日本全国

箱根寄木細工とは

宿場町から生まれた歴史と、精巧な細工のつくり方

箱根寄木細工

江戸時代後期、旅する人々が行き交う箱根の宿場町、畑宿 (はたじゅく) で、人々を魅了してやまない土産物がありました。

それが「箱根寄木細工」です。

木々の自然の色合いを生かして作られた幾何学模様の美しさは、たちまち人々の注目するところとなりました。

伝統を継承しながら新しい技法も取り入れ進化を続ける、箱根寄木細工の世界を見ていきましょう。

<目次>
・箱根寄木細工とは
・ここに注目。シーボルトも驚いた宿場町の土産もの
・一体どうなってるの?寄木細工の作り方
・箱根寄木細工といえばこの人・この工房。金指勝悦さん
・箱根寄木細工の歴史。始まりは江戸の宿場町から
・ここで買えます、見学できます
・箱根寄木細工 おさらい

箱根寄木細工とは

箱根寄木細工 (はこねよせぎざいく) とは、神奈川県小田原市および箱根町で作られる寄木の工芸品。さまざまな樹木が生息する箱根だからこそできる寄木の工芸品で、それぞれの木々が持つ色合いや木目を生かして幾何学模様が作り出される。

箱根寄木細工の幾何学模様
箱根寄木細工の幾何学模様
様々な組み合わせで模様が変わる

この技法は江戸時代後期に箱根畑宿の石川仁兵衛 (いしかわ・にへい) が生み出し、現在まで技術伝承がなされているもので、国内では神奈川県箱根町と小田原市が唯一の産地となっている。

ここに注目。シーボルトも驚いた宿場町の土産もの

箱根旧街道
箱根旧街道

箱根南部にある畑宿 (はたじゅく) は、立場 (たてば) と呼ばれた旅人の休憩場所の中でも大きく、街道の両側に並んだ茶店は多くの人々で賑わった。

そんな宿場町の土産として人気だった寄木細工。

箱根の自然色を生かした幾何学模様の美しさは人々を魅了し、シーボルトの『江戸参府記』や安藤広重の浮世絵『箱根屋 外茶番屋膝栗毛』にも寄木細工が描かれている。

一体どうなってるの?寄木細工の作り方

ところで、あの精巧な幾何学模様はどのようにしてつくられているのだろうか。

ここからは実際の作り方について見ていきたい。

◯寄木細工づくりは「種板」から

様々な模様で作られる、寄木のブロック
様々な模様で作られる、寄木のブロック

箱根寄木細工の特徴である美しい幾何学模様は、さまざまな色合いの木材を組み合わせることで作られていく。

まず、基礎材と呼ばれる材料となる木を型に入れて切り、模様の部材を作り、同じ形の部材を貼り合わせることで、模様の基礎となる小さな寄木のブロックをつくる。その小さなブロックをさらに貼り合わせてできるのが、「種板 (たねいた) 」と呼ばれる大きなブロックだ。

箱根寄木細工には、「ヅクばり」と「ムクづくり」とよばれる技法があるが、これは種板の加工方法の違いによるもの。

「ヅクばり」は古くからおこなわれている技法で、種板をかんなで薄く削ってシート状にしたものを小箱などに化粧材として貼っていくのに対し、「ムクづくり」は種板をそのままくりぬいて作品を作る技法で、箱根寄木細工の魅力を多くの人に知ってもらうために近年考案された。

◯伝統模様はおよそ50種類。華麗なるデザイン

寄木細工に使われる伝統的な模様は約50種類ある。「六角麻の葉」や「市松」「からみ桝 (ます) 」などが代表的な模様だ。

組み合わせる木材の種類と、部材を貼り合わせたものをのこぎりで切る際の角度を変えることで、さまざまな模様を作り出す。

寄木細工で作られたブロックを削り出して、さらに模様のバリエーションを増やしていく。
寄木細工で作られたブロックを削り出して、さらに模様のバリエーションを増やしていく。

例えば矢羽模様であれば45度、亀甲は60度、市松は90度といった具合に、ほんの数ミリのカットの違いでさまざまな模様を作るため、完成させるのには卓越した職人の技術がなくてはならない。

箱根寄木細工といえばこの人・この工房。金指勝悦さん

前述の「ムクづくり」で作られた作品のひとつに箱根駅伝のトロフィーがある。1997年 (平成9年) 以降、箱根町から往路の優勝校に贈られている。

このトロフィーを考案したのは、伝統工芸士の金指勝悦 (かなざし・かつひろ) さん。

制作途中のトロフィーを持つ金指さん
制作途中のトロフィーを持つ金指さん

金指さんが作るトロフィーには一切設計図がなく、実際に手を動かしながら作り上げていく。

もともとは寄木細工とは別の木工の仕事をしていた金指さんだが、寄木細工の道を志した時には、すでに寄木細工の職人の数はかなり減っており、周囲からの反対も少なくなかったという。

