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川連漆器とは

800年続く「燻し」と「花塗り」の伝統

川連漆器

シンプルかつ華やかな赤と黒、丈夫で安心感のある秋田の「川連漆器 (かわつらしっき) 」。

同じ秋田の名物「稲庭うどん」。

実は2つの名産品にはある共通点があります。

800年続く「川連漆器」の特徴や歴史、そして「稲庭うどん」との関係を見ていきましょう。

川連漆器とは

川連漆器は、秋田県湯沢市で生まれた漆器。現在はお椀や重箱などで日常的に使われている。その製造工程は主に、木地作り・下地づけ・塗り・加飾の順で行われる。生漆を何度も繰り返し塗る「地塗り」により強度の高い器が作られる。

ここに注目。「燻し」と「花」

川連漆器では器の原型となる木を挽いた後、煙で燻して乾燥させる「燻煙乾燥」 (くんえんかんそう) を行う。これにより、木材の狂いや歪みが減り、割れにくくなる。また、煙の成分と木材のたんぱく質が結合することで木質の強度が上がり、防腐効果や防虫効果に繋がる。

塗りの様子
塗りの様子

そして川連漆器がもつ漆の光沢と自然な曲線は、「花塗り」という技法によるもの。塗っては研ぐ (サンドペーパーで漆器を研磨し、表面に溝を作り、漆が入りやすくすること) 、という作業を繰り返したあと、最後に上塗りを行い、研がずにそのまま乾燥させる。ムラなく滑らかに漆を塗り、さらに埃にも注意を払うため、「花塗り」には高度な技術を必要とする。

花塗りが施された椀
花塗りが施された椀

川連漆器も稲庭うどんも、湯沢の「冬」生まれ

日本三大うどんとして知られる、稲庭うどんもまた湯沢市が発祥地。

実は川連漆器と稲庭うどんには、発祥に共通点がある。

江戸時代初期、米の収穫ができない冬期、農民たちは小麦の栽培と加工を試行錯誤していた。そんな中、稲庭町小沢に住む佐藤市兵衛が、地元の小麦粉を使用した干しうどんを作った。これが稲庭うどんの起源とされている。

この「稲庭」という名称だが、この地の領主小野寺氏が、住んでいた城の高台からの景色を見て「一面の黄金色の稲穂、これはまるで稲の庭」と言った事が由来とされている。

そして川連漆器のはじまりは約800年前、鎌倉時代まで遡る。

当時川連村では、1年の半分以上が雪に覆われたため農業ができず、農民の生活は困窮していた。源頼朝の家臣で川連村の領主であった小野寺重道 (おのでら・しげみち) の弟、道矩 (みちのり) は、農民たちへ内職として、刀の鞘 (さや) や弓、鎧などの武具に漆を塗ることを教えた。これが川連漆器のはじまりといわれている。

このように川連漆器と稲庭うどんは、どちらも奥羽山脈に囲まれている豪雪地帯の湯沢で、厳しい冬を乗り越えるための人々の知恵から生まれたのであった。

共に秋田の産業を支えている川連漆器と稲庭うどん
共に秋田の産業を支えている川連漆器と稲庭うどん

川連漆器の歴史

◯始まりは武具の漆塗りの内職から

川連漆器のはじまりは約800年前、鎌倉時代。

源頼朝の家臣で川連村の領主であった小野寺重道 (おのでら・しげみち) の弟、道矩 (みちのり) が村の農閑期の内職として、農民たちに武具の漆塗りを教えたことが始まりと言われる。

◯江戸時代に本格的な産業へ

1615年頃 (江戸時代初期) から、川連村を中心とした約26戸の椀師が漆器の販売を仕事にするようになり、本格的な漆器産業が開始した。

江戸時代中期には、藩の許可を取り商品の販路を他国へ開拓。

江戸時代後期に入ると、藩の保護政策の元、椀や膳、重箱など様々な漆器が作られ、沈金や蒔絵といった装飾も施されるようになった。これにより漆器産業の基盤が確立。1833年の天保の大飢饉により、生産の危機に陥ることもあったが、確実に一歩ずつ産業として発展していった。

◯漆器生産額2,000両の繁栄ぶり

明治時代の1869年 (明治2年)、 当時の漆器生産額は2,000両であったと藩の記録に残っている。※幕末の米価で換算した場合、1両=約4千円~1万円。(参考 : 日本銀行金融研究所 貨幣博物館https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/historyfaq/answer.html#a05)

