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井波彫刻とは

日本一の彫刻の町の技と歴史

伊波彫刻

木槌のトントン、カンカンという音があちこちから聞こえてくる井波彫刻のふるさと、富山県の「八日町通り」。木造の町屋が並ぶ通りを歩けば、木彫刻の工房やノミを売る商店などが立ち並び、どこからかほのかに木の薫りが。

ここは欄干彫刻など繊細かつダイナミックな井波彫刻が日々生み出される、職人の町。

なぜ、小さなこの町に多くの木彫り職人たちが集まり、日本一といわれる木彫刻の町に発展してきたのでしょうか。

井波彫刻の歴史と現在の姿を追ってみましょう。

井波彫刻とは。代表作は透かし彫りの欄間

井波彫刻とは、富山県南西部にある南砺市(なんとし)井波地区で作られている木彫刻をいう。

井波は日本一の木彫りの町として知られ、瑞泉寺という古刹の門前町としても有名だ。井波彫刻は、その瑞泉寺で発祥し、宮大工の文化のなかで育まれた。

井波彫刻は、松竹や花鳥風月に、龍や獅子といった空想の生物などを題材にした立体感のある生き生きとした彫りが特徴とされる。まるで生きているかのような精巧な彫刻は、ノミだけで彫る「透かし彫り」という技法によって作られている。

井波彫刻の制作風景
彫刻が施される様子

用いられるのは、ケヤキやクスノキ、ヒノキ、サクラといった材木。この材木を乾燥させ、反りや収縮が収まったところで彫刻を施していく。

床の間にある欄間彫刻がその代表的なもので、裏表両面から幾重にも重ねた立体的な彫りにより、鶴や松などの素材がまるで生きて飛び出して来るかのような躍動感が生まれる。

はじまりは瑞泉寺から。「獅子の子落とし」は必見

瑞泉寺
瑞泉寺

井波彫刻の歴史は、井波にある瑞泉寺からはじまった。

真宗大谷派・瑞泉寺は14世紀に建立された寺で、これまで何度も火災に見舞われた。江戸時代中期、数回目の焼失の際に京都の東本願寺から彫刻師が招かれ、地元の宮大工・番匠屋
(ばんしょうや)九代七左衛門らにその技を伝えたことから、井波彫刻が誕生した。

瑞泉寺があったからこそ井波彫刻は生まれ、寺の装飾を通して技術が磨かれ、発展したといってよいだろう。

瑞泉寺の勅使門 (ちょくしもん) 扉両脇に彫刻された「獅子の子落とし」は、この七左衛門の手によるもの。

「母獅子が子獅子を谷に突き落とし、上がってくる子だけを育てる」という言い伝えを現したもので、まるで生きて動いているかの躍動感がある。

この「獅子の子落とし」は井波彫刻の代表作なだけでなく、日本の木彫刻史上最高作ともいわれている。井波を訪れた際はぜひ見ておきたい。

井波彫刻の豆知識  持ち家率全国NO.1の富山で磨かれた彫刻技術

岩﨑孝進作欄間「老松」
岩﨑孝進作欄間「老松」

井波彫刻がこの地で発展した背景として、門前町としての歴史以外に、富山県に家を大事にする文化があるということがあげられる。

富山県の持ち家率と一戸当たりの延べ面積は、どちらも全国1位。若い頃から持ち家を持つ人が多く、家の面積も広いことから、室内に手間をかける人が多いのだという。

また、井波の周辺には砺波(となみ)平野が広がり、豊かな屋敷林に囲まれた家が点在する「散居村」がある。

水の豊かな扇状地である砺波平野に点在する民家はおよそ7000戸。美しい田園風景には、自宅の周りで稲作や野菜づくりを行い、火を起こすのに必要な木々は屋敷林から調達するという生活が刻まれている。

こうした自然と共にある暮らしのそばで、井波彫刻は発展を遂げてきた。

◯井波彫刻250年の歴史。その起源

瑞泉寺の建立は、室町時代まで遡る。1390年 (明徳元年) に本願寺5代・綽如上人 (しゃくにょしょうにん) が開いた寺だ。

戦国時代になると、瑞泉寺は一向一揆の拠点となり大きな勢力を持つようになった。一向一揆とは、浄土真宗本願寺派の信者たちが起こした一揆で、のちに反権力の象徴ともなる。

瑞泉寺も争いに巻き込まれ、戦火や失火からその建物は何度か焼失するが、その度に多くの信者の支援により、再建をしてきた歴史がある。

戦火も収まった江戸時代、1762年の宝暦の火災でまたもや瑞泉寺は焼失する。

その時、再建のために派遣されてきたのが、京都・東本願寺の御用彫刻師・前川三四郎である。彼のもとで番匠屋九代目・田村七左衛門など井波の宮大工4人が、京都の芸術性の高い彫刻の技法を習ったのが井波彫刻の始まりだといわれている。

1792年、瑞泉寺勅使門門扉の両脇に七左衛門の代表作となる「獅子の子落とし」の木彫刻が完成。以後、井波彫刻は多くの名人や名作を世に送り出した。

◯明治時代、活躍の舞台は寺社から住宅の中へる

江戸時代までは、主に寺社の彫刻をメインとしていた井波彫刻だが、明治時代以降になると欄間彫刻を主に生産するようになっていった。欄間を取り入れた和風住宅が、明治以降広がったことがその理由としてあげられる。