箱根の伝統工芸品である寄木細工が衰退していくのを自身の肌で感じるとともに、種板を0.15ミリから0.25ミリの薄さに削った「ヅク」を何枚も貼り付けて作品を作ることが自身の性に合わないと感じた金指さんは、寄木細工の作り方を習得していくうちに種板そのものを削り出して作品を作り出す「ムクづくり」の手法を編み出した。

「ムクづくり」の手法を積極的に地域で広め、箱根寄木細工の復興に尽力していた金指さんに箱根町がオファーしたことで、1997年 (平成9年) に唯一無二の箱根駅伝のトロフィーが完成した。

立体の寄木細工。こちらもブロックから削り出して作られる。
立体の寄木細工。こちらもブロックから削り出して作られる。

<関連の読みもの>
箱根寄木細工の職人が手がける、世界にひとつの箱根駅伝トロフィー。唯一の作り手、金指さんが描く夢
https://story.nakagawa-masashichi.jp/81513

箱根寄木細工の歴史。始まりは江戸の宿場町から

江戸時代後期、畑宿という小田原と箱根のちょうど真ん中辺りにある宿場町で、寄木細工は生まれた。

畑宿の石川仁兵衛が、木の種類が豊富な箱根の山の特性に着目し、色や木目の違うさまざまな木を寄せ合わせてお盆や箱を作ったのが始まりだとされている。

旅人が行き交う畑宿で、美しい幾何学模様の箱根寄木細工は旅の土産物として人気を博した。

江戸時代後期に作られ始めた当初は、乱寄木や単位文様と呼ばれる簡単な模様の寄木細工が主流だった箱根寄木細工。

明治時代に入ると、静岡方面の寄木の技法が取り入れられたことで、現在のような複雑な幾何学模様の寄木細工が作られるようになった。

1984年 (昭和59年) 5月には、通商産業大臣より国の伝統的工芸品として指定を受けた。

江戸時代から現代に至るまで技術伝承がなされている小田原・箱根地方は、箱根寄木細工の国内唯一の産地として知られる。

ここで買えます、見学できます

・金指ウッドクラフト

箱根駅伝のトロフィーを作っている金指さんの工房で、歴代トロフィーのレプリカも展示されている。

神奈川県足柄下郡箱根町畑宿180-1
0460-85-8477
http://www.kanazashi-woodcraft.com/index.html

・本間寄木美術館 (ほんまよせぎびじゅつかん)

1994年 (平成6年) 、本間木工所の社長だった本間昇 (ほんま・のぼる) さん (現在は会長) が設立した美術館。本間さんが長い年月をかけて収集した寄木細工などが展示されている。

〒250-0311
神奈川県足柄下郡箱根町湯本84
0460-85-5646
0460-85-6580
https://www.yoseki-museum.com/about/

・WAZA屋

箱根物産連合会の直営店。JR小田原駅直結の「ラスカ小田原」内にある。

〒250-0011
神奈川県小田原市栄町1-1-9 ラスカ小田原5F
0465-23-7749
https://www.waza-ya.com/

箱根寄木細工 おさらい (基本データ)

◯素材
・白色系 : アオハダ・マユミ・ミズキ
・黄色系 : ウルシ・ハゼ
・茶色系 : エンジュ・サクラ・ケヤキ
・褐色系 : ケヤキジンダイ
・灰色系 : ホオノキ・アオハダ

◯主な産地
・小田原・箱根地方

◯主な技法
・ヅクばり : 種板を薄く削ったヅクを木工品の表面に貼り付ける古くから行われている技法
・ムクづくり : 種板そのものをくり抜いて加工する技法で、近年行われるようになったもの

◯代表作
・秘密箱 (箱の面を少しずつ順番に動かすとふたを開けることができる。)

◯代表的な作り手
・金指勝悦 (かなざし・かつひろ) さん

◯数字で見る箱根寄木細工
・誕生 : 江戸時代後期 (約200年前)
・模様の種類 : 基本的な模様は約50種だが、応用で無限に近い模様が生まれる
・従事者数 : 約50人 (そのうち伝統工芸士は7人)

<参考>
・こどもくらぶ (小林寛則) 著『企業内「職人」図鑑 私たちが作っています。10 伝統工芸品の三』同友館 (2016年)
・坂井著『ポプラディア情報館 伝統工芸』ポプラ社 (2006年)
・鈴木照男著 『箱根木地細工の創始とその背景について一〈Ⅰ〉一』文教大学女子短期大学部
・中川著『地場産業と名産品 2』農産漁村文化協会 (2007年)
・木路 Kiro
http://www.yosegi-kiro.com/

・本間寄木美術館
https://www.yoseki-museum.com/

<協力>
箱根物産連合会
http://www.hakonebussan.com/

関連の読みもの

関連商品

木工