1896年 (明治29年) には川連村漆器同業組合が発足し、翌年1897年に第1回品評会が開かれた。この頃の椀の木地は、水車の力を利用してろくろを回す「水車式ろくろ」や脚で台のろくろを回す「足踏み式ろくろ」による生産が主流であった。

◯戦後の経済復興のなか、伝統工芸品へ

戦後、経済が復興してくると、家庭で日常的に使える汁椀が関東付近へ数多く出荷された。さらに旅行が流行したため、温泉地への膳や椀の出荷も増加した。1976年 (昭和51年) には 、国の伝統的工芸品に認定される。

◯地域の主要産業へ

1996 (平成8年) には、県の伝統的工芸品にも指定される。さらに、1998年 (平成10年)と2000年 (平成12年) に、全国漆器展で内閣総理大臣賞を受賞。地域の主要産業として発展した川連漆器は、現在も人々の生活の中で親しまれている。

現在の川連漆器

漆器協同組合は、オリジナルブランドを立ち上げ、使う人の気持ちを重視してデザインした新商品を開発している。そこのくぼみが手になじみやすいように設計した椀のシリーズ「たなごころ」や、滑らかな曲線が特徴のカトラリーのシリーズ「ひとさじ」、燻椀乾燥の特徴をブランド名に込め、シンプルで使いやすい椀のシリーズ「燻椀 IBURIWANCO」などが代表的な作品だ。

たなごごろの器シリーズ「汁椀」
たなごごろの器シリーズ「汁椀」
ひとさじのカトラリーシリーズ「弓」
ひとさじのカトラリーシリーズ「弓」

ここで買えます、見学できます

湯沢市川連漆器伝統工芸館
湯沢市川連漆器伝統工芸館

◯湯沢市川連漆器伝統工芸館

工芸館1階は川連漆器の展示コーナーになっていて、箸やお椀、お盆やテーブルなど常時1000点以上の展示されている。2階の資料館では、川連漆器の約800年の歴史を紹介している。製造から装飾まで、川連の地で行われてきた職人たちの力を知ることができる。また、沈金や蒔絵といった加飾技法の体験もできる。

川連漆器の使い方、洗い方、保管方法

川連漆器を使う上での適温は70〜80度。そのため沸騰してすぐの熱湯を入れるなどは控えたい。

洗う際には、柔らかいスポンジと中性洗剤を使用する。ぬるま湯で洗い水分を切るか、もしくは布巾で拭きあげると使うごとにツヤが増すといわれている。

乾燥や紫外線に弱い漆器は、日当たりの良い場所を避けて保管し、重ねる場合は器と器の間に布を挟むと傷がつきにくい。

◯漆器の使い方や洗い方、保管方法など詳しくはこちらから。

漆器のお手入れ・洗い方・選び方。職人さんに聞きました
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/112389

川連漆器のおさらい

◯川連漆器の素材

主に奥羽山脈のブナやトチ、カツラなどの広葉樹を用いる。

お椀などの原木には主にブナやトチ、カツラなど、重箱などにはホオノキといった、奥羽山脈に生息する 広葉樹を使用する。また、原木を年輪に対して縦に切る「横木」を使う事が多く、年輪に対して平行に切った「縦木」に比べ4倍もの強度がある。

◯主な産地

秋田県湯沢市

◯主な製品

椀、鉢、皿、盆、重箱、座卓、タンス他

◯数字で見る川連漆器

・誕生 : 1193年 (鎌倉時代)

・従事者数 : 秋田県漆器工業協同組合員数は89名 (平成29年度) /伝統工芸士32名

・伝統工芸品指定:1976年 (昭和51年)、 国の伝統的工芸品の指定を受け、1996年 (平成8年) 県の伝統的工芸品指定されている。

関連する工芸品

漆とは。漆器とは。歴史と現在の姿
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/109680

<参考>
・小林真理 著 『漆芸の見かた』 誠文堂新光社 (2017年)

・国土社編集部 編 『都道府県別 日本の伝統文化 ①北海道・東北』国土社 (2016年)

・秋田県稲庭うどん共同組合

http://inaniwa-udon.jp

・秋田県漆器工業協同組合

http://www.kawatsura.or.jp

・東北経済産業局

https://www.tohoku.meti.go.jp/s_cyusyo/densan-ver3/html/item/akita_02.htm

・日本銀行金融研究所 貨幣博物館

https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/historyfaq/answer.html#a05

(以上サイトアクセス日:2020年04月30日)

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