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蚊帳とは
一瞬で空間を変える不思議な道具の歴史と特徴
「晩方に自動車で街を通り過ぎると、実に絵のような美しい光景をちらりと見かけることがある。赤い縁をつけた青蚊帳がつられて、その中では寝ている人もあり或は寝そべったまま電灯の光の下で本を読んでいる人もある」
と、建築家ブルーノ・タウトが自著『日本の家屋と生活』で語った、日本の夏を象徴する道具、蚊帳。
しかし1960〜1979年以降、エアコンやアルミサッシが普及するにつれ、やがて姿を消していきました。
今日は、電気を使わず涼を取れる道具として、今再び見直されつつある「蚊帳」の魅力と歴史をご紹介します。
蚊帳とは?
蚊帳とは、夏に蚊などの小さな虫の侵入を防ぐための布、帷 (とばり)。
麻などの目の粗い布を寝室の天井や長押から紐などを使って垂らして使われる。紀元前6世紀の中東で始まり、中国を経由して奈良や近江などを中心に生産され、日本独自の進化を遂げていった。
現在では、電気を使わず涼を取れる道具として、蚊帳の良さが見直されつつある。
蚊帳の特徴 “涼しさ”の理由は素材にあり
古くから日本の蚊帳の素材は麻や絹が用いられてきたが、時代が進むにつれ和紙や木綿などが用いられるようになった。現代の蚊帳ではナイロンなどの化学繊維も使われるようになり、選択肢も増えている。
現在市販されている蚊帳の素材は、麻100パーセントの本麻、レーヨンと麻が混綿された両麻、綿と麻が混織された片麻、ナイロン、綿などが中心。
中でも麻は熱伝導率が低く、熱を逃がす特徴を持っているため、繊維の中でも特に涼しさを感じる素材になっている。本麻100パーセントの蚊帳は、蚊帳らしい自然な雰囲気を楽しめる。
蚊帳は一般的に天井や長押から紐などを使って垂らすが、母衣 (ほろ) 蚊帳 (※) と言われる蚊帳は竹、針金を使い、その名の通り“ほろ”のように子どもを覆う事のできる小さな蚊帳である。
※母衣 (ほろ)
南北朝時代、流れ矢を防ぐため、騎馬武者が背負っていた布製の大袋。
小林一茶も詠んだ蚊帳の情景
昔から日本人は、自然とうまく付き合いつつ、夏の暑さ・冬の寒さなどを凌ぐためのさまざまな道具を作り出してきた。季節毎の必需品が四季折々の風物詩ともなった。蚊帳もそのような道具のひとつであり、夏の季語として知られ、短歌や俳句などに数多く用いられている。
むら雨や ほろ蚊帳の子に 風とどく (小林一茶)
小林一茶は妻・きくとの間に3男1女をもうけるも、皆2歳を迎える前に相次いで亡くなっている。そんな一茶の、子を愛おしむ眼差しを感じさせるような夏の句。
蚊帳のなかに 放ちし蛍 夕されば おのれ光りて 飛びそめにけり (斎藤茂吉)
蚊帳の中に蛍を放し、夕方になって自ら光って飛び始めたという夏の朧夜を繊細に映し出した名歌である。
かや吊った 夜はめづらしく 子が遊び
ジブリ「となりのトトロ」での1シーンにあるように、江戸川柳の中にも子どもが、蚊帳が吊られたことで興奮してはしゃいでいる様子が描かれている。
蚊帳の使い方、洗い方、保管方法
◯蚊帳の使い方
和室では蚊帳の四隅の輪に長押 (なげし・柱から柱へ渡す横木) や鴨居 (かもい・ふすまや障子など引き戸を滑らせるための横木) や柱に、金具や釘でかけて吊るす。蚊が入って来ないよう、蚊帳を吊るす際は生地の裾はしっかりと床につける。
実際に吊るした様子はこちらから:
・「マンション住まいで蚊帳を体験。吊って気づけた特徴と新たな使い道」
◯洗い方
洗濯は避け、汚れた場合は硬く絞った布で軽く叩くように拭くと良い
◯保管方法
素材によっては直射日光や蛍光灯などの長時間照射により色あせの恐れがある (特に麻素材) ため、高温多湿を避け、直射日光の当たらない場所で保管する。
また冬期など長期間使用しない場合は乾燥剤を入れた箱または袋に入れ、風通しのよい場所で保管するのが良い。
蚊帳の歴史
◯はじまりは高級品。貴族に愛された蚊帳
蚊帳が日本の書物に初めて登場したのは、平安時代初期に編纂された『播磨国風土記』。
大和朝廷の応神天皇 (西暦270年~310年) が播磨 (現在の兵庫県姫路市あたり) を巡った際に、賀野の里 (かやのさと) で蚊帳を張ったという記録が残っている。
奈良時代になると、蚊帳の技術者が中国から渡来するようになり、絹や麻などを使った「奈良蚊帳」が作られた。当時、絹や麻は高級品で、これらを贅沢に使用した蚊帳は貴族ら上流階級のみが持てる贅沢品だった。
