシンプルだし、それほど時間がかからないかなと思っていました。けれど手を動かし始めたら、これは大変になりそうだぞと。なかなか下描きどおりに進まないんです。
タペストリーは、少し離れたところから見るでしょう。特に今回は直線が多いデザイン。生地のひっぱりぐあい、針をさす1、2ミリの差が、遠くから見た時にゆがんでみえてしまうんですね」

考えすぎると手元が狂ってしまう。集中してやり切る為に、今日はここまで、と時間を決めて、進んだら他の刺し子さんと離れたところから見せあい、ゆがみをチェックしながら進めていったそう。

大槌刺し子では、任された仕事は各自が家に持ち帰って進めるのが基本です。そのうえで、事務所には刺し子さんたちが自由に出入りでき、時折集まっては互いの進み具合を見せ合います。今回のタペストリーは、連日事務所に集い、仕上がりを確かめながら無事に完成を迎えることができました。

真っすぐだからこそ、その丁寧さと手の痕跡が際立つ

針と糸さえあれば誰にでもできる手刺しの技。誰もが学生時代に習う技であり、特別な技術ではありませんが、その分、向き合う姿勢が問われるものづくりです。ただただ真っすぐに、ひと針ひと針に向き合い、心を込める。一見簡単なようで、実はそう簡単でもない道のりです。

ひと針ひと針が紡ぐ、100年先の町の歴史

「針目が揃っているのを、直接見ていただけたら嬉しいです。光の具合や見る角度で模様の見え方が変わるので、いろんな角度で楽しんでほしい。

飾ってるうちに色が変わってきたら染め直せるし、柄を足したいなと思ったら自分で足してみてもいいかもしれない。長く変化させながら、楽しんでもらえたら嬉しいです」

使う誰かのことを考えながら丁寧に刺し綴った手の軌跡が、見る人の足を止め、思わず手で触れたくなるような、模様の奥行きとなって布にあらわれます。

その静かな迫力を直接目で見て見れば、時間をかけて刺し綴った均質でないゆらぎは、昔も今もこの先の未来も、普遍的に大切な価値があるものなのかもしれない。そんな風に感じます。

刺し子を続けている理由を伺ってみると、
「形になる喜びがあって、今ではもう、刺し子をするのが好きになってしまいました。
何より刺し子さんたちと一緒に事務所で集まったときの交流が楽しいんですよ。集う場があることは、大切なことです」

大槌町は、古くから現在に至るまで脈々と刺し子文化が受け継がれてきた地域ではありません。2011年にその歴史を歩み始めたばかり。それでも、この小さく尊い営みが、この町の人々の100年先の歴史に繋がるのかもしれない。刺し子さんが事務所に集い、ひと針ひと針歩みを進める姿に、そんな未来を予感させます。



時間をかけてひと針ひと針刺すことによって、布に宿る普遍的な価値。
「くらしの工藝布」では、大槌刺し子さんと一緒に、「刺し子」をテーマに今の表現を探りました。

手刺しのタペストリー(直)MサイズLサイズ
手刺しのタペストリー(散し)SサイズMサイズ

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