1914年、井波の彫刻師・大島五雲の書院欄間がサンフランシスコ万国博覧会に出品され、名誉金賞を受賞。五雲は欄間彫刻の研究を重ね、空間を生かした欄間の名作を多数生み出している。

1920年、井波彫工会が結成。組織として住宅用の欄間の開発を行い、井波彫刻は「井波欄間」という名で広く知られ、町の産業となった。

欄間のほかにも衝立や置き物など、家庭で使う彫刻品も作られるようになり、井波彫刻は寺社を彩る宮大工としての彫刻から、日々の暮らしを飾る日常の彫刻へと姿を変えていった。

◯高度経済成長期以降、井波は観光の街に

井波の門前町である八日町通りは、戦後まで銀行や商店が並ぶ砺波平野南部の商業の中心地だった。

1960年代になると、一般の家庭にも自動車が普及。ショッピングセンターなどを求めて人々は郊外に移動するようになり、商業の町としては段々と衰え、空き店舗が目立つようになった。

その空き店舗に進出し始めたのが、井波彫刻の工房だ。

1975年、井波彫刻が国指定の伝統的工芸品に指定されたのがきっかけとなり、八日町通りに多くの井波彫刻の工房が移転。

木槌の音が響く中世の町並みは、レトロな雰囲気を感じられる場所として有名になり、1980年以降多くの観光客が訪れるようになった。井波地区は合掌造り家屋の五箇山へも近く、観光客数が増加。1996年、井波へやってきた観光客の数は、なんとおよそ102万。その後も多くの観光客が訪れ、富山県内では立山黒部アルペンルートや五箇山に次ぐ観光地となった。

現在の井波彫刻

井波彫刻とギターのコラボレーション
井波彫刻とギターのコラボレーション

井波では伝統を引き継ぐ若手の育成に務めるべく「井波木彫刻工芸高等職業訓練校」が運営され、新しい技術者を生み出している。こうした努力もあり、井波は今でも200人を超える木彫り職人を抱える日本一の木彫刻の産地として知られる。

現在、日本家屋が減ってきていることもあり、欄間や衝立の需要も減少。そのため井波彫刻では照明器具や看板、表札のほか、ギターなどの新たな製品を作りはじめ、注目を集めている。

こうして新しい技術が求められる一方、宮大工としての腕を買われ、全国の神社仏閣の修復作業などで職人たちが活躍しているのも、多くの職人を抱える井波ならでは。日展への出展など芸術的な分野で活躍する彫刻師もおり、井波の彫刻の歴史と懐の深さがうかがえる。

ここで買えます、見学できます

井波彫刻発祥の地、瑞泉寺では「獅子の子落とし」をはじめ、龍やうさぎなど江戸時代に彫られた多くの彫刻を見ることができる。特に太子堂の彫刻は圧巻だ。

また、井波彫刻総合会館では欄間や置き物、衝立、獅子頭などが見学できる。館内の配置などは、瑞泉寺の伽藍がモデルになっていることにも注目したい。

・瑞泉寺
富山県南砺市井波3050
0763-82-0004

・井波彫刻総合会館

高画質会館常設展示室
会館常設展示室

富山県南砺市井波北川733
0763-82-5158

関連する工芸品
木工品 : 「日本の木工とは。木からうつわや家が生まれる、歴史と技術」
https://sunchi.jp/sunchilist/craft/115377

井波彫刻 基本データ

◯素材

ケヤキ、クスノキ、ヒノキ、キリ、サクラなど主に国産の材木

◯主な産地

富山県南砺市井波地区

◯制作工程

原木選びから仕上げ彫りまで10ほどの工程がある。欄間でおよそ2ヶ月の制作期間が必要。

◯代表的な技法

浮かし彫り。やすりなどを使わず、ノミだけで裏表を彫る。

◯数字で見る井波彫刻

・誕生 : 1762年宝暦の火災以降(戦国時代)
・彫刻技術者数 : 200人超
・1つの作品に使い分けるノミの数 : 200本以上
・国の伝統的工芸品指定 : 1975年

<参考>
財団法人 伝統的工芸品産業振興協会 監修 『ポプラディア情報館 伝統工芸』ポプラ社 (2006年)
中川重年 監修『調べてみよう ふるさとの産業・文化・自然④ 地場産業と名産品2』社団法人 農山漁村文化協会 (2007年)
日向 進 著 「越中井波の彫物大工番匠屋 : その系譜と活動の実態」『日本建築学会計画系論文報告集』417 号/ (1990)
須山 聡 著「富山県井波町瑞泉寺門前町における景観の再構成 : 観光の舞台・工業の舞台」『地理学評論』76巻13号 (2003年)
日本遺産ポータルサイトより
STORY #059「宮大工の鑿 (のみ) 一丁から生まれた木彫刻美術館・井波」
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/stories/story059/index.html
とやまブランド物語 VOL. 10 認定品「井波彫刻品」
https://www.toyama-brand.jp/file_upload_p/100044/_main/100044_02.pdf
井波彫刻協同組合
https://www.inamichoukoku.jp/
となみ野田園空間博物館 となみ散居村ミュージアム
https://sankyoson.com/about/
(サイトアクセス日:2020年7月15日)

<協力>
井波彫刻協同組合

木工

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