世界が注目の「人形浄瑠璃」 思わず泣ける秘密は人形づくりの現場にあり

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阿波人形浄瑠璃

「現代の名工」木偶細工師の甘利洋一郎さんの工房へ

大人が感動する「人形劇」が日本にあります。何度見ても、ストーリーを知っていても涙してしまう。

それは、人形浄瑠璃。

日本中に地域の特色を持った人形浄瑠璃が伝わっています。中でも、ユネスコ無形文化遺産に登録された大阪の人形浄瑠璃「文楽」は、世界からも注目され、海外公演に招かれるほど。

この日本が生んだ「泣ける」人形劇の鍵を握る、浄瑠璃人形の作り手「木偶 (デコ) 細工師」を取材しました。

人形浄瑠璃が盛んな徳島で、木偶 (デコ) を作り続けて40年

古くから人形浄瑠璃が盛んな地域として知られる徳島県。大いに流行した江戸時代から、多くの人形師が腕を振るってきた地域です。様々な娯楽に押され、担い手の数が減ってしまった今も、その技術は受け継がれています。

この地で今も人形を作り続ける木偶細工師で、「現代の名工」にも選ばれた甘利 (あまり) 洋一郎さんの工房を訪ねました。

工房には、様々な頭がずらり
工房には、様々な頭 (かしら) がずらり

かつての人形浄瑠璃の枠を超えた人形製作

甘利さんの元には、阿波の浄瑠璃人形にとどまらず、日本各地から人形の製作や修復の依頼が届きます。作られた人形は、国立文楽劇場にも納められており、プロからの信頼もあついことが伺えます。

近年では、大阪府能勢町の公認PRキャラクターや道頓堀のくいだおれ太郎の文楽人形など、これまでの浄瑠璃人形にないキャラクターの製作も甘利さんが手がけました。

甘利洋一郎さん
甘利洋一郎さん。様々な製作依頼の他、大学での技術伝承の講座を受け持つこともあるそう。人形浄瑠璃の面白さを伝え、未来に残すことに尽力されています

「最近では、海外の方から製作現場が見たいという問い合わせをいただいたり、文化財としての製作を依頼されたりすることもあります。

世界の人形劇を見渡してみると、子供向けのものが多く、日本のように大人のために発展したものは稀なのです。そういう意味で、日本の人形浄瑠璃は世界一と誇れるものであるように思います」

ロボット工学でも注目される人形の感情表現

様々な依頼を受ける甘利さんですが、中でも特に驚いたのは、ある研究者からの依頼だったそう。

東京大学と慶應義塾大学のロボット工学における共同研究で、文楽の人形が実験に使われました。その人形製作に協力した甘利さん。

「浄瑠璃人形には人間以上の表情が浮かぶと言われています。東京大学と慶応義塾大学との合同チームの先生が来られて人形を作ってほしいと依頼がありました。

人形の頭 (かしら) 、首と手、着物などに、7つのセンサーを埋め込んでその動きを測定するというものでした。ロボットの動きに応用するための研究なんだそうです。

400年前の技術が今の先端技術に影響を与えているというのは面白いですね」

甘利さん
浄瑠璃人形の腕
感情表現を担う腕

人形遣いが命を吹き込む、舞台上の人形

それにしても、人形浄瑠璃はなぜ私たちの感情を揺さぶるのでしょうか。そこには、人形の作り手と遣い手による技がありました。

「浄瑠璃人形は、美術品ではなく生きた道具なんですよ。人形遣いが扱ってこそ命が吹き込まれます。

以前、文楽の人形遣いの名手、桐竹勘十郎 (きりたけ かんじゅうろう) 師匠が工房にいらしたことがありました。工房に置いていた衣装をまとった人形を勘十郎さんがそっと膝に乗せると、その瞬間、人形に命が吹き込まれたようでした。

ちょっとした首の角度や手の動きが加わるだけでこれほど人形が生き生きとした姿になるのかとプロの技に感動しましたね。

私たち作り手は生みの親、人形遣いの方々が育ての親だと思っています。時間をかけて育てるものです。新品の状態から経年変化が加わることでも人形が仕上がっていく、人間臭くなっていくように感じています。

私たちが作る人形は、仕上がった時ではなく、舞台に登場した時にその真価を問われます。人形遣いにとって扱いやすく、舞台映えする人形を作りたい。常にそう思っています」

人形を納めたら必ずその人形が登場する公演を観にいくようにしているという甘利さん。なぜ観にいくのでしょう。

ほんの小さな差が完成度に影響する

「作っている時は、至近距離で人形と対峙しています。一方で、舞台の上では遠く離れたところにあり、その上動いている。顔の輪郭や左右のちょっとしたバランスの違いが不思議と出来不出来を決めます。

それは本当に小さなことで、塗った胡粉の厚み一層のようなことなのですが、人形の印象を左右します。そうして気づいたことを次の製作でやってみるんです」

女性の頭。甘利さん曰く、卵型でつるりとした女性の頭が一番難しいのだそう
女性の頭。甘利さん曰く、つるりとした卵型をした女性の頭が一番難しいのだそう

プロの人形遣いならではのリクエストが技を成長させる

また、人形遣いの方と交流することで、遣い手ならではの視点を知ることもあるのだそう。

「目玉の位置について、リクエストをいただいたことがありました。

劇中の江戸時代の男女関係では、女性が腰を低くして下から見上げることが多いんです。遠慮していたり、いじらしかったり。

一般的な木偶の作り方の場合、まぶたの下に目玉を掘り出すので、どうしてもやや伏し目になります。視線が下を向いていると、相手を見上げて目線を合わせたい時に、顔がのけぞってしまいますよね。

