二〇一七 神無月の豆知識
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こんにちは。中川政七商店のバイヤーの細萱です。
連載「日本の暮らしの豆知識」の10月は、旧暦で「神無月」のお話です。
神様はどこへ消えた?
その語源には諸説あり、「無」は「の」という意味で、神を祭る月から「神の月→神無月」という説が有力のようです。
また、10月には全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して島根県の出雲大社へ会議に出かけてしまうので、ほかの地域に神様がいなくなることから「神 (の) 無 (い) 月」になったという説もあり、反対に出雲の国では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月 (かみありづき) 」と言います。
俗説ですが、後者の説が面白く、なるほどなと腑に落ちます。
島根県立古代出雲歴史博物館には、八百万の神様が大集合した『大社縁結図』が展示されています。出雲大社に集まった神様たちが木の札に男女の名前を書き、相談しながら「縁結び」しているところを描いてあり、なにやら神様を身近に感じられるので、出雲に行った際はぜひご覧いただくことをおすすめします。
そして、神無月は晩秋から初冬。お鍋の、季節です。
神無月は、新暦では10月20日~11月20日頃にあたります。
季節の変わり目で気温差の激しいこともあるので、服装は重ね着で徐々に冬の到来に備える時期ですね。また、食卓にはお鍋の登場が増えてくるのではないでしょうか?
簡単で栄養バランスも良く、身体も芯から温まるので我が家も鍋が大活躍し始めます。中でも土鍋が好きで、いくつか持っていますが、今回ご紹介するのはスープなど煮込みに似合う深鍋タイプの土鍋です。
作り手は、京丹波の山の麓で作陶をされいてる石井直人さん。大学卒業後の1980年頃、倉敷民芸館のバーナード・リーチ作の染付を見たのがきっかけで陶芸の道を志したそう。京丹波の原野を開墾し、ご自身で築かれた登り窯で作陶をされています。作品全体からは力強くも生活に馴染む民芸の流れをどことなく感じます。
縁あって手に入れた深鍋は、厚みと重みもしっかりありますが、比較的柔らかい土でつくられたようで欠けやすさに気も使います。でも、その存在感に惹かれてキッチンでも常に見えるところに置いています。コトコトと煮込む時間や土鍋から感じる滋味深さが好きで、秋冬の使用頻度は高まります。
金属でなく、土鍋ならではの良さもある。
土鍋は金属に比べると熱伝導が悪く、温まるのには時間が掛かりますが、蓋をしておけばしばらくは熱々が続くほど保温力が高いのです。お味噌汁やスープなど食卓でおかわりをするメニューにはぴったり。沸かしなおす手間もなく嬉しいものです。
特に石井直人さんのこの鍋は深さがあるせいか、「まだこんなに熱いの?」と驚くほどの保温力。
土鍋で作るとなぜか美味しく感じるので、その理由を探ったところ、やはり温度がゆっくり上がる点が大きいようです。根菜は酵素が働きやすくなって甘みが増したり、煮崩れを起こすことなく余熱でも味が染みます。
お米も根菜同様に、ゆっくり火が回ると甘みは増すことがとある実験でもわかっています。また、火あたりがやさしいので、火があたっている部分とそうでない部分の温度差が少なく、炊きムラもできません。そういえば初めて土鍋でご飯を炊いた時の美味しさには感激した覚えがあります。
石井直人さんは、最近はあまり個展もされないそうで、京丹後のご自宅に隣接したギャラリーで展示販売をされています。奥様の石井すみ子さんは、「暮らしのデザイン室」というコンセプトのギャラリー店舗を別棟で営まれており、ご自身でデザインされた台所用品や洋服、家具などの暮らしの道具を販売されています。お二人の作られる器や道具は、まさに生活から生まれ、お二人の人生さえも感じられる存在感があります。
教えたいような秘密にしておきたいようなギャラリーですが、ちょっと人里離れた場所にひっそりと佇むので、ご興味のある方は行かれる前にご連絡されることをおすすめします。
美しく、愛すべき土鍋があることで、ささやかな幸せを感じることが出来る神無月の暮らしの道具です。
<掲載情報>
石井直人 独華陶邑
細萱久美 ほそがやくみ
東京出身。お茶の商社を経て、工芸の業界に。
お茶も工芸も、好きがきっかけです。
好きで言えば、旅先で地元のものづくり、
美味しい食事、美味しいパン屋、猫に出会えると幸せです。
断捨離をしつつ、買物もする今日この頃。
素敵な工芸を紹介したいと思います。
文:細萱久美
写真:杉浦葉子