高温多湿な日本の夏に最適。一人の女性の想いが生んだ「阿波しじら織」
衣服、寝具やインテリアなど、さまざまな場面で私たちの暮らしを支え、彩ってくれる「布」。改めてそれらを眺めてみると、実に多様な特徴を持っていることに気づきます。
気候や文化、つくり手の工夫などの影響を受け、日本の各地で生まれた個性豊かな「布ぬの」。
その魅力を多くの人に知ってもらいたい。好きになってもらいたい。そんな想いで「日本の布ぬのTシャツ」をつくりました。
今回選んだ3つの「布ぬの」。その歴史や特徴、つくり手の想いを取材しています。ぜひご一読ください。
徳島の「阿波しじら織」でつくる凹凸のある生地
今回紹介するのは、徳島県の「阿波しじら織」。凹凸が生む陰影がさりげなく目を引き、織物ならではの味わいがあります。
「今回はTシャツだから、夏にふさわしい布を選びました」と、デザイナーの山口さん。
触ってみると、たしかにさらっとしていて気持ちいい。
Tシャツの中央、絵画のように飾られたこの一枚の布に、どんなものづくりがあるのでしょうか。
一枚の絵画を愉しむような、ものづくりへの愛着を求めて、徳島県の「阿波しじら織」の産地へ。つくり手である長尾織布合名会社の三代目、長尾伊太郎さんに話を聞きに出かけました。
軽くて涼しい。高温多湿な日本に最適な織物
阿波しじら織は、この凹凸のあるシボが何よりの特徴です。
凹凸があるから空気をよく通し、軽くて涼しい。肌に接地する面積が少ないこともあり、高温多湿な日本の春夏の衣料に適しています。
着心地のよさはもちろん見た目にも涼しく、綿素材なので吸湿性にも富んでいます。
はじまりは、一人の女性の「美しい布を身にまといたい」という想いから
阿波しじら織のシボは、明治時代の初めに、ある一人の女性からはじまったと言います。
「折に触れて贅沢禁止令が出されていた当時、絹は贅沢品として、庶民が使うことは禁じられていました。
当時は全国的にそうですが、徳島も例に漏れず綿織物が盛んな地域だったので、綿織物に柄をいれたり色を差したり、なるべく華やかになるように工夫を凝らしながら仕立てていました」
そんな折、海部ハナさんという一人の女性が、
織りかけの布を夕立で濡らしてしまい縮んだ生地をヒントに、工夫を重ねてつくったのが阿波しじら織の始まりです。
雨で濡れて凹凸ができたのは、奇しくも糸の本数を間違って織った部分のみ。これをヒントに、糸の本数を増やし熱湯に浸すなどして、試行錯誤を繰り返しシボをつくっていきました。
偶然をヒントに生まれた美しい布。
一枚の布を美しく仕立てることに、どれだけ切実な想いが込められていたのかを想像すると、より一層愛着が沸くようです。
布のシボは、糸の撚り具合によってつくられることが多い中、
阿波しじら織では、海部ハナさんが編み出した、縦糸と緯糸の張力差の違いによって、シボを生み出しているそうです。
阿波と言えば、藍染?阿波しじら織と藍染の関係
シボのある「阿波しじら織」はこうして生まれたわけですが、「阿波」と聞くと藍染のイメージがあります。
今回訪問した長尾織布さんの工場にも、そこかしこに藍、藍、藍。
「しじら織の技法が生まれる前から、阿波では藍染が盛んでした。
昔は化学染料なんてないので、日本各地で盛んだったのですが、中でも阿波産の物は質量ともに優れていた為、阿波藍と呼ばれ、藍染の代表的な産地として数えられるようになりました。
染織には水を大量に使うので、この辺りで染織が盛んになったのは、近くに川が通っていることが大きいと思います。
徳島には吉野川という一級河川が通っているのですが、藍染はその下流域に広がっていったので。このすぐ近くにも、吉野川の支流の鮎食川が通っています」
「もともと盛んだった藍染と、明治に生まれたシボのあるしじら織の技術が合わさって、阿波しじら織になりました。
ただ、阿波しじら織といえば藍染と決まっているわけではありません。
国の伝統工芸品として指定されているのは、本藍で染めた“阿波正藍しじら織”ですが、
これまで育んできた染織の技術と織物の技術を、つくる物に合わせて生かしながらうまく使い分けています」
全工程一貫作業ならではの多種多様なデザイン
実際に工場を見学させていただくと、藍に限らず多種多様の布が保管されていました。
「THE阿波しじら織」といった印象の布もあれば、
少し洋風の印象を受けるようなデザインの布も。
長尾織布さんでは、染めから織り・仕上げまで全工程を一貫作業で手掛けているため、
糸の色を変えてみたり、色幅を変えて織ってみたり、常に新しいデザインの布開発に取り組んでいるそうです。
「定番の生地はあるのですが、毎年実験しながら少しずつ新しいものに入れ替えています」
暮らしに取り入れたい、布ぬの
工場には店舗が併設されていて、阿波しじら織の商品を購入することもできます。
生地の切り売りをはじめ、甚兵衛、シャツなどの衣料品。ブックカバーやポーチなどの小物も。
これからの高温多湿なシーズンに向けて、シボのある生地の肌触りを存分に活かすには、クッションや衣料品など、肌への接地面が大きな物を取り入れるのがおすすめです。
工場では、予約制で、藍染の見学・体験を行うこともできます。
職人さんのものづくりの様子を間近で見学しながら、30分ほどでハンカチやストールなどオリジナルのお土産をつくれます。
徳島に遊びに行く機会があれば、ぜひ体験してみてください。
最後に、出していただいたお茶の下に敷かれたコースター。触り心地だけでなく、藍の色は視覚的な涼やかさも抜群です。
夏の蒸し暑い日にさらっと出せると、目にも涼やかで心地好いおもてなしとなりそうです。
高温多湿な日本の夏に最適な布。
服と同じように、暮らしの布も模様替えしたいと思い、私も切り売りの布を購入しました。夏場にソファの掛け布にしたいと思います。
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<取材協力>
長尾織布合名会社
徳島県徳島市国府町和田189
088-642-1228
写真:直江泰治
文:上田恵理子