顔と顔が向き合っていれば充分じゃないかと思うかもしれませんが、人形遣いの方たちは目線にまで気を配ります。

だから、少し黒目が上向きになるように目玉を作る。ほんのわずかな‥‥コンマ数ミリメートルの調整ですが、それで違和感なく目線を合わせられるようになり、よりリアルな感情表現ができる。言われてハッとしましたね」

女性の頭

他にも、感情を語る上で重要な動きをするのが腕や手のひら。ここには遣い手のこだわりと、からくりの設計上のせめぎ合いがあるそう。

「勘十郎さんから、女性の親指はなるべく内側に入れて欲しいと言われました。指先が揃って小さくなっている方が女性らしくなるんですね。

ただ、指先は関節から動かすパーツなんです。親指を内側に入れると指先を動かす時に他の指と擦れてしまいかねません。外側からは見えないくらいわずかに親指の内側を削って人差し指と擦れないように調整しました。

実際、そうして作ってみると確かに女性らしい美しさに磨きがかかるんです」

形の美しさと動きの自然さの両方をかなえる工夫がこうして生まれました。

浄瑠璃人形の指が曲がる場所は一箇所。リアルな動きをさせる場合、単純に関節の数や形を人間と同じにしてもカクカクと曲がりすぎてかえって違和感が出る場合もあるのだそう
浄瑠璃人形の指が曲がる場所は、付け根と関節の2箇所のみ。リアルな動きをさせる場合、単純に関節の数や形を人間と同じにしてもカクカクと曲がりすぎてかえって違和感が出る場合もあるのだそう。「見たままではなく、あえてデフォルメすることでリアリティが増す。先人たちの感性が生み出してきた人形の構造が人の心を動かすのでしょうね」と甘利さん
こちらは男性の手。見栄を切る場合などに開くよう関節の数が多く細工が難しいパーツ
こちらは見栄を切る場合などに使われる手。指が開くよう関節の数が多く細工が独特

農村舞台、屋内劇場で異なる人形

また、上演される場所によって、大きさや仕上げを変える場合もあるのだとか。

「阿波人形浄瑠璃は、農村舞台など昔から屋外で上演されるものでした。

屋外舞台で扱う人形は、遠くから見ても様子がわかるように大きめに作られているんです。肌にはツヤを出して、薄暗い夕暮れ時にも美しく映る姿にします。ツヤ仕上げにしていると、照明として焚いた火の油煙などで汚れても拭き取りやすいという利点もあります。

一方で、文楽座など屋内の舞台での上演で遣われる人形は、細やかに動かしやすく美しく見えるよう小ぶりです。舞台照明とハレーションを起こしてしまわないように肌はマットに仕上げます」

同じ種類の人形でも、遣われる場所によって大きさは様々。地域ごとに伝わる人形の縮尺もあるそう
同じ人物の人形でも、遣われる場所によって大きさは様々。地域ごとに伝わる人形の縮尺もあるそう
ツヤ仕上げの頭 (左) と、マットな仕上げの頭 (右)
ツヤ仕上げの頭 (左) と、マットな仕上げの頭 (右)。たしかに、ツヤ仕上げの場合は蛍光灯の光を反射しておでこが光ってしまっていますね

人形に「情 (こころ) 」を入れるか?

ここまでお話を伺ってきて、気になったのは人形に込める「性格」のこと。

人形に性格を持たせるのでしょうか?

「これは、扱う人がプロかアマチュアかによって変わってくるところなんですよ。地域のお祭りや風習と結びついている場合は、その土地の一般の方が人形を操るので、最初から性格が伺える人形を彫り出します。

一方、プロ集団が人形を遣う文楽では、はっきりとした性格が表れるような表情づくりはしません。人形遣いの名人の言葉に『娘はぼんやり彫れ。情けは私が入れる』というものが残っています。

文楽は性格を人形に持たせないんです。ひとつのキャラクターに完全に合わせたものを作ったら、その人形が他の役を演じられません。プロは、人形を通じた芝居で、その役に魂を入れているんですね」

仕上げた人形が舞台でどのような姿になるのか。どんな人に扱われるのか。完成後までを考え抜いているからこそ、観る人の胸を打つのだろうと思いました。甘利さんが製作した人形で上演される舞台、じっくり見てみたくなります。

<取材協力>

阿波木偶作家協会

徳島市勝占町原24-6

088-669-2995

◆全て甘利さんの人形が使われている劇場

能勢人形浄瑠璃鹿角座

https://www.rokkakuza.jp/


◆阿波人形浄瑠璃に触れられる場所

徳島県立阿波十郎兵衛屋敷

http://joruri.info/jurobe/

文:小俣荘子

写真:直江泰治

*こちらは、2019年5月13日公開の記事を再編集して掲載しました。指先ひとつの動きまで丁寧に作りこまれる人形たち。ぜひ劇場でご覧ください。

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