さらに平安時代には、貴族の寝所に御帳台 (みちょうだい) が使われるようになり、蚊帳などの布で囲われた中で眠りにつくようになっていった。この時代、宮廷建築や神社仏閣などの内装として織物が使われることも多く、さまざまな織り方の布が作られた。
蚊帳が高級品であることは室町時代に麻で織られた「八幡蚊帳」「近江蚊帳」が流通するようになってからも変わらず、麻の蚊帳は米2〜3石分に相当した。武士やその姫君に限られ、大名間の贈答品として使われていたという記録もある。
一方で当時の庶民の間では、蚊除けには風通しのあまり良くない和紙などを用いることが一般的であった。
◯庶民の生活に広まる
江戸時代になると、近江八幡の蚊帳の業者が互助会のような組織を作ったことで蚊帳が手に入れやすくなり、庶民の間にも徐々に麻の蚊帳が普及していった。
嫁入り前に蚊帳の新調を行う「蚊帳の祝儀」も各地で広まり、歌舞伎、落語、俳句などに蚊帳が登場する場面も増え、江戸時代の庶民の暮らしに蚊帳が溶け込んでいったことが伺い知れる。
◯日本の夏の風物詩へ
明治時代になると、海外から紡績糸の綿糸が入ってくるようになり、木綿素材の蚊帳が登場する。木綿は麻よりも値段が安いだけでなく、比較的通気性がよいことから、瞬く間に広まった。
両麻、片麻など、麻と木綿の混織の蚊帳も登場し、それぞれの家庭に合った蚊帳が選べるようになったこと、機械の導入により大量生産が可能になったことなどから、蚊帳は広く人々に愛される日本の夏の風物詩となっていった。
1970年代初め頃まで蚊帳の生産は拡大し、日本のほとんどの家庭にある道具となっていくが、エアコンや扇風機の普及により、蚊帳は徐々に姿を消していくこととなる。
姿を変えて生活に溶け込む現在の蚊帳
エアコンや扇風機のように電気を使わず、殺虫剤のような化学薬品も使わない蚊帳は、体にも環境にもやさしい道具として、素材や形を変え、再び注目を集めている。
防虫としての役割だけでなく、空間を演出するアイテムとして用いられる場面も増えている。
昔ながらの寝床を覆うもの、ベッド周りに吊るすもの、ワイヤーなどを使った開閉できるもの、カラフルなものなど、デザインも色も豊富になった。
また、蚊帳の素材は丈夫で吸水性も良いことから、ふきんや自動車シート用難燃補強基布、ストールや洋服の生地など、私たちの生活にさりげなく溶け込んでいる。さらに、海外ではマラリア予防のために蚊帳が使われるなど、海を越えて活用される事例も出てきている。
年々暑くなっていく日本の夏。自分に合った蚊帳で、自然な涼しさを楽しんでみてはいかがだろう。
関連の読みもの
・マンション住まいで蚊帳を体験。吊って気づけた特徴と新たな使い道
・暮らしの道具「蚊帳」が、空気のようにやわらかい夏のショールになるまで
記事で紹介した蚊帳生地のアイテム
麻の蚊帳
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639585691/<
花ふきん
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/g/g4547639242860/
麻の蚊帳生地で作られた洋服など
https://www.nakagawa-masashichi.jp/shop/e/ev0182/
以上全て中川政七商店
<参考>
・小泉和子、田村祥男著『昭和すぐれもの図鑑』河出書房新社(2007年)
・中林啓治、岩井宏實 著『新装版 ちょっと昔の道具たち』河出書房新社(2001年)
・ブルーノ・タウト著『日本の家屋と生活』(1966年)
・岩井宏實、工藤員功、中林啓治著『民具の事典』河出書房新社 (2017)
・一茶記念館
http://www.issakinenkan.com/about_issa/
・上田蚊帳株式会社「蚊帳について」
http://uedakaya.co.jp/mosquito-net/
・厚生労働省検疫所 FORTH
https://www.forth.go.jp/topics/2016/12191047.html
・茶堂・善了寺
http://www.chadeau.com/16070101
・奈良県織物協同組合
https://www.apparel-nara.com/orimono/kayakiji/
・レファレンス協同データベース
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=10000507
(以上サイトアクセス日:2020年04月22日)
<協力>
大和織布有限会社