「幻の薩摩ボタン」を復活させた、ただ一人の作家・室田志保さんを訪ねて
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薩摩ボタンとは?
色鮮やかな花や鳥、羽音が聞こえてきそうな蜂、丸くて可愛いてんとう虫。
これ、なんだと思いますか?
答えは全て「ボタン」です。
直径わずか0.8cm〜5cmほどの小さなキャンバスに、微細に描かれた文様。
ため息が出るような美しさにうっとりしてしまいます。
100年の伝統をもつ幻のボタン
これは「薩摩ボタン」といい、鹿児島の伝統工芸品「白薩摩」に薩摩焼の技法を駆使して絵付けをしたもの。江戸時代末期、ジャポニズム文化の一つとして欧米の人々を魅了しましたが、その後、繊細な技法のため作り手が途絶え、幻のボタンともいわれてきました。
そんな薩摩ボタンを現代に蘇らせたのが、日本で唯一の薩摩ボタン作家、室田志保さんです。
こんな素敵な作品を作る室田さんはどんな方なのでしょうか。
鹿児島県垂水市にあるアトリエ「絵付舎・薩摩志史(えつけしゃ・さつましし)」に会いに行きました。
人よりも動物が多い
山々に囲まれた、のどかな集落。室田さんが「愛している」というこの地には、お母様の実家があり、子どもの頃から慣れ親しんだところだそうです。
「人よりも動物が多いんです。ほかにウサギ、犬が5匹、ヤギもいます」
牛の飼育をするご主人の人柄もあり、近所の人がいろんな動物を預けにくるそう。
室田さんの描く動植物が生き生きとしているのは、豊かな自然と動物たちに囲まれた暮らしがあるからなのかもしれません。
もともと薩摩焼の茶道具を作る窯元で絵付けをしていたという室田さん。
「丁稚(でっち)になりたかったんです。父が船の機関士だったこともあって、これからの時代は手に職をと言われていたので、丁稚がいいなと。はじめは薩摩焼のお茶道具を作っている窯元に入りました」
荷造りなど雑用から始まり、次第に絵付けもするように。
「メインはお師匠さん、私がまわりの紋様を描いて。今でも紋様を描くほうが楽しいですね。繰り返し、繰り返しのパターンが好きです。子どもの頃から集中力があったので、途切れることなくできますね」
薩摩ボタンに出会ったのは仕事をはじめて8年が経った頃。
鹿児島の地域情報誌に掲載されていた「復刻された薩摩ボタン」の特集記事でした。
「初めて見ました。戦後くらいまでは、私のお師匠さんたちも作っていたそうですが、薩摩焼の業界にいたのに、薩摩ボタンの存在自体を知りませんでした」
ヨーロッパの人々を魅了した薩摩ボタン
薩摩焼は江戸末期、当時の薩摩藩主・島津氏が朝鮮から連れ帰った李朝の陶工たちによってはじめられました。1867年(慶応3年)、島津藩がパリ万博に出品した薩摩焼がヨーロッパの人々を魅了。薩摩ボタンは、薩摩藩が倒幕運動などに必要な外資を得るための軍資金になったとも言われているそうです。
そんな薩摩ボタンに惚れ込み、独立。
ところが、いざ独立をしたものの、一度は途絶えた技術のため資料などは残っておらず、ボタンの形や絵付けをするための道具も何もかもが分からない状況から始めることに。
「ボタンの生地を作ってくれる職人さんを探すのも大変でした。なかなか見つからなくて、ようやく透かし彫りの職人さんが作ってくれるようになりました。その職人さんが香炉を作っているので、たまに香炉の絵付けもしています」
モリキン(盛金)にスナゴ(砂子)
薩摩焼には白薩摩と黒薩摩があり、薩摩ボタンは白薩摩がベースになっています。
「白薩摩の生地をボタンの形にしたものに、白薩摩の絵付けを施したものが薩摩ボタンです。決まった技法もないので、お師匠さんから教えてもらった技法でボタンに描いています。薩摩焼らしさを大事にしたいので、「ドクロ」など現代的なデザインのものを描くときにも、金が盛り上がるモリキン(盛金)や、点々で立体感を出すスナゴ(砂子)といった薩摩焼の技法をどこかに入れ込むようにしています」
まずは、デザインを決めて、極細水性ペンで下書き。そこに極細のイタチ毛の筆を使い、マット金(金または白金と、油を混ぜた液)で輪郭を取ります。
次に陶磁器用の絵の具で色入れと焼成を繰り返した後、細かい金彩色や盛金を施し、再び窯へ。最後に金を磨いて完成となります。
完成までに窯入れは5回。10個ほどを同時並行で作っていくそうですが、デザインが決まってから出来上がるまで2〜3週間かかるそうです。
小さいとはいえ薩摩焼。手間と時間がかかります。
中でも一番大変なのはデザインだそう。
「オーダーをされる方が多いですね。還暦のお祝いや特別な贈り物をしたいときに、その方の好きなお花や動物などをモチーフにしてほしいとか。さらさらさらっとデザインが決まることもあれば、延々と頭のすみっこにあって、納期ギリギリになって、わーっとしていたら出来上がる、みたいなもこともあります」
「たまに、びっくりするような注文が入ったりします。こんな小さなところにクジラを描いてほしいとか。さらにはダイナミックに!なんて言われたり(笑)」
デザインは気分で変わるので、同じモチーフでも毎回違うものに。
新しいデザインで伝統を受け継ぐ
作品の華やかさから、すごく派手な作業をしているように言われることもあるそうですが、「すっごく地味でごめんなさい」と笑う室田さん。
「のびのびと自分の好きなように、やりやすいように、創意工夫をしてやっていますね。前に道がないって悪くないんですよね。昔の人もそうやって作ってきたんじゃないかな」
室田さんの作品には、「伝統」という堅苦しさはなく、ワクワクするような軽やかさがあります。
それは、現代風のデザインであるからだけでなく、室田さんの人柄や「とにかく描くのが好きで、楽しい」という思いが作品にあふれているからだと感じました。
意表をついたデザインの注文にも「そうきたか!」と笑いながら挑んでいるような。
伝統のいいところを受け継ぎながら、新しい作品が生まれていく。
そうやって技術が受け継がれていくというのもいいものです。
薩摩ボタンという小さな芸術。
みなさんも身につけてみてはいかがですか。
<取材協力>
薩摩志史(さつましし)
室田志保さん
HP
文 : 坂田未希子
写真 : 菅井俊之
*こちらは、2018年1月25日の記事を再編集して公開しました